第61話:ある魔王の誕生
どうもみなさんこんにちは。
異世界転生者です。
なんか、魔王みたいな扱いを受けてます。
闘技大会の前座として行われている魔人部門は、例年にない30名以上の大乱闘となったものの、開幕の30秒ほどで3名の脱落者を出すという異様な速さの試合展開となった。
その原因がだいたい俺というのが、ちょっときまずいのだが。
「うおおおおおお!」
ヤギのような角、蝙蝠のような翼と、あまりにもステレオタイプな悪魔の特徴を持つ姿に魔神化した魔人の男が、しかし勇者のような気合の声をあげつつ殴りかかってくる。
俺はその拳を真っ向から掌で受け止め、そのまま拳を掴んで動きを止める。
「ぐ、あああああああ!」
2メートルを超える男と、男にしては小柄な俺の間にある体格差から想像される筋力差とは真逆の現実。
俺は確かに、フィジカルだけで目の前の大男を圧倒している。
俺は、まだ魔神化していないのに。
「お前は頑丈そうだ。少し強めに投げるぞ」
技もなく、術もなく、ただ、力任せに大男を振り上げ、地面に叩きつけると、観客席から聞こえてくるのはもはや歓声ではなく、悲鳴。
「ラグナ子爵、さらに一人を撃破!あんな大柄の魔人を片手で子供のようにあしらう姿はまさに絶対強者!ラグナ子爵を止められる者はいないのか!?」
「いないでしょうねえ。どうやらラグナ子爵はまだ魔神化すらしていないようですから」
なんとか盛り上げようと頑張る実況のキョウさんはいい。
もう完全にやる気なくしてハナホジな雰囲気出してる解説のエクスさんはお願いだから黙っててくれ。
「どういうことですか解説のエクスさん」
話ふっちゃったよ…。
「魔人ってね、魔神化すると、さっき投げ飛ばされた人みたいに、姿が変わるんですよ。でもラグナ子爵は今、我々と同じような人間そのものの見た目でしょ。つまりラグナ子爵はまだ、本気の半分も出していない」
「その状態で、ラグナ子爵はあの大男を片手で投げ飛ばして一撃ノックアウトしたと?」
「正直、私は自分の目と正気を疑ってますよ…」
実況と解説の二人が魔神化に関する説明をした直後、武舞台の上の魔人たちは顔を見合わせ、青ざめ。
「「「う、うわあああああああ!」」」
半狂乱で俺に襲い掛かってきた。
こういう場合、逃げ出さないだけでも褒めるべきなのだろう。
その中でも先陣を切って殴りかかってきた男を、俺は十分に手加減した正拳突きで迎撃した。
直後、空気が凍り付いた。
観客のいくらかが、顔を覆い目を伏せたのを感じる。
武舞台から観客一人一人の表情までは見えないが、一斉に同じような動きをされるとさすがに大雑把には見えるのだ。
「ま、前が見えねえ…」
俺の拳は、男の顔面に突き刺さり、ギャグマンガじみた凹みを残したのだ。
「手加減が難し過ぎる…」
青ざめた俺を見て、俺に襲い掛かろうとしていた魔神たちは後ずさった。
「おおっと、また一人撃破したラグナ子爵!しかし様子がおかしい!実況席からではよく見えませんでしたが、他の選手が引くような何かがあったのでしょうか!」
「既に十分あったでしょう」
実況と解説のやり取りを聞き流しながら、俺は天を仰いでため息をついた。
「さて、気まずい時間は終わりにしたい。投了してくれれば俺も楽に済むが、やるなら丁寧に手加減しながら投げなければならない。うっかり殺して反則負けになるのは俺も望まないし、君達も死にたくはないだろう」
俺は完全にラスボスみたいなことを言って魔神化する。
「ラグナ子爵、ここで魔神化か!姿はほぼ変わっていませんが、目元の赤い輝きと全身を覆う青い炎が、明らかに先程までとは違う威圧感を放っています!」
「炎のように見える魔力のオーラですかね。あの状態で攻撃したら保護魔術を貫いて対戦相手を皆殺しにしかねないような気もするんですが…」
そんな実況を尻目に、魔神たちは我先に武舞台から駆け降りた。
彼らをなじる声は聞こえてこなかった。
あまりにもあんまりなワンサイドゲームっぷりに、観客も彼らに同情していたのだろう。
「ああっと!ここで全選手が投了!魔人部門はラグナ子爵の優勝です!」
「歴代最大の人数でやった魔人部門が歴代最速で終わっちゃいましたね」
「ラグナ子爵がそれだけ圧倒的だったということですね」
「圧倒的とかそういうレベルを超えてますよ。それよりちょっと私心配になってきてるんですが」
「はい?」
「ラグナ子爵が魔神化しなくても強かったのって、間違いなくそれまで稼いだ経験値の差が圧倒的だったってことになりますよね」
「そう、ですね」
「ラグナ子爵が冒険者になったのってほんの先月とかでしょ?その短期間で蛮族の襲撃とかとんでもない事態は複数ありましたけど」
「はい。そうですね」
「ラグナ子爵と一緒に蛮族の襲撃に対応してた方がきっとロークから出場してますよね」
「参加者リストを見る限り、そうなってますね」
「ローク領からの参加者、全員経験値量が圧倒的なレベルに達してませんか?」
「…あ」
どうやら実況と解説の二人は、とんでもないことに気づいてしまったようだ。
そして、その考察を大音量で放送してしまった。
直後、罵声とともに賭け札が宙を舞う。
ロークからの出場者以外に賭けていた者たちがやってられるかと叫んでいる。
俺しーらねっと。
俺は黙って武舞台から降りた。
「あ、圧倒的だったね…ラグナくん」
闘技場の上方、貴賓席の一つをあてがわれた俺たち用の控室に戻ると、カイトが引き気味に出迎えてくれた。
「思えば倒してきた蛮族や魔獣の数が結構異常だからな…レベルもかなりめちゃくちゃな上がり方をしてたんだろう…」
実況と解説の二人が言っていたことを繰り返すように答えると、カイトも顔を曇らせた。
「戦士部門は、事実上の決勝戦が僕とブランドルの試合になるってことか」
「そうだな」
闘技大会が俺たちの能力のせいで大会のていをなしていないほどに、俺たちは暴力と殺戮の経験を積みすぎた。
それは心優しい青年であるカイトにとっては、かなりつらい事実だろう。
「魔術師部門と射手部門は芸術性や技巧を競うものであるぶん、まだ大会らしい状態にはなるか」
カーティスが腕組みしつつ、まだ救いがあることを示してくれるが。
しかしそれを、俺はあえて捨てる。
「まさか、ここまで意味不明なレベル差が生じているとは思っていなかった。俺のせいでローク領からの出場者は別格に見られるだろう。こうなったらヤケクソだ。カーティス、リエル、圧倒的なレベル差というものがどういうものか見せつけてやれ」
俺はもう完全に吹っ切れた。
こうなったら闘技大会にローク領は出禁というルールを作らせてやる。
「任せて!」
朗らかに請け負うリエルとは対照的に、カーティスは少し顔を曇らせた。
「…本当にいいんだろうか…」
「気持ちはわかる。凄くわかる」
俺はカーティスの肩をそっと叩いた。
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