溺愛メイドは予知能力あり

第16話 二人の甘い時間

「ん……」

　さくらが目を開ける。

　すると、いつもそこにあった聖の顔が無い。変わりに上半身が目に飛び込んできた。

　上を向くと、聖がさくらを優しく見下ろしていた。

　さくらは驚いて口をぽかんと開いた。

「ひ、聖……様」

　さくらは聖を穴が開くほど見つめると、震える手で聖の頬に触れる。

　聖はその上からさくらの手に触れた。

「さくら……」

「聖様！」

　さくらが勢いよく聖に抱きつく。

「よかった……聖様っ、よかったあ！」

　泣き喚（わめ）くさくらを聖は宥（なだ）めるように優しく抱きとめた。

「さくら……君が無事でよかった」

　さくらの泣き声が響き渡る中、旭が声をかけてきた。

「お目覚めになったのですね、本当によかった」

　心からほっとしたような表情の旭に、聖も微笑み返す。

「ああ、世話をかけたな。旭もいろいろありがとう」

　穏やかに微笑む聖。

　愛しそうにさくらを見つめながら、泣き止むまで背中を優しく撫で続けていた。

　聖が目を覚ましたことを聞きつけた誠一と智彦が急いで病院へ駆（か）けつける。

　誠一は聖を見ると、ほっと胸をなでおろした。

「よく頑張ったな」

　誠一に褒められたことなんてなかった聖は頬を染めながら嬉しそうに微笑んだ。

「心配かけてごめん、ありがとう」

　聖が笑うと誠一も笑った。

　智彦は聖を見るなり、さくらと同様いきなり聖を抱きしめた。

「聖、よく耐えたな。

　……生きていてくれてありがとう。いろいろすまなかった！」

　大（だい）の男が息子に抱きついて泣く様は情けなかったが、そんなことはどうでもいい。

　聖さえ無事なら何もいらない、プライドも見得（みえ）も今の智彦には関係なかった。

「私が間違っていた、さくらは素晴らしい女性だ。

　あんなに酷（ひど）い仕打ちをした私を命がけで守ってくれた。私の目は節穴（ふしあな）だった、おまえの目は正しかった。

　さくらを守ったおまえを私は誇りに思うぞ」

　聖と向き合い真剣な眼差しを向ける智彦。その瞳に嘘はなかった。

「ありがとうございます、父上。はじめてあなたに認めてもらえた気がします」

　聖の言葉に智彦は深く頷き、姿勢を正すとさくらと聖を交互に見みつめる。

「それで、私はさくらのことを認めようと思う。

　聖とさくらの婚約をここに表明（ひょうめい）する」

　その言葉に、さくらと聖は固まった。

「えっ！　ほ、本当？」

　聖が興奮気味（こうふんぎみ）に聞き返すと、智彦は微笑みながら頷いた。

「ああ、二人はお似合いだよ。幸せになれ」

　聖はさくらを見る。

　さくらはまだ何が起きたかわからない様子で呆然としていた。

「さくら、僕たち認められた、婚約したんだ！」

「婚約？」

　さくらはまだピンときていないようだった。

「もう、しかたないな」

　聖はさくらを引き寄せ、そっと唇を重ねた。

　キスされたさくらは一瞬で意識が戻り、顔を真っ赤にして怒りだす。

「聖様、急にキ、キスしないでください！　しかも皆さんの前でっ」

「しょうがないだろ、さくらがぼーっとして、僕の話聞いてないんだから」

　聖は意地悪そうに微笑むと、さくらにもう一度宣言する。

「僕たちは婚約者になった、これで結婚できるね」

　爽やかな笑みを向ける聖に、さくらはやっとその言葉を理解した。

「え……、えーーーーーっ！」

　さくらが絶叫するのを見て、聖が可笑しそうに笑っている。

　そんな二人を旭も誠一も智彦も、呆れながらも微笑ましく温かい目で見守っていた。

　退院してきた聖はさくらと話をするため、さっそく彼女を部屋に呼び出した。

「さくら、まだメイドやめてなかったんだね」

　メイド服姿のさくらを見て、聖がつぶやいた。

　さくらは聖の婚約者になったのだから、もうメイドでいる必要はなかった。

「はい、だって何かしてないと落ち着かなくて。

　いいんです、私はこの仕事が好きだから」

　誇らしい笑顔を向けるさくらに、聖は嬉しそうに微笑み返す。

「さくらがしたいなら、すればいいよ。僕もさくらのメイドは似合ってると思う」

　聖は急に真剣な表情になった。

「さくら……僕にずっと隠してることあるよね？」

　ドキッとした。

　さくらは高鳴る胸を抑え、必死に動揺を隠す。

　しかし、もう言わなければいけない、それはさくらにもわかっていた。

「聖様、ごめんなさい、私……」

「未来が見える能力」

「え……」

「……だろ？」

　さくらが驚いて聖を見つめる。

「さくらが僕に何かを隠して苦しんでいるのはずっとわかってたんだ。言ってくれないことが寂しかったよ、信頼されていないのかって」

「そんなことっ」

「わかってる。恐くて言えなかったんだろ？　僕に嫌われるんじゃないかって」

　さくらは聖のことを真っ直ぐに見れず、視線を逸（そ）らしながら頷いた。

　聖が能力のことをどう思っているのかが気になる。

　聖はさくらを引き寄せ、優しく抱きしめた。

「馬鹿だな……僕がさくらを嫌うと思う？　離れていくと思う？

　それは絶対にない。

　……反対に考えてみて、僕がもしその能力を持っていたとしたら、君は僕を嫌いになって離れていくの？」

　聖の問いにさくらはおもいきり頭を横に振る。

「いいえ！　聖様のことを嫌うなんてありえません。

　能力があろうがなかろうがそんなことはどうでもいいです。

　聖様は聖様です！」

　さくらが断言すると、聖が笑った。

「ほら、そうなるでしょ？

　僕も同じだよ。だから安心して、どんなさくらも大好きだから」

　聖はさくらのおでこにキスをした。

　さくらはほっとしたのか涙がこみ上げてくる。

「さくらは本当に泣き虫だな」

「聖様のせいです」

　さくらがそう言うと、聖が不思議そうに首を捻（ひね）る。

「僕のせいなの？」

「聖様がお優しいから……」

　さくらは聖の服をぎゅっと握る。

　そんなさくらを聖は愛おしそうに見つめた。

「僕はね、ずっと前から君の能力に薄々気づいていた。

　まあ、決定打（けっていだ）になったのは今回の父上の件があったからだけど。

　さくらはずっと僕のピンチを救ってくれていたよね？　気づかれないように気をつけていたみたいだけど、あんなに何度も助けられていたら鈍い僕だってわかるよ。

　それでもはっきりしたことはわからなくて、なんとなくそうかなって思ってた。

　……嬉しかったよ、いつも一生懸命に僕を助けてくれる君が、愛しくて可愛かった。

　さくらと一緒に暮らす中で、僕はだんだん君に惹かれていった。

　誰よりも優しくて、一生懸命で、純粋で可愛いさくらに……。

　それなのに、なかなか打ち明けてくれないから、寂しかったな」

　聖はさくらの髪に触れると、潤（うる）んだ瞳でさくらを見つめる。

　さくらもたどたどしく聖を見つめ返す。

「聖様を失うぐらいだったら今のままでいいと思ったんです。

　言ったら嫌われてしまう、離れていってしまうと思っていたから。主（あるじ）と使用人という関係でもお傍にいたかったんです」

　さくらの瞳も潤（うる）んでいて、その瞳に見つめられた聖が吐息（といき）をついた。

「そんな瞳で見つめられると、我慢ができない」

　さくらが何か言う前に聖はさくらの口を塞いだ。

　聖の腕がさくらを抱きしめ、彼女の動きを封じた。

　別に抵抗するつもりもないので、さくらはそのまま聖に身をまかせる。

　聖のキスが激しく深みを増していき、さくらは苦しそうに息を吐く。

「ひ、じり…さまっ」

　さくらの様子を見て、聖は唇を離した。

「さくら、可愛い……。先に進んじゃ駄目？」

　聖が可愛く聞いてくる。

　そんな顔されたら断りにくい、卑怯（ひきょう）だ。

　聖になら全てを捧（ささ）げたい思いはもちろんある。

　でも、さくらにはまだ耐えられそうにない。これ以上のことをされたらどうなってしまうのかわからない。

　今でも幸せで溶けてしまいそうなのに。

「まだ、心の準備が……」

　さくらが言いづらそうに下を向くと、聖は残念そうな顔をする。

　が、すぐに優しく微笑んだ。

「うーん、そっか。そうだよね、ごめん。

　焦らなくても僕たちはこれからずーっと一緒なんだから、ゆっくりいこうか」

　もう一度軽く口づけをし、聖はさくらを抱きしめた。

　こんな風にさくらのことを一番に考えてくれる聖の優しさが大好きだった。

　聖の温もりに包まれながら、さくらは心からの幸せを噛（か）み締（し）め、目を瞑（つむ）った。