第69話:鍛錬と折衝
どうもみなさんこんにちは。
異世界転生者です。
黄金竜はなぜか俺たちを鍛えたいようです。
翌日、また黄金竜の塔に向かった俺たちは、ひとまずショートカットして二階(?)に入り上に向かう方向の廊下を進もうとして、ふと気づいた。
「ねえ、こんな高い塔をこのペースで登ってたら確実に僕の寿命が先に尽きるんじゃないかな」
誰もが気づきながら口にしなかったことをあえて口に出す勇者カイトに敬意を表し、俺は思考停止をやめた。
俺の寿命は種族的な意味で無限らしいが、カイトの寿命は有限なのだ。
「そうだな…何処かに転移の仕掛けなどがあればいいのだが…」
とりあえず、希望的なことを口にしてみるが、黄金竜がそこまで甘い存在であるものかどうか。
「仕掛けか…やっぱり1階のあの扉かな」
だが、カイトはその希望が叶うかもしれない場所を告げた。
確かに、仕掛けが分からず素通りせざるを得なかった扉は気になる。
なにより、仕掛けが分からなかったが開いた扉なら前例もある。
「ありうるな。また殴ったら認証できましたとか言い出すかもしれない」
俺が肩をすくめるのと同時に、ブランドルが失笑した。
気持ちはわかる。
ダンジョンの仕掛けが知恵を問うものでなく力を問うものであるというのは、なんとも珍妙な話なのだ。
「問題は、ここから引き返すにはかなり時間がかかるということか?」
カーティスが尋ねてくるが、念の為俺は転移の魔術を使ってみる。
予想に反して、昨日素通りした扉の前への転移は可能だった。
だが、塔の外へは不可。行けて出口の扉の前か、塔のすぐ近くの転移陣だ。
おそらく、このサイバー空間めいた塔は、内外をまたぐ転移が封じられており、その影響で塔の周辺へも転移ができない状態なのだろう。
黄金竜がわざわざ転移陣などを用意したのは、それが理由か。
「どうやら、塔内から塔内なら通常の転移もできそうだ。恐らく転移封じにそういう仕掛けを何かしているのだろう」
俺が転移の状態について報告すると、カイトは確認するように俺に目を向けた。
「じゃあ、戻ってみる?」
無論、俺は首肯する。
「何もわからなかったとして、こっちに戻ってくるのもすぐだしな」
リスクはない。メリットがある可能性はある。
なら、行かない理由などない。
即座に転移して、昨日開けられなかった扉の前に立つと、俺は深呼吸を一つして、全力の正拳突きを扉に叩き込んだ。
バリアめいた扉は、俺の拳が直撃した位置を中心に波紋のような光を走らせ、そして、機械的な音声が流れた。
「戦闘力レベルを確認。頂上への転移、不許可。最適なエネミーを生成します。中へお進みください」
どうやら、俺の拳では満足してもらえなかったらしい。
「要するに、もっと強くなってからもう一度扉を殴れってことか。で、中には俺たちの経験値になってくれるエネミーってのが出てくるようになってると」
この異常空間に既に順応しているらしいブランドルは状況をそう解釈したようだ。
なるほど、その解釈ならつじつまは通る。
そして、光の壁のような扉はもうない。
もう一度殴るには、扉が再度出現するのを待たなければならないだろうが、再出現させるために中のエネミーとやらを倒さないといけない可能性もある。
「行こう、ラグナくん」
既に剣を抜いているカイトが促してくる。
見渡せば、戦闘準備ができていないのは俺だけだった。
「分かった」
俺は魔神化し、扉の奥へ進んだ。
扉の奥にいたのは、見たことのない何かだった。
表皮の感じから、爬虫類だという事だけはわかるが、シルエットは微妙に人っぽい。
リザードマンとかそういう種族なのだろうが、こちらの世界での知識としてリザードマンというものを見聞きしたことはない。
それが、足の踏み場もないくらいに密集して、俺たちを待ち構えていた。
「シャープネス!サーキュラーブーメラン!やれリエル!」
俺が何をするよりも速く、カーティスが動いた。
この数なら、リエルの殲滅力を軸に立ちまわるしかないのは考えるまでもない。
カーティスに感謝しなければ。
「じゃあ、前線を支えるぞ、カイト、ブランドル!」
俺は前に踏み込み、手近なハチュウ人類の顔面に拳を叩きこんだ。
直後、俺の両脇で大剣と双剣がリザードマンを叩き斬り、そして、飛翔するククリが数多のハチュウ人類の首を刈り取った。
「私は!?」
俺から何も指示されなかったのが不満らしいセレスが負けじと飛ぶ斬撃でハチュウ人類を虐殺する。
セレスはなんか意味不明な強さしてて俺が何か言うよりフリーハンド与えたほうが絶対いいから、なんて言ったらぶちぎれられるんだろうなあ。
最適なエネミーを生成する、という話だったが、今のところ、苦戦するような相手ではない。数があまりにも多いことくらいが問題か。
だが、格下の虐殺は俺たちの得意分野だ。
それを自慢できるかと言えば明確にNOだが、ともあれ、今の状況は、最も得意な戦場で最も得意なことをしている、負けようがない戦い。
…だからこそ、「レベリングに」最適なエネミーが生成されている、ということだったりするんだろうか。
1時間にも満たない、戦いとも呼べない戦い、半ば以上の虐殺を終えると、また機械的な音声が流れた。
「お疲れ様でした。外に出て、再度戦闘力レベルのテストを受けてください」
どうやら、ドアを殴って合格になるまでレベリング用のエネミーをしばく、そんなことを当面繰り返さなければならないらしい。
俺達は外に出て、今度は魔神化したままドアをぶん殴った。
「戦闘力レベルを確認。頂上への転移、不許可。最適なエネミーを生成します。中へお進みください」
どうやら、魔神化フィジカルでもまだ許可してもらえないようだ。
それから、腹が減るまでの数時間、ドアを殴っては生成された魔物などを叩きのめす作業を続け、腹も減ったし疲れたから帰ろうとしたところで、金髪美女、黄金竜の娘クロセルが俺たちの目の前に転移してきた。
「クロセル、何かあったのか」
尋ねてみると、クロセルはこくこくと首を縦に振った。
「人の国から軍勢が…!」
軍勢。
まあ、そうか。
こんなでかい建造物が急に現れれば、軍くらい送られる。
一番近いのは、俺の地理感が間違っていなければ、たぶん、ラインジャのグレトゥーマ領。
そうなると、叔父上が指揮する軍である可能性が高いな。
「分かった。俺が話してみよう。この塔は俺の所有物であると話しても構わないか」
「それで、人の軍勢をおいはらえるなら」
「分かった。ちょっと行ってくる」
俺は転移で、塔の前の転移陣まで飛んだ。
「さて、うまくいくかな…」
俺は塔の前の開けた広場にただ棒立ちになり、駆けてくる騎馬隊を出迎えた。
「全員とまれ!誰かいる!」
先頭をきって駆けている騎士が後方にかけた号令の声に、俺は確かに聞き覚えがあった。
「ゼンガー・アイゼン・グレトゥーマ子爵、ご無沙汰しております。それとも、叔父上、とお呼びしたほうがよろしいですか」
馬を止めた騎士に、俺は呼びかけた。
母方の叔父なので苗字は違うが、確かに彼は俺の親戚だ。
「ラグナ…皇帝陛下…」
叔父として甥に接すべきか、一貴族として他国の皇帝に接すべきか、戸惑っているような顔で叔父上はそう言うと、はっとしたように馬から飛び降りた。
「失礼いたしました」
どうやら、叔父上は一貴族として他国の皇帝に接することを選んだらしい。
片膝をつく叔父上に、俺は何も言えなかった。
「いかがですかな、我がラグナロクの新たなる帝都は」
顔を上げてほしくて、俺はそんなことを口走ってしまう。
「これが…帝都…これは陛下が?」
俺が作ったのか、という趣旨であろう叔父上の問いを否定する。
「いいえ。闘技大会に、人に化けたドラゴンが参加していたことはご存じですか?」
その質問に、叔父上は明らかに狼狽し、気分を害したかのように顔をしかめた。
何か、まずいことを言ったのだろうか。
「それが、この状況に何の関係が」
「あるのですよ、グレトゥーマ卿。そのドラゴンは、自分を打ち負かした俺に従属しなければならなくなった。しかも、その父はかの黄金竜だという。その黄金竜が、娘の主にふさわしい者かどうか俺を見定め、認められた暁にはこの塔ごと娘を俺に譲ると約束した」
叔父上の問いを遮り、最後まで説明する。
「何処かの誰かが、なりふり構わず俺を暗殺するために、魔人ですらない者を闘技大会に差し向けた結果がこれだ。叔父上、これは他国の皇帝ではなく、貴方の甥としての願いです。そのような外道を野放しにしないでください。必ずや、その者にあるべき罰を」
俺の願いに、叔父上は腹痛をこらえているような顔で頷き、そして、後方の副官たちを見て、なぜか観念したかのような顔で、退却を命じた。
「かの塔は危険なものではないと判断した。退くぞ」
どこか、叔父上らしくないと感じたが、ともあれ、人の軍勢を追い返すという仕事は達成した。みんなのところに戻るとしよう。
明日のレベリングに備えて、皆で家に帰って英気を養わなければならない。
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