第3話「へコッキー」

 私は次の日、何も無かったように学校に登校した。昨日はオナラーマンに言い負かされてしまった。次はあんな失態をおかすわけにはいかない。

 プゥーーーーー。おならがでる。

「うわっ、すっげぇおなら!」

「おなら女じゃん! やべー!」

「おい、おなら女! お前モテねぇだろ! 俺が付き合ってやろうか?」

「ははは、やめとけよ、こんなおなら女!」

「やめてください……」

「ん? なんて?」

「やめてって言ってるのよ!」

 パァンという音がする。やってしまった、と思った。今は屁ん身していない。

「コノヤロウ!」

「そこまでだ!」

男の人の声が響く。

「女の子相手に何をやってるんだ?」

「なんだよ? ってお前……尾道じゃん!」

「おなら男か! ははは、なんだよ? おなら同士で付き合ってるのか?」

「そんなんじゃない。とにかく謝れ!」

「叩いてきたのは、あいつだぜ?」

「女の子相手にいじめてたのはお前だろ?男として恥ずかしくないのか?」

「はぁ?」

「もういいじゃねぇか、皆見てる。行こうぜー」

「ちっ!」

男子生徒は去っていく。私は尾道君に礼を言った。


「気にしなくていいよ、俺もよくおならするから悪く言われたりするし」

 違うクラスのため、あまり知らなかったが、彼のことは少し噂にはなっていた。

 プゥーーーーー。彼がおならをこいた。

「ははは、言ってるそばからこいてしまった。ごめんね、臭くない?」

「い、いえ、大丈夫です!」

 私は頭を下げて去りながら、匂いを嗅いだ。この独特の匂いは……オナラーマンと同じ匂いだった。まさか……。

「あの!」

「うん?何?」

「オナラーマンって知ってますか?」

「え!? あ、いや、そ、そうだね! 有名らしいから聞いた事はあるよ!」

 私は彼が慌てたのを見逃さなかった。確実ではないが彼が……。

 正直困惑していた。優しいオナラーマン、優しい彼、そんな人を相手にこれ以上戦えるだろうか。


 私は定期連絡に、アジトへ来る。勿論屁ん身して。

「屁っちゃん、ご苦労様。首尾はどうだい?」

「すいません、屁祖様。先日は敗北してしまって」

「聞いたよ。奴はなかなか強いようだね。正体も掴めないだろうし、困ったな」

「あ、あの……」

「どうしたんだい?」

「そ、その……彼と交渉できないでしょうか」

「ふむ、どういうことかな?」

「彼は……悪い人間ではないんです。私たちの事も理解してくれるんじゃないかと思うんです。だから、」

「ふむ、まるで……そいつの事を知っているかのような口ぶりだね」

 屁祖様はニヤリと微笑んだ。

「言ってごらん、その名前を」

「ま、まだ確証があるわけでは……」

「いいから言いなさい。裏切るのかい?僕らを」

「すいません、屁祖様! どうかお許しください! 彼と戦いたくないんです!」

「ふむ、いいだろう」

「屁祖様! じゃあ……!」

「答えたくないならしょうがない。吐かせるしかないね」

「っ!」

 私は距離をとった。そして屁ボムを浴びせる。

「ふふふ、そんな技が効くと思うのかい? ほら、こっちへおいで」

 急に体の制御が聞かなくなった。体が勝手に屁祖様に近づいていく。

「ほら、言ってごらん。オナラーマンの正体を」

「あ、あああ……お、おの、みち、なり、と、君」

 ドサリと音を立てて私は倒れた。


「聞いたかい?ヘコッキー」

「しっかりと」

「屁爺の調査によると、奴は君と同じパワータイプのようだ。勝てそうかい?」

「私のやり方でよろしいのであれば」

「ふふふ、好きにしたまえ。奴は必ず僕の計画の邪魔になる。今のうちに消しておかないとね」


 俺は少しだけ警戒していた。屁っちゃんと名乗った女の子は、「私たち」と言っていた。つまり既に仲間がいたということだ。

 屁っちゃんが改心したかはわからない。また襲ってくる可能性もある。そして仲間がどれくらいいるのかわからないのだ。

 相手は俺を、オナラーマンを目の敵にしているのも確かだろう。

「鳴人ー」

 不意に母の声がした。俺は2階から階段を降りる。

「何?どうしたの?」

「あなた宛に手紙が入ってたわよ」

「手紙?」

差出人の名が書かれていない、俺の名が書かれた封筒を手渡された。俺は部屋へと戻り、封筒の中身を見る。すると、

『オナラーマン、お前の正体はわかっている。家族や友人を傷つけられたくなければ、指定の場所へ来い』

 そう書かれていた。中には赤いマークの付いた地図もある。

「くそ!」

 俺は急いでその場所へと向かった。場所は工場の跡地のようだった。

 当然人通りはほぼない。広い敷地内を探すと、見覚えのある姿があった。

「屁っちゃん!」

彼女は縛られていて、隣には俺が着けている白い仮面の黒いバージョンと、黒いマント。

 グローブは付けていないが、オナラーマンを黒く塗りつぶすと、こうなるような格好をした男が立っていた。

「お前がオナラーマンだな?」

「そうだ! お前は屁っちゃんの仲間じゃないのか?」

「仲間か……そうだな。この娘が屁祖様を裏切るような真似をしなければな」

「その子を離せ!」

「心配するな。お前が俺との決闘から逃げないと約束するなら離そう」

「悪から逃げなどしない!」

「ふっ、いい心がけだ。まさに正義のヒーローだな」


 男は屁っちゃんの縄をほどいた。

「わかっていると思うが、俺と奴との決闘を邪魔すれば、奴の家族の命はない」

「わ、わかってるわ! ごめんなさい……オナラーマン」

「いいんだ、君は離れてて」

 屁っちゃんは俺たちから距離をとる。

「名乗っておこう。俺はヘコッキー」

「ヘコッキー、お前もおならのせいで苦労した人間なのか?」

「ふっ、そうだな。だが同情する必要はない。俺はこの力を得てから、今までの間に馬鹿にしてきた奴らを全員ボコボコにしている。当然正体は知られていない」

「そうか……なら全力でお前を倒す!」

 俺とヘコッキーは、徐々に近づいていく。そして、至近距離まで近づいた時、パンチを放った。俺のパンチが当たるのとほぼ同時にヘコッキーの拳が当たり、互いに吹き飛ぶ。

「いいパンチだ」

「くっ!」

 オナラースーツ(この格好をそう名付けた)の防御力を上回る圧倒的攻撃力。だがそれだけではなかった。

「この技に耐えれるかな?」

 ヘコッキーは離れた場所から、ブォンブォンとおならを大きく鳴らす。

「屁バスターーーーーーーーーアタック!」

 叫びながら超スピードで迫ってきて、勢いよく俺の顔面を殴る。俺はたまらず吐血した。

「ふっ、効いたようだな」

 だが俺も負けられない。負けるわけにはいかないんだ。

「俺からも行かせてもらう!」

 おならは鳴らさずに、溜めて溜めて、一気に放出。勢いに乗せてパンチを繰り出した。

「オナラーーーージェットパンチ!」

 パンチはヘコッキーの顔面に当たり、吹き飛ぶ。だがヘコッキーは吐血しながらも笑った。

「もう一発打ってみろ」

「なんだと?」

「同じ技は効かない。もう一発、打てるものなら打ってみろ」

 俺はおならを溜めた。次で仕留める!

「オナラーーーージェットパンチ!」

 だが高速のパンチを悠々と躱し、腹にボディブローを入れられた。

「がはっ!」

「単調な動きは簡単に読める。だからお前の技はもう当たらないだろう。だが、お前に俺の拳を避ける技術があるかな?」

 同じ性能のスーツならば着ている者の能力の差が出る。俺は尋ねた。

「なんでだ? なんで……なんでその力を正義に活かさないんだ!」

「言ったろう。馬鹿にしたヤツらを」

「お前は俺と違って成人なんじゃないのか?」

「そうだな、それがどうした?」

「なら親しい人、愛する人も少なからずいるはずだろう! その人たちを守ろうとは思わないのか!」


「大切な人は死んでいったよ」

「え?」

「父母は小さい頃に交通事故で。そして、俺は大人になってから結婚して娘もいたが、妻は病気で亡くなった。だがそれはしょうがないことだ。そこまではな」

 ヘコッキーは、まるで遠くを見つめるように空を見上げた。

「自殺だった。いじめられていたんだ。おならが出やすい体質を俺から受け継いだせいで。おれは恨んだよ! 全てを! そして、おならは悪だと悟った。それ以上におならをしただけで笑い者にし、弱い者をいじめる者をぐちゃぐちゃにしてやりたくなったんだ」

 悲しい過去だった。俺は……泣いていた。

「オナラーマン、貴様……泣いているのか?」

 俺は覚悟を決めた。

「ヘコッキー、俺は次の一撃に今できる全てをかける」

「ほう、それなら簡単だ。当たらなければどうということはない」

「避けられるものなら避けてみろ!」

 俺はケツに力を込めた。

「オナラーーーーーージェーーーーーーット」

「ふっ、馬鹿の一つ覚えだな、こんな攻撃が当たるとでも?」

ヘコッキーが躱す動作をする。俺はパンチを打たずに左へ曲がった。

「ストリーーーーーーーーーーーーム……」

反時計回りに旋回しながら徐々に円を小さくしていく。そして僅かな隙を突いて、高速接近し……。

「スクリューパンチ!」

 今ある全ての屁ネルギーをこの一撃に使った。

「がはっ!?」

 ヘコッキーが膝をつく。

「ぐっ、ハァハァ。や、やるじゃないか。どうした? 攻めるなら今だぞ?」

「俺は屁ネルギーを使い果たした」

「嘘だな、ベルトの予備の屁ネルギーがあるだろう?」

「それは……」

「くくく、ははははは!」

 ヘコッキーは、大声で笑った。

「とことん甘いヤツだ。だが嫌いじゃない」

「ヘコッキー、俺もお前のような立場に立っていれば、悪の道に進んでいたかもしれない」

「だがオナラーマン、お前と俺とでは違う。そうだろ?」

 俺は何も言えなかった。

「俺には俺のやり方がある。俺なりのケジメをつけよう」

 シュウーーーという音が聞こえてくる。

「何をする気だ!?」

「屁っちゃん、君は娘に似ている。縛ったりして悪かったな、幸せになるんだぞ」

 ヘコッキーはパチンと指を鳴らした。するとガスが引火したような大爆発が起きる。

「ヘコッキー!!」

 煙が収まったあと、ヘコッキーの姿はなかった。

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