第73話:政変、そして追放
どうもみなさんこんにちは。
異世界転生者です。
ラインジャの政変が始まったようです。
黄金竜から雲の上までの高さを持つ塔を譲り受けた翌日、毎朝の畑仕事(ゴーレム開墾ともいう)を済ませ、数日ぶりに盗賊狩りの依頼でも受けようとエステルの執務室に向かった俺だが。
「申し訳ありませんラグナ様、新たな依頼の情報は入っていません」
エステルは柳眉を曲げて頭を下げた。
依頼の情報が入らないというのは妙な話だ。
ラインジャはまだ、冒険者が仕事に困るほど平和な国ではない。
むしろ、貴族が内紛に戦力を割いている分、野盗だの蛮族だのの跳梁跋扈は深刻な問題なのだ。
それにもかかわらず、仕事が来ないとなると…。
「前に盗賊狩りを受けたのって、例の塔の攻略を始める直前くらいだっけ」
俺はエステルに、依頼が来なくなった時期を確認する。
「はい。問い合わせの手紙は毎日転送しているんですが、そのくらいから返答がなく…」
そして、その答えは予想通りだ。
おそらく、冒険者協会は叔父上の、そして叔父上が属する反乱勢力に掌握されていたのだろう。
この間の叔父上との邂逅を経て、俺を正式に脅威と認定した反乱勢力は、俺の資金源を断つために、こちらに仕事を回さないように手を回した。
そう考えるのが妥当だ。
「そうか。思ったより早かったな」
父上や陛下が心配だが、俺が手を出すことはできない。
他国の王という立場は、こういう時あまりにも重くのしかかってくる。
あの時、国を興せという陛下の指示に逆らっていたら、もっといい選択も取れたのだろうが。
「国境のゴーレムと妖精さんの様子を見てくる。それと、カイトに、俺がラインジャの政変を疑っていると伝えてくれ」
俺はそれだけエステルに頼むと、転移で国境沿いの岩山まで移動した。
俺が転移で岩山に行くと、警備のゴーレムが一斉にこちらを向いて敬礼した。
彼らにとって敬愛すべき主であるエレナの夫である俺もまた、彼らにとってはそこそこ重要な存在であるという事か。
「なにか異常はありませんか」
ゴーレム語で尋ねると、1体のゴーレムが遠くに見えるラインジャの都市、ゼンガー叔父上が治めるグレトゥーマ領都を指さして言った。
「静かすぎです」
見ると、確かにグレトゥーマ領都はその城門を閉じており、そこそこの高さがあるこの山からでさえ、見える範囲にグレトゥーマへの街道を動く馬車などが見えない。
「それは、例えば商隊の出入りがないとか、そういう異常ですか」
確認すると、ゴーレムは首を縦に振った。
嫌な予感というのは当たるものだ。
「その通りで」
「ありがとうございます。遠くないうちに、ラインジャの軍が攻めてくるかもしれません。皆さんには必要な裁量を与えますので、国境を要塞化しておいてください。欲しい資材があれば妖精さん経由で伝えてください。可能な限り用意します」
俺は遅きに失した戦闘準備をゴーレムたちに指示した。
「お任せください!」
何とも頼もしいゴーレムたちの言葉を背に、俺は屋敷に戻った。
「ラグナくん、ラインジャで政変があったってどういうことだい?」
転移で戻るなり、エステルから話を聞いて俺を探していたらしいカイトに問い詰められる。
カイトの姉がフィンブルにいる以上、心穏やかでないのは間違いないだろう。
「冒険者協会から依頼が来なくなったタイミングが、例の塔をラインジャの貴族に見られたタイミングと一致する。おそらく、あれを見た貴族は反逆者だ」
俺は手短に状況を説明した。
その貴族が俺の叔父であることなどは、言わなくてもいい話だ。
「じゃあ…」
「ああ。恐らく、俺たちという脅威に対抗すべきというもっともらしいことを叫んだと考えていい。そして、陛下はこれに乗っても断っても、ろくな結果にならない。扇動されて自らの子に割譲した領土に兵を差し向けた血も涙もない暴君か、子供可愛さに国家の危機を無視した愚物か、どちらかの汚名を着せることはたやすいだろう」
俺の説明に、カイトは首をかしげる。
「もしかして、それを指摘してもどうにもならないのかい?」
もっともな話だ。
だが、まさに、それを指摘してもどうにもならないということが、現状の問題だ
「魔人部門の例年の参加者は5名程度。今年は30名。雑な計算だが、20名以上増えた。おそらく、闘技大会のどさくさで俺を殺すための人数だ。この意味が分かるか」
尋ねると、カイトは頭を抱えた。
「闘技大会に、バレないように暗殺者を紛れ込ませられる相手が20人はいるってことか。そりゃ、ちょっとどうしようもないね…」
「そうだ。既に敵の侵蝕が進み切っていた。陛下はそれを察し、俺を巻き込まないように配慮してくれた」
俺が肩を落とすと、カイトは俺の肩を掴んできた。
「助けに行こう、ラグナくん」
俺は力なく首を横に振る。
「他国への内政干渉になる」
カイトのボルテージはいや増す。
「君の、そして君の妻の父親だ!」
逆に、俺のテンションは下がる一方だ。
「他国の元首でもある」
俺が動かないことを理解したのか、カイトは深呼吸を一つして、真剣な目で俺に訴えてきた。
「……ラグナくん、僕を国外追放してくれ」
「何をする気だ」
力なく問う俺に、カイトは怒鳴るような勢いで語る。
「僕は少なくとも、ラグナくんの家族と、自分の姉を助け出したい。これは国家間の問題なんかじゃない。僕個人の意思だ!」
…コイツは本当に、どこまでもまっすぐな主人公様だ。
「ふふふ」
つい、笑いがこぼれる。
「ラグナくん?」
いぶかるカイトの姿すら、今は面白い。
「くははははははは!お前を見ていると、肌に合わない皇帝なんて仕事を真面目にやっている自分がばからしくなるな!ははははははは!」
そして俺は、久々に軽やかな気持ちでシルヴィアを呼んだ。
「シルヴィア、俺の妻3人とブランドル、カーティスを呼んでくれ!」
「はい、ただいま!」
肌に合わない皇帝なら、やめちまえばいい。
俺は、俺個人の意思でのみ動く、一介の冒険者に、ほんの少し前に自分がそうなるつもりだった姿に、戻る決意を固めた。
やがて集まった全員に、俺は手短に伝える。
「ラインジャで政変があった。本来は、ラグナロクは他国ということになるため内政干渉はできないが、カイト、ブランドル、カーティス、君達を名目上、ラグナロクから一時追放する。罪状はまあ、皇帝に飲み物をぶっかけたとかでいいだろう。この意味を察してくれるな?」
「もちろん」
カイトは爽やかに笑い。
「へへ、建前の使い方を覚えたか。あんた大物になるぜ、ラグナの旦那」
ブランドルからの呼び方が旦那になっている。
恐らく、今回の決意で一皮むけたと認めてくれたということだろう。
「承知した。妻子のこともある。追放の期間はどうする」
「とりあえず1年と罪状に書いておいて、ラインジャの政変に関する功績で特赦を与える形式で考えている」
「妥当だな」
カーティスとのやり取りは、どちらかと言えば手続き面に偏る。
「そしてセレス、君に帝位を譲る。俺も追放してほしい」
最後に、俺はセレスに頼んだ。
これは俺の私情だ。
妻であるセレスやエレナ、リエルを巻き込むわけにはいかない。
だから、妻に帝位を譲り、俺は一個人として動く。
「ラグナも、行くんですね」
「ああ」
「でも、正体がばれたら…」
当然、心配するセレス。
俺は懐から天魔の仮面を取り出し、身に着けた。
その悪鬼の苦悶の形相のような黒い仮面は、俺の人相を隠すには十分な面積を持っている。
「せいぜい正体がばれないように、謎の怪盗『フリーダム仮面』とでも名乗っておくさ」
「センスなさすぎだろ!」
ブランドルの鉄拳が俺を床に沈めた。
「痛いぞブランドル」
「もうちょっとなんかあんだろ、かっこいい名前がよ!」
「じゃあ、正義の魔人ジャスティス仮面とか?」
「お前絶対わざとやってるだろ」
少し悪ふざけを挟み、程よく緊張がほぐれたところで、俺は踵を返した。
「じゃあ、セレス、しばしの別れだ」
「必ず帰ってきてくださいね」
「約束しよう」
そして俺たちは、ラグナロクを後にした。
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