第62話:魔弓姫の産声
どうもみなさんこんにちは。
異世界転生者です。
すっかりローク勢は魔王軍扱いです。
魔人部門の乱戦が俺による蹂躙という前代未聞の早さで終わってしまったことで、闘技大会のプログラムは入れ替えを余儀なくされた。
本来は魔人部門のみで日が暮れるくらいの時間がかかることが見込まれ、花火大会めいた魔術師部門の演目がそのあとすぐ行われる予定だったのだが、このままでは、観客を夜まで退屈に待たせてしまうことになる。
そのため、本来は二日目、いよいよメインとなる戦士部門の前座として午前中に行われる射手部門の準備が急遽行われている。
「じゃ、行ってくるね」
「ああ。頑張ってきてくれ」
一度控室から出ようとしたリエルだが、ドアを開けたところでくるりと振り返って俺の顔をじっと見てきた。
「どうした」
「…優勝したら、何かご褒美欲しいな」
珍しく、少ししおらしい表情で言ってくるリエル。
何か欲しいものでもあったのだろうか。それも、そういう表情で頼まなければならないような、言い出しづらいものが。
「何がいい?」
「んー。ラグナが私のために考えて選んでくれるものがいいかな」
尋ねてみると、リエルは顎に人差し指を当てて少し考え、そしてにぱー、と小さな子供のように笑って見せた。
これは、実はあまり欲しいものが何かあったわけではなく、乙女的な何かである可能性があるな。
「その労力を俺が君のために受け入れること、それ自体が欲しい、とかか?」
確認してみると、リエルは目を丸くし、そして、今度は慈母のような笑みを浮かべて見せる。
「お、ラグナも少しは女の子の気持ちが分かるようになった?」
「今回たまたま当たっただけだ」
「だよねー」
目をそらす俺を尻目に、リエルは元気いっぱいに控室を飛び出していった。
「じゃ、楽しみにしてるね!」
楽しそうなリエルの声の残響を聞きながら、俺は頭を抱えた。
優勝するのは決定事項なんだよな…いや、そりゃそうか。
リエルがこれまでの虐殺で得た経験値を射手の技能に振っていないはずがない。
そうなると、何を贈ったらリエルが喜んでくれるかを考えなければならなくなるのは確定。
…気が重い。
闘技大会の射手部門は、外見だけならアーチェリーや弓道に少し似ており、立った状態で、動かない的の中心に近いところに当てれば得点が高くなるような競技だ。
3本の矢が与えられ、1発でも的に当たればクリア、当てれば当てただけ、その位置に応じた得点が入るが、3発全て外せばそこで終了。
クリアすると的が遠くなり、同じことを繰り返す。
得点は随時集計され、全員が終了になった時点での得点を競うという競技だ。
動きに乏しい競技ではあるが、射手が極限の集中力をもって矢を放つ一瞬の緊張感はやはり別格であり、誰もが固唾をのんで見守るのが通例となっている。
今年も、そうだった。
途中までは。
空気が変わったのは第1巡、リエルの番が来た時だ。
リエルもまた他の射手のように、美しい姿勢で矢をつがえ、弓を引き絞り、撃った。
…そして、的が粉砕された。
「手加減をせぇ!」
「普段からよほど強い敵を想定して体を鍛え、剛弓を準備しているんですね…ロークは人外魔境か何かなんでしょうか」
お笑い芸人のようなツッコミを入れてしまう実況さんと、ロークへのヘイトスピーチに余念がない解説さんのやり取りも、もう俺は穏やかな心で眺めることができる。
「こういう場合、得点処理はどうするんでしょう解説のエクスさん」
「前代未聞ですからねえ…どうなるんでしょうか」
実際、得点計算ができないのはかなり問題だ。
失格にさえならなければ、巡が回り、的が遠くなるほど得点も高くなるので、最後までリエルが残り、2巡くらい差をつければ推定点数でリエルが優勝しただろう、ということにはできるが。
逆に、刺さった矢の確認ができないから失格、ということになった場合、リエルは的を粉砕しない程度の威力に絞りながら、あと2発以内に感覚を掴んで的に当てなければならない。
これは、かなり不利だ。
リエルも、かなり青ざめている。
べらぼうに強い敵を相手に実戦をやりすぎて、練習用の的の強度をはるかに凌駕する威力の矢を放てるレべルまで自分が成長していたことにはあまり実感がなかったようだ。
こんな時、隣にいって励ましてやれないのがこんなにも悔しいとは。
しばらく歯噛みして見守っていると、実況から業務連絡めいた放送がかかった。
「えー、ただいま、陛下からお達しがありまして、的を粉砕する絵面が面白いから、粉砕したら3発全部真ん中に当たった扱いにしてよいとのことです」
会場は爆笑に包まれ、リエルはほっと胸をなでおろし。
「いよっしゃああああああああああ!」
俺は控室で拳を突き上げた。
「…なんかすごい歓喜の声が聞こえた気がしますが」
実況さんが引いている。
どうやら俺の声は実況席までとどろいたようだ。
「ラグナ子爵の声でしたね。身内が即失格になるかもしれなかった状況ですから、お気持ちはわかりますが、射手部門はくれぐれもご静粛にお願いいたします」
俺はスン、と真顔になり、席に戻った。
そこからの射手部門は、リエルが的を粉砕するたびに笑いが起こる、少し弛緩した空気での実施となったが、他の出場者からすればきっと地獄のような試合であったに違いない。
当たりさえすれば理論上の満点を出してくる相手に得点で突き放されながら巡数で突き放せることを祈り、一刻も早く3発外してくれと祈らなければならない試合なのだから。
そして、そんな雑念が混じれば、矢は狙ったところには飛ばなくなっていく。
やがて、武舞台に残っているのはリエル一人となり、優勝はもう決まったという段になって、実況席に王冠を被った見慣れた人物が乱入し、何かを耳打ちした。
「えー。ただいま陛下からご指示を賜りました。射手部門も、的を粉砕するという前代未聞の面白すぎる展開によって各参加者が心を乱され、例年より早く脱落していったため非常に早く終わっております。そこで、ロークからの参加者のリエルさんが体力的に問題ないようでしたら、何枚連続で的を粉砕できるか、余興としてやってみていただきたいのですが、大丈夫ですか、リエルさん」
実況さんが死んだ魚のような目をしているのがありありと分かる声で放送すると、武舞台にいるリエルは両手をメガホン代わりにして実況席に叫び返した。
「いーーよーー!」
「ありがとうございます。それでは、夜の魔術師部門の前の余興として、ロークが誇る凄腕射手リエルさんによる的粉砕ショーを執り行います。皆様、連続で何枚割れるか一緒に数えていきましょう!」
もう完全にヤケクソである。
そしてリエルは、意味もなく宙返りしながら矢を撃つなど、曲芸じみた魅せ技の数々を繰り出して観客を魅了し、そして、他のあらゆる射手を絶望させた。
曲芸しながら自分たちよりはるかに高い精度で、人外威力の矢を撃てる奴が同業にいたのでは、射手達のプライドがどうなったか、推して知るべしというものだ。
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