第66話:魔人皇帝

どうもみなさんこんにちは。

異世界転生者です。


俺、なんかヤバイやつだったらしいです。



ラインジャ王国から叩き出されて数週間。

ラインジャ国王にして俺の義父でもあるワシエ様の多大な支援もあって、かつてラインジャ王国ローク領と呼ばれていた辺境の地は、ラグナロク帝国というなんだかものものしい名前の国となった。


帝国ということで俺の身分は皇帝なのだが。


俺がやってることは相変わらずの農作業や、ごくたまに森に出る、領民たちの脅威になるような魔獣の討伐(というか狩猟)くらいなもんで、あまり皇帝らしいことはしていない。


強いていうなら、薬草などを売るときの手続きが国内の組織だったラインジャの薬学協会から、隣国であるラインジャへの輸出という形を取ることになって若干面倒になったくらいだ。


驚いたのは、ラインジャ王国がラグナロクを属国と位置付けるのではなく、イーブンの同盟を結んだことだ。

経済的にはほぼラインジャに依存するラグナロクを対等に扱う理由はないはずなのだが、このあたりは国内へのなんらかの喧伝に使うのだろう。


そんなことを気にする暇があったら国力を増強しろという話だが、もちろんそこも抜かり無い。


エレナが魔力回復薬をがぶ飲みしながら作ってくれた10万のペブルゴーレムのうち3万ほどががずらっと並ぶ険しい岩山か、残る7万がひしめく荒野、そのどちらかを突破しなければ、ラグナロク帝国の帝都と位置付けられた森の農村を襲撃することはできない。


俺が皇帝になると聞いたエレナが張り切って一週間でやってくれました。

もう国防はエレナに丸投げしていいんじゃないかな。


そんな大量のゴーレムに包囲され、しかも横から無数の妖精さんが援護射撃してくるクソゲーを突破できるやつがいたとしたらそいつはブランドルだ。

もちろん数の暴力で、ラインジャ王国が全国民総玉砕とかしてきたらさすがに危ういのたが、そんなことは攻撃側としてもする意味がない。


それが二十四時間体制で国を守っているのだから、もうこちらに攻撃する手段は空爆だのICBMだのといったこの世界にはまだ無い手段くらいしか残らない。


そして、ペブルゴーレム作成の過程で広がった畑は、もはや手入れの方が追い付かないほどに広がっている。


ゴーレムではその重さゆえに畑を踏み固めてしまうのでなかなか畑の手入れには使いづらいので、畑の手入れをする人数がもっと欲しいが、ここは限界がある。


なにしろもとが小さな山奥の村ひとつなのだから。


「元気にやっておるようじゃの」


人手不足を補うため皇帝自ら出向いた畑仕事の合間に額の汗をぬぐったとき、どうやらラインジャからわざわざ面会にきてくださったらしい、ラインジャ王国のワシエ陛下から声をかけられた。


「陛下、ご無沙汰しております」


「そんな久しぶりでもあるまいに。今日は本を数冊持ってきた。畑仕事を切り上げて屋敷で話せるか?」


「承知しました」


俺は魔術できれいな水を出し、手足を洗ってから、ワシエ陛下とともに屋敷に転移した。


「おかえりなさいませ、ラグナ陛下」


迎え入れてくれるシルヴィアも、すっかり陛下呼びが板についている。


「応接室を使うよ。それと、お茶もお願い」


「かしこまりましたぁ!」


元気にキッチンに向かうシルヴィアを横目に、俺はワシエ陛下を応接室に通す。


「それで、お持ちいただいた本というのは」


俺が訊ねると、ワシエ陛下は重々しく口を開いた。


「魔人の生態に関する研究書とでも言おうかの。見つかったのじゃよ、セレスの変化と同じような現象が」


それは、知りたいような知りたくないような、複雑な感情を俺に味わわせた。


知りたいが、事実を確定させるのが怖い、そんな感覚だ。


「この本によれば、魔人の中でも起源種と呼ばれる少し特殊な魔人は、子をなすことができないらしい。それは必ず男であり、子をなす代わりに女を魔人に変異させると書いてある」


それは、予想していたことであり、そして、そうであって欲しくなかったことだった。


「そう、ですか…」


「そして、起源種魔人のいくつかの特徴がお主に合致しておる。例えばこれじゃ、魔神化の能力向上幅のけたが違う、というが、お主も半魔神化までしかできないのに、一般の魔人より能力向上幅は遥かに大きいと聞いておる。他にもこれじゃの。再生能力の異常な高さ。以前、腕か半分ちぎれたような状態から、数十分で完全に再生したと聞いておるぞ。そして、これは確認できぬが、起源種と起源種によって変異させられた魔人は、老化しないらしい。これから何年もセレスが今の幼い姿のままなら、それもひとつの証拠になるのう」


いくつかの、栞が挟まれたページを示しながら陛下は言う。


「…」


俺はもう、なにも言えなかった。

俺自身はいい。

そういうの大好きな中二病患者だから。


でも、セレスは、この人の娘だ。

尊敬すべきワシエ・ラインジャ様の大切な娘だ。

それを俺自身がバケモノに作り替えたというのは、かなり、来るものがある。


「そんな顔をするな。お前たちの間の孫を見られないのは残念だが、わしの息子も娘も一人ではない。孫はそっちに見せてもらうわい。それより、うんと長生きして、わしの子孫をずっと守ってはくれぬか。セレスと一緒に」


ワシエ陛下の優しい声に、俺は涙をこらえきれなくなった。


「すみません…ありがとうございます…」


「うむ。謝罪も感謝も受け取ってやるから安心せよ。側室の二人も、本人の同意を得てから魔人にしてやるとよい。きっとあの二人も、お前とともに歩む悠久を得られるなら、喜んで受け入れるだろう」


きっと、この気まずい話題をぶちこんでくるのもワシエ陛下の配慮なのだろう。



その夜、俺はセレスとエレナ、リエルの三人を寝室に呼び、ワシエ陛下から頂いた本を示しながら、俺が起源種と呼ばれる魔人であること、俺と愛を交わすとセレスのように変異すること、それによって老化しないことを含む、バケモノめいた変化が体に起こることなどを説明した。


「…と、いうわけなんだ。ごめん、セレス」


知らなかったとはいえ、セレスから人並みの幸福を奪い去ったことを謝罪するが。


「なんで謝るんですか?私は嬉しいですよ。確かに、子供ができないのは少し寂しいですけど、私はラグナと一緒にずぅーっと国を守っていけるのがとても嬉しいです」


セレスはとても前向きだった。

なぜ、こうまで俺を愛してくれるのか、さっぱり分からない。


「…ありがとう」


ただ、感謝することしかできない。


「それで、まあ、その、セレスの時は知らなかったからできなかったけど、エレナとリエルの気持ちを確認しておきたい。魔人に変わるのが嫌なら…」


言いかけた俺の口に、リエルが人差し指を押し当てた。


「ラグナ、今だけは、わがままを言って欲しい。エレナもそうだよね」


「はい。ラグナくんの気遣いは嬉しいです。でも、遠慮ばかりされると、他人行儀に感じちゃって、寂しいです」


二人に促され、俺は深呼吸をひとつした。


「俺は…エレナとリエルにも、同じ時間を歩んで欲しいと思っている」


能力がどうこうではない。

どう気を遣えばいいのか分からず戸惑ってばかりの俺を無言で優しく受け入れてくれているエレナにも、今回のように俺が間違いかけたり行き詰まると導くような言葉をくれるリエルにも、俺は独占欲めいた執着を抱いている。

俺とともに歩むと神の前で誓い、今もこうして俺を支え続けてくれているセレスへの執着は特に強いが、二人への感情もそれに近づきつつある。


最低な浮気野郎だと自分でも思う。

そういう矜持は、持っていたつもりなのだが。


「じゃあ、ラグナと同じ時間を歩める体を、私達にちょうだい?」


誘うように笑うリエルに抗えるような強さの矜持は、残っていなかった。



翌朝、赤目になっていたエレナとリエルを見て、ブランドルがニヤニヤと俺の脇腹をこづいてきたとだけ、言っておこう。

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