第63話:魔将、降臨

どうもみなさんこんにちは。

異世界転生者です。


魔王軍は魔王軍らしく、芸術は分からないアピールもしておきます。



日が傾ききる前にリエルがありったけの的を粉砕してしまったので、夜に行われる魔術部門の前に、観客が食事を取る時間という名目で空白の時間が訪れた。


無論、急遽そういうことになったので、料理の準備などできているはずもないのだが、そこはさすが王家主催、保存用の固めのパン(フランスパンを想像してほしい)にバターを塗って、塩抜きしていない干し肉を極限まで薄切りにしたものを挟んだものを観客全てに配るという、即席にしては極めて豪勢な食事が提供されている。


魔人がさんざん予定をぶち壊しにしても王家ならこのくらいの対応はできるんですのよと言わんばかりに澄まし顔のメイドたちを見ていると、俺が試合をぶち壊しにしたのも王家の力を誇示する機会になったという意味では怪我の功名と思えてきた。


実際には、それを即興で指示できる陛下と実行できる王城の使用人が凄まじいだけで、俺の功績など一欠片もありはしないのだが。


「こういう食事は、なんか落ち着くね」


皿に盛られた料理を食器でつつくのではなく、パンを手掴みで齧る食事はカイトの心を穏やかにしているらしく、カイトは心底安心したようなため息をついた。


「かなり贅沢なものだが、趣向は旅の途中の食事に近いし、やはり馴染むな」


カーティスも同じ意見らしい。

王家が用意した高級品であることを除けば、冒険者の食事として一般的なものにも近いようだ。


「エレナも連れてくれば良かったかも」


どうやら馴染み深い食事に仲間との旅を思い出したらしいリエルがそんなことをポツリとこぼすが、それは無理な相談というものだ。


「エレナならセレスと一緒に貴賓席にいるはずだぞ」


セレスとエレナは俺宛に届いた本来の貴賓席の招待状2枚を消化するという、貴族的な意味で極めて重要な任務を帯びているのだ。

陛下直々に招待されたら出場するんで行きませんとは言えない。

なんで陛下は俺に招待状を出したんだろう。

魔人部門に俺が出ることは知っているはずなのに。


「出場するからって断ればいーのに、駄目だったの?」


不満げに言うリエルの頭を撫でながら、俺は子供に言い聞かせるように説明を試みる。


「子爵って、意外と低い身分でね。陛下直々の招待状ともなると、行けなかったとしても代役をたてる必要があるんだ」


リエルは不満そうに、しかし納得したようにため息をついた。


「そっかあ…久々にこういうのをエレナとも食べられると思ったのに…」


お盆の帰省で、大好きなおばあちゃんとの外食がおばあちゃんの体調不良でなしになってしまったときの姪っ子(生前の世界の記憶)のような顔でうつむくリエル。

姪っ子は外食より、おばあちゃんとの時間を過ごせることが何より楽しみだったと俺に泣いて訴えたあと、俺と一緒にお粥を作ったんだっけ。

ちなみにクソ親父、つまり姪っ子のおじいちゃんは予約のキャンセル料がもったいないとかほざいて、兄貴を引き摺って二人で四人前の食事を平らげて帰ってきた。


ああはなりたくないもんだと、そう思ったら、自然と言葉が口をついてでた。


「じゃあ、シルヴィアに頼んで、こういうものを食べる日も作ろう。俺も固めのパンにものを挟んで食べるのは好きだし、懐かしい食事を一緒に楽しむ時間はそれで確保できるだろ」


俺がそういうと、リエルはパッと顔を明るくした。


「ほんと!?」


本当に姪っ子を思い出す顔だ。

別に未練などないが、こういう思い出もあったと気づくと、案外悪くない人生だったのかもしれないと思えてくる。


「こんな嘘つく意味ないだろ。…ブランドルも別にこういうの嫌いじゃないよな」


リエルに約束する傍ら、フィンブル代表としてローク代表の俺たちとは別室を控室にされている、この場にいないブランドルをふと心配する。


が。


「それこそ無意味な心配だな。口に入れば何でもうまいという男だぞ」


カーティスが肩をすくめるのを見て、俺は杞憂にもほどがある自分の思考を恥じた。


「さて、私はそろそろ行くが」


次の魔術師部門に出るカーティスがパンを飲み込み、言った。


「演目としての勝ちは狙わない。魔力の出力と制御のみをアピールする」


それはカーティスの思いやりだった。

ロークの出場者が能力のごり押しで全てをかっさらうのは、かえって反感を買う。

ならば、芸術性が評価される、単なる能力の競技でない魔術師部門で、能力だけをアピールしつつ負けておくのは、うまいスケープゴートと言える。


「分かった。任せる」


カーティスの配慮に感謝しながら、俺はカーティスを送り出した。



魔術師部門は、たとえば体操とかフィギュアスケートのような、技術介入度の高い演技を見せ、その完成度や美しさを競う競技だ。


魔術の光を用いた芸術の表現力を競うものだと言い換えてもいい。

光を使うから、魔術師部門の演目は夜に行わなければならないのだ。


たとえば、魔術で花火を打ち上げる者がいる。


たとえば、火炎魔術を綺麗に制御して、炎のドラゴンと炎の騎士を象り、竜殺しの英雄譚を演じる者がいる。


たとえば、氷の魔術に光を当て、プリズムのように光を曲げて、見事な映像芸術を投影して見せる者がいる。


たとえば、複数の魔術を組み合わせて音を鳴らし、その緻密な制御によってオーケストラの演奏を再現して見せる者がいる。


どれも素晴らしい演目で、その美しさを以て観客を魅了してやまないものだ。


本来は前座であったこれだけを見て、本命の戦士部門を見ずに帰る他国の貴族もいたりする。

そのくらい、魔術を用いた芸術は発達しているのだ。


そして、カーティスの番になったとき、カーティスはその全てをやった。


カーティスの演技は、魔術で花火を打ち上げながら火炎魔術で演劇をやり、魔術でオーケストラ顔負けのBGMをかけ、さらに氷の魔術で投影するのは演劇の背景(しかも地面ではなく空中にホログラムのように)という、あまりにも忙しい演目。


それは間違いなく、あらゆる魔術師を凌駕する圧倒的な魔力の出力と制御能力、全てを平行してこなすだけの処理能力をカーティスが持っていることの証左であり、出場者の中で最高の魔術師が誰なのかを思い知らせるには、何よりも雄弁な方法だった。


だが、芸術として見ると、どうか。


端的に言って、情報量が多すぎるせいで落ち着いて楽しめない、芸術としてはやや下卑たものになってしまう。


案の定、技術などの点は最高点であるものの、芸術点がかなり低く出たことでカーティスは敗退した。


こちらの目的を完璧に遂げる、実に、実に見事な負け方である。


なお、魔術師部門の優勝者は「こんな勝ちで誇れるかよぉぉぉ!」と、血を吐くような叫びを上げていた。


気持ちはよく分かる。


…心の底からごめんなさい。

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