第64話:勇者の覚悟

どうもみなさんこんにちは。

異世界転生者です。


いよいよ、メインディッシュです。



前座兼余興の魔人部門、射手部門と魔術師部門が全て終わり、いよいよ本番の戦士部門を迎えた闘技大会2日目。

選りすぐりの戦士が数十人、トーナメント形式で覇を競うこの部門こそ、闘技大会と聞いて俺たち転生者が思い浮かべるものではないだろうか。


ちなみに各部門に分かれた理由は、射手が逃げ回りながら引き撃ちするとか高位の魔術師が空中から魔術で爆撃するとか魔人が魔神化のフィジカルで蹂躙するといった、身も蓋もない悲劇がかつてあったからだそうで。


閑話休題。


闘技場に二人の戦士が進み出て武舞台に上がり、互いに構えて開始の合図と同時に斬りあうその絵面は、やはり手に汗握るものがある。


ちょうど始まったカイトの試合、相手はブランドルより大柄な、大斧を持つ戦士だ。


「ヒョロヒョロのガキが相手かよ。帰ってママのスープでも食べてもっとでっかくなりな!」


マイクパフォーマンスのつもりか、大斧を持つ戦士はカイトを大声で煽る。


が、カイトは柔和に笑っただけ。


「何がおかしい!」


激昂する男に、カイトは微笑んだまま答える。


「初めて彼に会った日、彼は君と良く似たことを言ったんだ。でも、メニューはママのスープじゃなかった」


カイトの返答は決して大きい声ではない。

しかし、控え室からでもはっきり聞こえる。

闘技場には選手の声や剣撃の音を聞きやすくし、より迫力のある観戦を楽しめるようにする魔術もかけられているのだ。


「あん?」


男の怪訝な声に、懐かしむような表情でカイトは答える。いや、事実懐かしんでいるのだろう。

ブランドルに拾われた日のことを。


「俺がうまい飯をおごってやるから、もっと食ってでかくなれ、だったかな。それは、君と彼の器の差だよ。君は、彼には決して及ばない。だから、僕は君には負けられない。僕は彼に挑むためにここにいるんだ。彼に遠く及ばない君に勝ちを譲るなんてできない」


そして、静かな決意を秘めた声でカイトは決して負けられないと宣言したので


「ガキが生意気言いやがって!」


男は斧を振りかぶった。

威圧のつもりだろうか。

だが、今となっては、それは蟷螂の斧というものだ。

カイトは、見た目に反してべらぼうに高レベルなのだから。


「生意気って言うけど、さすがに君よりは強いよ、僕」


苦笑するカイトに、男はついに茹で蛸のように顔を真っ赤にして怒りを露にする。


「んだとゴルァ!」


開始の合図を待たず、斧を振りかぶって突進する男。

直後に開始の合図が鳴らされる。

男の奇襲を審判が追認した形だ。


それを不当審判などと抗議する声はない。


カイトまで間合いを半分も詰めないうちに、男は転倒したのだ。

カイトが不意討ちに体勢を崩されたのなら不当審判と抗議するものもいるだろうが、現実はむしろ逆。


転倒した男の顔の横にカイトが剣を突き立て、すぐに決着の合図が鳴った。

後の先を取り、その上で男より長い距離を踏み込み、そして鮮やかに足払いからの追撃を決めた形だ。


「おおっとローク領代表はコイツもヤバかった!目にも止まらぬ早業で、ブザー前の奇襲に見事なカウンターを決めたァァ!前代未聞のゼロ秒勝利!」


実況さんが楽しそうで何よりである。


「もう全部ローク優勝でいいんじゃないかな」


解説さんは相変わらずなげやりだ。

もうこれが平常運転な気がしてきた。


だが、戦士部門に限ってはローク代表が前代未聞の経験値量によるレベル差で圧殺というわけにもいかない。


もう一人の規格外が、フィンブルから出場しているのだ。


…そこ、マッチポンプだろだとか結局同郷だろなどと無粋なことを言わない。




ブランドルの試合は、カイトのような瞬殺ではなかった。


果敢に攻め立てる槍戦士の猛攻を捌きながら、しかし、ブランドルの反撃は明らかに精彩を欠いている。


調子でも悪いのか、と一瞬思ったが、どこかブランドルの動きのぎこちなさは見覚えがあった。

というか、俺自身思いっきり当事者だった。


保護魔術を貫きかねない、反則負けしうる攻撃をブランドルは出せてしまうのだ。


要するに、手加減のしかたを探っている。


ブランドルは結局、試合の制限時間ギリギリに剣ではなく膝蹴りで槍戦士を地面に沈めた。




そうして数十の試合が消化され、決勝戦で武舞台に上がったのは、やはりというべきか。


「この場に立ったか、カイト」


「あなたに挑むために、ブランドル」


カイトとブランドルの二人だった。


方や、変幻自在の動きで強敵を瞬殺してきた新進気鋭の剣士。

方や、手加減に苦労するほどの猛剣を振るう練達の重戦士。


好対照の二人は、向かい合い、そして、試合開始のブザーと共にその姿を消した。


一瞬そう見えただけで、初期位置の中間で激突していたのだが。


「ぐああ!」


ブランドルの一撃を盾で受け、カイトが悶絶する。


「ハッハァ!よく止めたな!それに、腕が折れるとか泣き言も言わねえ!お前本当に成長しやがったな!」


「であああ!」


磊落に笑い、相手の成長を喜ぶブランドルと、受け答えもままならず反撃するカイト。


ごく短い交錯で、観客は二人の力量差を悟ったろう。


精彩を欠いた動きの冴えないおっさんは、強すぎて手加減に難儀していただけなのだと、最強に見えた青年のさらに上をいく師匠なのだと、誰もが賭け札を投げ捨てた。


「そらそら、守ってばかりじゃじり貧だぜ!」


冗談のような膂力で嵐のような乱撃を繰り出すブランドルに、カイトは凌ぐのが精一杯という様子。

しかしブランドルの言う通り、それでは勝ちは拾えない。


「どうした、もう諦めるのか!俺に挑むんだろ!ちったあましになったってのは俺の思い違いか!?違うってんなら足ぃ踏ん張って腰に力をいれやがれ!」


猛攻の最中の挑発は、しかし、明らかな叱咤激励。


「ぐぁぁ!」


ついにブランドルの一撃を凌ぎきれず、カイトは大きく吹き飛ばされる。


決着がついたかと思われたが、カイトはすぐに起き上がった。


そして、自嘲気味に乾いた笑いを漏らす。


「はは、自分でも、ちょっとはましになったと思ったんだけどな…いや、そう思って天狗になってたのか。…胸を借りるよ、ブランドル!」


カイトは咆哮と同時に、投げ捨てがてらブランドルに盾を投げつけ、左手でも剣を抜いて二刀流でブランドルに斬りかかる。


神速の双剣と重撃の大剣、両者の実力には開きがあるが、闘技場のルールがここで双剣を利する。


運動エネルギーは重さと速度の2乗に比例するというのは、この世界でもあまり変わらない。魔法の武器など例外はあるが。

ともあれ、大剣の重さは低く見積もっても双剣の3倍、速度は2本に1本で対抗するので単純計算で2倍、なら、少なくともブランドルの剣は今、カイトの剣撃の12倍の威力で振るわれている。


大剣を双剣と同じ手数で振るうという人外の所業は、同時にそれが直撃すれば確実に反則負けとなるほどの威力となることを意味するのた。


つまり。


ブランドルはカイトに当たる軌道で剣を振れない。


「ブランドル!僕は、あなたに感謝している!僕を拾ってくれたことも、僕の成長を願って突き放してくれたことにもだ!だから!」


ブランドルの、この大会限りの弱点に気づいたカイトが、剣で受けると見せかけてブランドルの剣の前にあえて無防備な体をさらけ出す。


「どんな手を使ってもあなたに、勝ちたいんだ!」


今から剣の威力を落とせば、カイトの剣が先にブランドルを捉える。

振り抜けば、反則だ。


「上等だカイトォ!」


そしてブランドルは、殺意を認定されて反則負けとなった。


ブランドルなら必ずそうすると、俺よりもカイトが分かっていたはずだ。


カイトにとって、ブランドルに自分の成長を示すことは、それほどに大切だったのだろう。


その覚悟を認めてか、反則というやや不完全燃焼の幕引きでも、会場は万雷の拍手に包まれた。

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