コナラのある丘

平松樹蘭

コナラのある丘

ロゼッタから木炭の入った木箱を取り上げた。

「ママ!!それは、パパの形見なのに……」ロゼッタは叫んだ。

「あんたのパパも絵ばかり描いて、どうしようもない男だったよ。何も残さないで死んださ。壁の絵は消しておくんだよ。汚ないったらありゃしない」と吐き捨て、取り上げた木箱を持って、マリアは部屋を出て行った。

「消したくないよ……。私のお友達……」ロゼッタはうっすらと目に涙を溜めて呟いた。

ロゼッタの部屋の壁には、少年と少女、うさぎやクマ、犬に猫、カラスにフクロウと様々な絵が描かれていた。全て、ロゼッタが描いた、ロゼッタの友達だった。

「はやく、花を摘んできておくれ!!今日も上質の花を頼むよ!!」部屋の外からマリアの大きな声が聞こえた。

「わかったよ!!」ロゼッタは、大きく涙声で返事をすると空のバスケットを抱えて逃げるように家を出た。

「丘には行くんじゃないよ。分かったね」マリアは叫んだが、ロゼッタは耳を貸さず走り去っていった。

ロゼッタの家は町から離れた森の中にある。

ロゼッタは、薄暗い森を抜けて、一面にお花畑が広がる丘に向かった。

マリアには〈行くな〉と言われていたが、この丘には、とても上質な花がたくさん咲いていた。


いつものように花を摘んでいると、大きなコナラの根際がキラリと光った。

〈何だろう?〉と思い、ロゼッタはコナラの木に近づいた。

キラキラと輝く部分を覗き込んだ。

「わぁぁぁぁ」 ロゼッタは、感嘆した。

それは、今まで見たこともないほど美しい、紫色をした花弁の大きな花だった。

その花は、朝露を浴びて、キラキラと輝いていて、とても良い香りを漂わせている。

〈初めてみるわ。何の花だろう? とても綺麗〉ロゼッタは、目を輝かせた。

周囲を見回したが、この花はここに一本しか咲いていないようだった。

貴重な花のようだし、摘んでしまうのは惜しい気もしたが、売れば高値になるような気がして、ロゼッタは手を伸ばし、プチンッ、と花を摘み取った。

その瞬間、花は、みるみると枯れてしまった。

〈この花は摘んではいけない花だったんだわ……〉枯れた花を見つめて、ロゼッタはため息をついた。


「あぁぁ、ようやく解放された。僕を助けてくれたのは君かい?」とロゼッタの後ろで声がした。

「誰!?」ロゼッタは、驚いて声のする方向を向いた。

そこには、緑色の小さな妖精が羽をパタパタと動かし宙に浮いていた。

「え!? 何? 妖精? 本物? どこから来たの?」

ロゼッタの口から、次々と言葉がついて出た。

「君さ……、面倒臭いキャラクターだってよく言われない? 友達いないでしょう?」呆れたような表情で妖精は言った。

ロゼッタは妖精の言葉に一瞬、口篭ったが、「自分だって……気持ち悪い色、してるくせに……」とすぐに小声で反論した。

「気が強んだね……」妖精は嫌味を言った。

妖精はロゼッタを見ながらフーッと一息吐くと、「僕を解放してくれたお礼に、なんでも欲しいものを一つあげるよ」と言う。

「え!? 本当に?」ロゼッタは目をまん丸に見開いた。

「何でも言いなよ。好きなものを君にあげる」妖精は微笑みながら言った。

ロゼッタは、マリアに取り上げられた木炭の木箱を頭に浮かべた。

「今朝ね。ママからパパの形見を取り上げられたの。アレが無いと大好きな絵が描けない。木炭が欲しい!!」

「木炭?……。そんな物でいいの?」妖精は眉間に皺を寄せた。

「うん。絵を描きたいの。絵は私の唯一の友達だから」

ロゼッタの言葉を聞いて、妖精はしばらく空を見上げながら何やら考えていた。

妖精は、ピンと来た、というような表情をすると、「だったらさ、コレあげるよ」と言って、右手の人差し指をくるくると動かし始めた。

妖精がくるくると動かす指の先から白い煙が出始めた。

煙はどんどん大きくなり、その中から木箱が一つ現れた。

木箱はふわふわと宙を舞い、ロゼッタの目の前にやってきた。

ロゼッタが両手で木箱を掴むと、木箱はズシリと重たくなった。

「開けてごらん」と妖精が言った。

ロゼッタはゆっくりと木箱を開けた。

そこには、色とりどりの絵の具が入っていた。

「本当にこれ、もらっていいの?」とロゼッタが聞くと、「ああ、いいよ」と妖精は答えた。

「ありがとう!!」ロゼッタは笑顔でいっぱいになった。


小さく雨が降ってきた。

「私、もう帰らないと!!ママに叱られる。妖精さんありがとう。また、会える?」とロゼッタが聞くと、「次に君が僕に会うとしたら君が終わる時になるよ」と妖精は答えた。

〈変な事を言う妖精だな〉とロゼッタは思ったが、そんな事よりも絵の具箱をもらった喜びと、早く帰らないとマリアに叱られる焦りが混同して、妖精の言った事などすぐに忘れてしまった。

「さようなら。妖精さん」とにこやかに告げ、ロゼッタは丘を後にした。

帰宅するとロゼッタは、「ママ!花摘んできたよ」と叫び、バスケットをいつも通りに玄関に置いて、絵の具箱が見つからないように素早く部屋へ向かった。

「私は花を売りに行ってくるよ」とマリアの声が聞こえた。

「はーい」と、ロゼッタは適当に返事をすると部屋のドアをパタリと閉めた。

ロゼッタはベッドの上に絵の具箱を置くと、ゆっくりとそれを開いた。

絵の具を見るのは、父のフランコが絵を描いていたのを隣で見ていた時以来だった。

〈こんな高価な物をくれるなんて、なんて気前のいい妖精なのかしら〉と思いながら、絵の具箱の中に入っていた、木製のパレットと筆を取り出した。

「あなた達に色を塗ってあげる。木炭だけの黒い絵なんて味気ないでしょう」ロゼッタは、壁の絵に話しかけた。

パレットに何色も絵の具を出し、壁の絵に色を塗り始めた。

時間を忘れ、ロゼッタはひたすら色を塗り続けた。

絵に色を塗り終えると、まじまじと絵を眺めながら、「壁から飛び出してきてくれたらいいのに」とロゼッタは呟いた。

その瞬間、壁の絵のフクロウの羽が動いたような気がした。

「え!?」ロゼッタは、目を疑った。

フクロウの体がモゾモゾと動き、壁の中から上半身が出てきた。

半身を出したフクロウは、そのまま壁の外で翼を大きく広げ、バサリと羽を動かした。

フクロウが、壁のヘリに足をかけて、そのままヌルリと外に出た。

ロゼッタが驚いて口をあんぐり開けている間に、今度は、カラスが出てきた。

そして、少年と少女が足からニュルリと外に出た。

次に、クマが出て、うさぎが出て、犬と猫が同時に出た。

少年が、ロゼッタの目の前まで歩いてきた。

「こんにちは。ロゼッタ」と少年は言った。

〈喋った……〉とロゼッタは心の中で思ったが、声を出す事ができなかった。

「ねぇ。ロゼッタ、私たちに名前をつけてよ」と少女が言った。

ロゼッタは、腰が抜けて床に座り込んでしまった。

少年たちはロゼッタを取り囲んで覗き込んだ。

覗き込む少年たちと目を合わせると、ロゼッタはようやく状況を理解した。

「はぁ……。あなたた達、本当に動いてるのね」そう言うと、ロゼッタは、立ち上がって、少女の髪の毛に触れようとした。

その瞬間、少女はロゼッタが差し出した手を優しく両手で包み込んだ。

「はっ!?」ロゼッタは、また、驚いた。

少女の手の感触が、本物の人間に掴まれたのと同じ感触だったからだ。

「本物の人間なの?」とロゼッタが少女に聞くと、少女は穏やかに頷いた。

「だったら。だったら、私の友達になってくれる?」とロゼッタは言った。

「僕たちはずっと前から友達じゃないか」そう言うと少年は微笑んだ。

ロゼッタは嬉しくなった。

ロゼッタに生まれて初めて友達ができた。

「ロゼッタ。僕たちに名前をつけて」とまた、少年が言った。

ロゼッタは、しばらく考えて、少年にはルカ、少女にはエイミー、うさぎにはエマ、クマにはマッテオ、犬にはダヴィデ、猫にはソフィア、カラスにはトンマーゾ、フクロウにはガブリエレと名付けた。

少年たちは、とても喜んだ。

「あなた達、住まいが欲しいでしょう?」そう言うと、ロゼッタは壁に絵の具で絵を描き始めた。

ロゼッタは青い屋根の城を描いた。

「部屋がいくつもある大きな城になりなさい」とロゼッタは絵に向かって言った。

すると、絵はみるみる大きくなり、壁から飛び出して、部屋の天井を突き破り、家を押し潰した。

城は、大きく聳え立った。

「わぁ!!素敵!!」ロゼッタは大喜びして飛び上がった。

正面の門から城に入ると、大広間が広がり、大階段がロゼッタ達を出迎えた。

喜んでいたロゼッタだったが、ふと、大広間のピカピカに輝く床に映った自分の姿を見て足を止めた。

「このお洋服じゃだめだわ。お洋服を描かなきゃ」

ロゼッタは、城の壁に宝石をたくさん散りばめた豪華なドレスを描いた。

壁から浮き出たドレスを急いで引っ張り出して、その場で着ていた服を脱ぎ捨て、ロゼッタはドレスに着替えた。

ティアラにイヤリング、ネックレス。

ロゼッタは、豪華な装飾品を次々に描き、身につけた。

「どう? 私、綺麗?お姫様になった気分だわ」ロゼッタはルカ達に向かって言った。

「ロゼッタ。私にもドレスを描いて」とエイミーが言った。

ロゼッタはエイミーの言葉に一瞬だけ動きをとめ、少し考えた後で、「後でね」と小さく答えた。


花を売りに出ていたマリアが帰ってきた。

マリアは自分の家が、大きな城になっている事に驚いた。

「これは、何だい!? どうなってるんだい!?」とマリアは大声を出した。

城の外から叫ぶマリアの声に気づいたロゼッタは、マリアの元へ走り寄った。

「すごいでしょう!? 私たちの家よ!!ママ!!もう、花なんて売らなくていいのよ。お金なら私が出してあげるわ」そう言うとロゼッタは、城の外壁に絵の具でお金の絵を描いた。

壁から出てきたお金をマリアに差し出し、「いくらでも出せるのよ」とロゼッタは笑った。

最初は驚いていたマリアだったが、ハァーっと、一つため息をつくと口を開いた。

「ロゼッタ。お前、あの丘へ行ったのかい?」

「丘? あぁぁ、あの丘ね。いつも、あそこでお花を摘んでたの」ロゼッタの言葉を聞いて、マリアは小さく項垂れた。

「あの丘はダメだと言っただろ……」

「知ってるよ。だけど、あそこの花は高値で売れるじゃない。ママも私が摘んできた花は全部上質だって喜んでたでしょう?」

「あの丘に行っていると知っていたら、止めてたさ。あの丘はダメなんだよ」

「どうしてダメなの?」

ロゼッタは聞いたが、マリアは続きを話さなかった。

「ロゼッタ。悪魔に会ったんだろう?悪魔から貰った物を返してきな」とマリアは強い口調で言った。

「いやよ。こんな便利なもの返すもんですか。それにあの子は悪魔じゃなくて妖精よ」ロゼッタはマリアの言葉を切り捨てた。

「お前の心はもう、悪魔のものになってしまったんだね……」とマリアが言った。

「ママ?? 何の話をしてるの? 訳がわからないわ。そんな事よりママ。ママのドレスを描いてあげる」

ロゼッタが、外壁に絵の具でマリアのドレスを描こうとした。

「おやめ!!!」マリアが怒鳴った。

マリアの怒鳴り声があまりにも耳に響いたので、ロゼッタはとても不機嫌になった。

「ママはドレスは要らないの? ドレスを着て城に住みましょうよ。そして、贅沢をたくさんしましょう」ロゼッタは強い口調で言った。

「ロゼッタ……。こんなに簡単に贅沢は手には入らないんだよ……」とマリアは小さく呟いた。

しかし、マリアの声はロゼッタには届いていなかった。

〈これ以上、何を言ってもロゼッタは耳を貸さない、悪魔に取り憑かれてしまった〉とマリアは感じた。

マリアは浮かれるロゼッタを置いて、城を去る事にした。

「ママ!!どこに行くの?」とロゼッタは叫んだが、マリアは振り向くことなく行ってしまった。

小さくなるマリアの後ろ姿を見て、「変なママ……」とロゼッタは呟いた。


突如、森の奥に出来た城は、町中の噂になった。

そして、その城の主がロゼッタだという事に町の皆が驚いた。

ロゼッタの城には、突然大金持ちになったロゼッタにあやかろうと国内外から行商人が押し寄せた。

ロゼッタは、高価なものをたくさん買い込んだ。

ロゼッタが使うお金のおかげで、町中がとても裕福になった。

ロゼッタの城もどんどん広く、大きくなっていった。

「エイミー、私にお茶を持ってきてちょうだい。ルカ、エマに私の着替えをお願い、と伝えて。今日は午後から町長に会いに行くからマッティオには馬車の用意をしておいて、と伝えてちょうだい。それと、最近、城の屋根が劣化してきたから、ダヴィデに直すように伝えておいて」

ロゼッタは、それぞれに指示を出した。

「ロゼッタ。私たちはお友達ではないのですか?」とルカが言った。

ロゼッタは一瞬動きを止めて、少し考えてから「そうよ。私たちは随分前からのお友達よ」と答えた。

「でも、ロゼッタ……。私たちの扱いは、なんだか使用人みたいだわ」エイミーが悲しそうに言った。

ロゼッタの表情が一瞬こわばった。が、次の瞬間にこりと笑って、「何を言っているのエイミー。私たちは仲間なのよ。仲間には役割があるわ。私は皆に役割を与えているだけよ。役割がある事で、皆がこの城で平和に暮らしていけるわ。私は、あなた達を使用人と思った事はないのよ」とロゼッタは答えた。

エイミーは更に悲しそうな顔をした。

「そんな顔しないでエイミー。あなたも皆も私の大事なお友達で家族なんだから。皆で協力し合って暮らして行きましょう」とロゼッタは言った。

ロゼッタは、エイミーの頭を軽く撫でるとハイヒールの踵をカツンカツンと鳴らしながら立ち去った。

ルカとエイミーは顔を見合わせて、眉を顰めた。


雨季に入り、強い雨が3日も続いていた。

「ロゼッタ。明日は嵐が来ます」とルカが言った。

「ダヴィデに城の補強工事を、ガブリエレに安全確認を怠らないように伝えて」とロゼッタは端然と言い放った。

「わかりました」とルカは答えた。

次の日は、朝から大雨が降っていた。

城のあちらこちらで雨漏りがしていた。

「ダヴィデはどこ? 補強工事をしろと言ったでしょう? どうして、雨漏りがしているの?」ロゼッタは怒った。

「補強しても補強しても、屋根は流れて雨水が漏れてきてしまうんだよ。だって、この城は絵の具で描いた城だもの……」とダヴィデが困り顔で言った。

「こんなに大雨が続いてしまえば、この城は流れて消えてしまいますよ」とルカが言った。

ルカの言葉を聞いて、ロゼッタは考え込んだ。

少しして、「そうだわ!!雨を防ぐ傘を書けばいいんだわ!!」と叫び、ロゼッタは大雨の中、城の外にでた。

城の外壁に雨傘の絵を描くと、「城を覆えるくらいの傘になりなさい」と絵に向かってロゼッタは言った。

壁から傘が浮き出て、大きく空へ登ろうとしたが、大雨に流されてしまい、ドロドロに流れて消えてしまった。

「どうして、流れるのよ!!」ロゼッタは怒りながら、もう一度、傘の絵を描こうとした。

「もう、いいですよ。ロゼッタ……」とエイミーが言った。

「そうですよ。ロゼッタ……、もう結構です」とルカが言った。

「もう、終わりにしようよ。ロゼッタ……」とダヴィデが言った。

「私たちは、話し合ったんです。もう、これ以上、ロゼッタとは一緒にいる事は出来ない……」とガブリエレが言った。

エマもマッティオもソフィアもトンマーゾも首を上下に動かしうなづいた。

「さようなら、ロゼッタ。どうか元気で。僕たちに一瞬でも命を吹き込んでくれてありがとう」とルカがいうと、皆は一斉に大雨の中に飛び込んで流れて消えてしまった。


「ちょっと、皆!!……。もうっ……、なんなのよ!!」とロゼッタは叫んだ。

叫んだとて、その声を聞く者は誰もいない。

ロゼッタが着ていたドレスも、大雨に流れて消えようとしていた。

チッと一度、強く舌打ちすると、ロゼッタは走りだした。

雨風はどんどん強くなり、雷の音が響き渡った。

ロゼッタは、森を抜け花畑の丘へ向かった。

「妖精!!いるんでしょう!?出てきなさいよ!」ロゼッタは怒鳴った。

「なんだよ。こんないい天気に騒がしいな……」妖精が姿を現した。

「こんな嵐なのに、何がいい天気よ!!おかげでこっちは城が流れて大変よ!!」ロゼッタはまた怒鳴った。

「僕にとってはとてもいい天気さ。荒れれば荒れるだけ、心地がいいんだ」妖精は、ニヤリと笑った。

「雨で流れる絵の具じゃダメなのよ!!雨に流れない絵の具を出しなさい!!」ロゼッタは、顔を真っ赤にしながら更に怒鳴った。

「僕が願いを叶えられるのは一度だけだよ」妖精はロゼッタから目を逸らし、そっぽを向いたまま答えた。

「いいから、絵の具を出しなさい!!羽をむしり取るわよ!!」そういうとロゼッタは、妖精に掴みかかった。

その瞬間、妖精の体から黒い煙がモクモクと上がり、それは大きく膨れ上がった。

指先には鋭い爪、頭には4本の角、大きな黒い羽をつけている。

ロゼッタはその場で腰を抜かし、恐怖におののいた。

「醜いだろう。目の前にいる俺は今のお前の姿だ。自分がどれだけ醜いかとくと見るがいい」それはガラガラ声で言った。

さっきまでの緑色の小さな妖精の姿はなく、それは巨大で真っ黒な悪魔の姿を晒した。

「私がこんな姿……、そんなはずないじゃない。私はお姫様なのよ。お城に住むお姫様なんだから!!」腰を抜かしたままだったが、ロゼッタは言葉を絞り出した。

「お前は元から貧乏で小汚い性悪のしがない花売りの娘さ」悪魔は笑った。

「そんな事ない!!私は自分の力でお姫様になったの。私は特別なんだから!!」ロゼッタは更に言葉を絞り出した。

「自分の力?特別?お前は、どこまで強欲なんだ。本当に父親そっくりだな」そういうと悪魔は口を大きく開けて、ロゼッタを頭から丸呑みした。

「まぁ、ここまでよく肥えたもんだ。美味しかったよロゼッタ」悪魔は満足げに言った。


雨が上がり、嵐は去って行った。

嵐が去ったのも束の間、街は騒然となっていた。

今までロゼッタが使ったお金がドロドロに流れてしまい、町民の財布や金庫からお金が全て消えてしまった。

町民は、町長を先頭にして、抗議をしようとロゼッタの城へやってきた。しかし、そこには、潰れた荒屋があるだけで城は跡形もなく消えていた。

町民は更にパニックになった。

「お金が流れて消えてしまったんだ。どういう事なんだ!?」

「ロゼッタのお金を頼りにしてきたのに、明日から路頭に迷うことになるんだぞ。どうにかしろ!!」

「銀行のお金のほとんどが、消えてしまったぞ!!どうしてくれるんだ!?」

「ロゼッタ!!逃げやがったな!!」

町民達は怒り、口々に怒鳴り始めた。

そんな町民達の前に一人の女性が進み出て、ひざまづいた。

マリアだった。

「皆さん、娘がしでかした事は、全て私の責任です。お金は私が死ぬまで働いてお返しします。なので、許してください」

マリアは、町民の前で深々と土下座をした。

「また、お前達が街に災いをもたらしたな!!」

町民の一人がそういうと、マリアに石を投げた。

一人が投げると、もう一人も石を投げた。すると、そこにいた全員が、マリアに向けて石を投げ始めた。

「許してください。許してください」とマリアは謝り続けた。

一つの大きな石が、マリアの頭を直撃した。

マリアは意識が遠くなり、自分が倒れてしまったのを感じた。

頬に土のひんやりとした感触を覚えながら、マリアは、夫だったフランコを思い出した。

〈私はまた同じ過ちを繰り返してしまった……。アイツを探し回ったけど今度は見つからなかったんだ……。上手く隠れやがって、ちくしょう……〉

マリアの頬から土の感触がなくなった。

動かなくなったマリアを一人の町民が覗き込んだ。

「こいつ、目を開けたまま死んでやがるぞ」そういうと、マリアにツバを吐きかけた。

マリアが死んだのを確認すると、町民はマリアをそのままにして街へ戻っていった。

緑色の妖精がヒラヒラと現れた。

「おや、マリア。久しぶりだっていうのに、なんて姿なんだ。勇敢に僕を封印した時の面影もないじゃないか。随分と僕を探し回ったみたいだね。僕だってバカじゃないさ。前よりも上手に隠れたんだ。見つかりっこないよ。お前の娘のおかげで僕は自由になったんだ。お前の夫もお前の娘も僕が綺麗に食べてあげたからね。二人とも丸々と肥えて、とても美味しかったよ。感謝するよ。さて……、次は街の奴らだな。これからまた一波乱ありそうだ。略奪か、殺し合いか。疫病を流行らせるのもいいね。とても楽しみだよ」

妖精はマリアの亡骸に話しかけながら左の口角をあげて、軽やかにほくそ笑んだ。

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コナラのある丘 平松樹蘭 @jyuran_hiramatsu

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