第14話 彼女の居場所

 某ホテルの一室。

 さくらは何をしようかと思案していた。


「さくら!」


 突然、いきおいよく扉が開かれる。

 部屋でくつろいでいたさくらは、目を丸くして突然現れた聖を見つめた。


 さくらに駆け寄った聖は、おもいきり抱きついた。さくらはその勢いに押され、後ろにあったベッドに倒されてしまった。


「聖様……」


 さくらは突然の出来事に、呆然と聖を見つめる。


「会いたかった」


 聖がさくらをきつく抱きしめ、二人はベッドの上で抱き合う形となった。


「父上に酷いこと言われたんだろ? ごめんな」


 聖は苦しげな表情をし、さくらを見つめる。


「……いいえ、旦那様は聖様のことを想ってされたことですから。私は平気です」


 さくらが微笑むと、聖は愛しそうにさくらの頬に手を添えた。


 二人は見つめ合い、そのままゆっくりと顔が近づいていく。


「お楽しみのところ申し訳ありませんが、私もいること忘れないでくださいね」


 その声に反応した二人は慌ててお互いの体を離す。そして、いそいそとベッドから降りた。


 部屋へゆっくりと入ってきた旭に、申し訳なさそうな顔を向ける聖。


「旭、すまない。さくらに会えた喜びで、すっかり君の存在を忘れていた」


 聖は真っ赤な顔で、照れた様子で下を向いた。

 そんな聖のことを、さくらは幸せな顔で見つめている。


 そんなさくらの様子に、ほっと胸を撫で下した旭は優しく笑った。





 この部屋は、旭がさくらのために用意したものだった。

 屋敷からほど近い場所にあるホテル。そこにさくらは身を隠していた。


 聖が屋敷を飛び出し、さくらを探していたあの日。旭もさくらを探していた。


 旭はさくらが好きそうな場所をめぐってみたが、なかなか見つからず。次の手を考えていた。

 そのとき、昔さくらが海を見るのが好きだと言っていたことをふと思い出した。


 旭は付近の浜辺を捜索そうさくしていく。

 すると運よく、さくらを発見することに成功した。


 さくらは海辺でしゃがみ込み、途方に暮れたように海を眺めていた。


 旭はとりあえずホテルの一室を借り、そこでしばらく身を隠すようさくらを説得した。


 聖にはすぐ伝えたかったが、今の状態の彼が知れば、さくらを連れけ落ちでもしてしまうかもしれない。

 そうすれば、事態はどんどん悪くなるばかりだ。


 そう判断した旭はひとまず、聖の気持ちが落ち着いた頃にさくらの居場所を知らせようと決めた。



 そして、先ほど旭は聖に知らせたわけだが。

 喜びのあまり暴走した聖が、さくらにダイブするという事態になった……というわけだった。





 さくら、聖、旭は、そのままホテルの一室で、これからについて話し合うことにした。


 聖がベッドの上に腰掛け、さくらをその隣に座らせる。

 その真向いには、一人で佇む旭が二人へ真剣な眼差しを向けていた。


「やっぱり、僕が父上にお願いする。話せばきっとわかってもらえる」


 意気込む聖だったが、旭はすぐに首を横に振った。


「待ってください。聖様はさくらさんのこととなると、冷静さを保てなくなります。

 ここは、私がゆっくりと旦那様を説得していきます」


 旭の言うことには一理いちりある、聖も自覚はあった。しかし、


「その間、ずっとさくらはここにいるのか?」

「そうなりますね」


 なんだか納得しない顔をする聖を、旭がたしなめる。


「さくらさんに会いたいときは、ここに来ればいいのです」

「そうか、それもそうだな」


 さくらは二人の会話に静かに耳を傾けていた。

 すると突然、脳裏に映像が流れ込んできた。


 誰かの中から見ている映像のようだった。


 ここはお屋敷だ。

 家族がくつろぐための大広間。

 数メートル先に智彦の後ろ姿が見える。


 映像は進み、徐々に智彦へと近づいていく。そして、すぐ手の届く場所で止まった。


 その手には刃物が握られ、高々と振り上げられた。

 それは、智彦へと振り下ろされようとしている。


 そこで映像は、ぷつりと途切れた……。


「旦那様が危ない!」


 突然叫んださくらを、聖と旭は驚き見つめる。


「どういうことですか?」


 能力のことを知っている旭は、すぐに反応を見せた。


「旦那様が、お屋敷で誰かに刺される!」


 その衝撃的な言葉に、聖はさくらを見つめたまま固まってしまう。


 旭は冷静にさくらに聞き返した。


「いつ?」

「はっきりとはわかりません、でも夕暮れ時でした」


 さくらの言葉に、腕時計を見つめる旭。


「もうすぐ夕暮れ時です。

 今日なのかはわかりませんが、旦那様が心配なので、私は戻ります」


 旭は真剣な表情で踵を返し、一人出て行こうとする。

 さくらは急いで立ち上がり、旭の腕を掴んだ。


「私も行きます、きっとお役に立てるかと」


 さくらが真剣な眼差しで旭を見つめる。


 確かに、さくらがいた方が事態を把握しやすいかもしれない。

 そう思った旭は小さく頷いた。


「わかりました。しかし、決して無茶をしてはいけませんよ」


 旭の忠告に頷くさくら。


 突然、先ほどまで固まって動かなかった聖が、旭の両腕を掴み揺さぶってくる。


「おい、何が起きている!? 父上が、何だって?」


 聖は訳がわからなくて混乱している様子だった。

 このまま連れて行くのは危ないと判断した旭は、聖を落ち着けるようにそっと彼の肩に手を置き、目を真っ直ぐに見据えた。


「聖様……説明はあとで必ずいたします。今はここでお待ちください」


 聖を落ち着かせ、もう一度ベッドへ座らせると、旭は急ぎ足で部屋を出ていく。

 さくらは聖を心配そうな目で見つめ、何かを吹っ切るように顔を前へ向ける。そして、旭のあとを追って行った。


 一人残された聖は焦る。


 事態についていけない。

 いったい、何が起きている? 


 しかし、たった一つ確かなことは、さくらが危険なところへ行ってしまったかもしれないということだ。


「父上、さくら……」


 聖は二人のあとを追いかけるため、部屋を飛び出した。

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