第70話:王の覚悟

どうもみなさんこんにちは。

異世界転生者です。


母国が滅びそうです。



翌朝、いつものように畑の面倒を少し見た後、黄金竜の塔に行こうと身支度を整えていたら、ラインジャ国王ワシエ陛下と父上が転移の許可を求めてくる手紙を転送してきた。


「…無視するわけにもいかないか」


俺は受け入れる旨を手短にまとめた手紙を転送した。


数分もしないうちに、ワシエ陛下と父上が転移陣に現れる。

と、同時に、俺に詰め寄ってきた。


「例の巨塔がお前の新たな帝都になる予定だというのは本当か」


やはりその話題か。


「はい」


即答すると、ワシエ陛下と父上は頭を抱えた。


「ラグナよ、お前を疑いたくないから全て話す。例の巨塔を調べにやったゼンガーから、ラグナは武力を蓄えてラインジャを侵攻するつもりだと報告を受けたのだ」


妙だ。昨日叔父上とした話と内容が違う。

いや、叔父上が普段の叔父上らしくなかったのはそういうことか。

叔父上は、最初から俺に叛意があると疑ってかかり、何なら決めつけていたのだ。


「叔父上にそこまで疑われていたとは…」


落ち込む俺を慰めるように、父上が俺の肩に手を乗せる。

伯爵が王族にしていい仕草ではないが、この人だけは事情が違う。

この人は、俺の父親なのだ。


「あの塔について、ゼンガーとはどんな話をしたんだ」


優しく問う父上に、落ち込んでいる場合ではないと気を取り直して、思い出しながら語る。


「ええと、黄金竜が作ってくれたものだと言った後…恐らくは俺を殺すために反逆者が手引きし、魔人に化けて闘技大会に出場した黄金竜の娘が俺に負けたことで従魔契約をすることになり、娘の主に相応しいことの選定のために黄金竜があの塔を用意し、認められたらあの塔が俺のものになる、という、まあ、黄金竜とその娘から聞いた話をそのまま伝えただけ…のはずです」


父上とワシエ陛下は鳩が豆鉄砲を食らったような顔で顔を見合わせた。


「え、黄金竜?その娘が闘技大会?そんなんなにも聞いてないんじゃが?」


「そうですよね陛下。私も聞いた覚えがありません」


何故か、叔父上はその話はしていなかったらしい。

そんな話は枝葉末節、戦力を蓄えラインジャ侵攻を企てているラグナロクを何とかしなければ、くらいの猪突猛進な思い込みをするような人でもない。

むしろ、国内の逆賊を探し出す手がかりとしては、黄金竜の娘を闘技大会に送り出した者の正体を突き止めるのは重要なはずだ。

それなのに、何故。


嫌な可能性に思い至った俺は、証人を呼ぶことにした。


「クロセル、こっちに転移できるか」


従魔の契約を交わした竜の娘に、俺は思念で連絡を試みる。


「マスターの後方1メートルにはなにもない?なければそこに転移するわ」


「なにもない。来てくれ」


呼ぶと、クロセルはすぐに俺の背後に現れた。


「転移封じを無視して…その女が竜の娘か」


じろりとクロセルを一瞥したのみで、慌てている様子もない父上。

こういう豪胆さは本当に尊敬に値する。

豪胆さだけではない。言い方は悪いが、女の趣味の悪さ以外で、父上に欠点らしい欠点を認められないくらいだ。


「さすがは父上。察しが早い。…クロセル、君が闘技大会に出たときの名義と外見は」


藪から棒に尋ねる俺にやや面食らいつつ、しかしクロセルは答えてくれた。


「え、クロセル名義で、この外見だけど、それがどうしたのかしら」


その答えを受けたうえで、俺は父上とワシエ陛下に目を向ける。


「と、申しておりますが、その名義の参加者はどこの領土から?」


尋ねると、頭痛をこらえるように目頭を押さえたワシエ陛下が呻くように答えた。


「グレトゥーマじゃ…」


「えぇぇ…」


悲報:叔父上が反逆者でした。


「ゼンガーが…裏切った…何故?」


ものすごくショックを受けている父上の顔からは、それを認めたくない感情がはっきりと読み取れる。

認めたくないなら、認めない手段はあるはずなのに。


「俺が嘘をついているとは、思わないのですね」


尋ねてみると、父上は苦笑した。


「お前はわかりやすいからな」


俺も苦笑した。


「父上にとっては、俺もまだまだ子供という事ですね」


国家の反逆者に関する深刻な話の最中とは思えない、親子の団欒の時間のような空気が、少しだけ肩の重荷を取り去ってくれる。


「そうだ。どんな身分になろうと、お前は私の息子だ」


「ありがとうございます。父上」


そんな俺たちを見て、ワシエ陛下は踵を返した。


「戻るぞヴェート。こんなにも身近にまで反逆者が増えているなら、もはやラインジャも長くないかもしれん。なればこそ、最後まで抗うのだ」


その背中は、何処か滅びゆく者の美意識を感じさせた。


「ご武運を」


俺はワシエ陛下と父上を、頭を下げて送り出した。

何故か、年甲斐もなく泣き叫んで足に縋ってその背中を止めたかったが、それは、すべきではないことだと分かっている。


きっと、これが今生の別れというやつなのだろう。


「よかったの?送り出して」


ワシエ陛下と父上が転移したあと、恐らく竜の優れた感覚によて二人に迫る死の気配を俺以上にはっきりと感じていたのだろうクロセルが尋ねてくる。

俺は、NOと言いたくなる感情を必死に抑えつけて、答えた。


「きっと、ラインジャは滅ぶだろう。ワシエ陛下と父上は、反逆者に殺される。だが、それを承知で、覚悟のうえで、俺に庇護を求めず、最後まで抗う道をお二人が選んだのなら、俺に許されるのは、仇討のみだよ」


お二人の覚悟を踏みにじるようなことはできない。

俺は二人の死に水を取るだけだ。

もちろん、それが杞憂で済んでくれることを必死に祈るくらいはするが。


「そう。分かったわ。それなら、それまでにお父様に私たちのことを認めてもらわないとね。ドラゴンにのった魔王が一夜にして国を焼き滅ぼすのって、絵になるでしょ」


冗談でも言うように、とりあえず当面の目標を提示してくれるクロセル。

正直ありがたい。

やるべきことがあれば、その間だけは何も考えずに済む。


「そんな絵の登場人物になりたくはないんだが。…そういえば、クロセルのドラゴンの姿って、どんな感じなんだ」


肩をすくめつつ、適当に話を広げてみるが、クロセルは顔を曇らせた。


「…醜い、黒色よ。黄金竜の娘なのに、美しい金色なのは逆鱗一枚だけ」


本気で悲しそうに言うクロセルに、しかし俺は共感してやることができない。


「ドラゴンの感覚では黒は醜いのか。俺は黒いドラゴンって、なんか強そうでワクワクするけどな」


こういうのは女性に好まれないと聞くが、しかしクロセルはまんざらでもなさそうに笑った。


「貴方のお嫁さんから聞いた通りの女たらしね。でも、マスターが好きって言ってくれるなら、私も少しだけ自分の色が好きになれるかも」


なんかひどい風評被害を受けている気がするが、まあ、クロセルが自分の色を好きになれるならよしとしよう。


「じゃあ、行こう。みんなを呼んでくる」


俺はみんなを呼びに食堂に向かった。

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