第60話:闘技大会、開幕
どうもみなさんこんにちは。
異世界転生者です。
闘技大会、始まりました。
正義も大義も仁義もなく、ただ領土の財政のために賞金首狩りを始めてから数日。
ブランドルもカイトも人に武器を振り下ろすことに一切躊躇がなくなったころ、ようやく闘技大会の開催日が来た。
「周りの出場者が賞金首に見えてきたよ…毒されてきた気がする」
周囲を見渡したカイトがそんなことをぼやくが、さすがに毒されすぎだ。
闘技大会で出る賞金は社会の害悪である賞金首を排除し、社会を浄化したことに対する報酬ではなく、各部門で最強の栄誉を勝ち取った者への副賞に過ぎない。
「まあ、闘技場の保護魔術があれば、よほど全力で殺しに行かない限り大丈夫だろ」
俺は肩をすくめる。
闘技場は出場者の生命の保護のため、生命にかかわる威力の攻撃が行われた場合には魔術防御がかかるようになっている。
これを利用し、闘技場の魔術防御が発動したことをもって決着とみなすルールで試合は行われる。
逆に、魔術防御を撃ち抜きかねない、明らかに過剰な威力の攻撃が行われた場合、その場で殺意ありとみなされて失格となる。
ちなみに俺やブランドルが気を付けるべきはむしろこっちのルールだ。
俺もブランドルも、少しばかり筋力を鍛えすぎた。
「さて、まずは余興の魔人部門か…」
試合予定表を一瞥し、俺は武舞台に向かった。
武舞台で待ち構えていたのは、30人以上の魔人。
例年、数人の魔人の乱闘程度で済んでいた魔人部門がこんなにもにぎわうとは、俺の宣伝効果は相当だったらしい。
…いや露骨すぎだろ、単純計算で20人以上の暗殺者がここにいることになるわ。
「さあ、今年もやってまいりました闘技大会の季節!やはり景気づけは最強の魔人種による大、乱、闘!今年は例年の5倍の参加者によるスペシャルな乱闘が繰り広げられます!実況は私キョウ・ジーツ男爵と」
「解説のエクス・プラネイション男爵でお送りします」
どうやら俺が最後の参加者だったらしく、俺が武舞台に上がるなりテンションの高い実況が魔術拡声器で繰り広げられる。
こういう文化も本当に、パッと見の文明レベルに比して凄く発達している。
その割に、社会制度はかなり封建的だが。
「いやー今年はまさかの貴族からの参加がありましたね、解説のエクスさん」
「ラグナ・アウリオン・ローク子爵ですね。魔人が叙爵されたのは王国始まって以来でしたっけ。お怪我などなさらないといいんですが」
嫌な方向に俺の名前が売れていく気がする。
気もそぞろに武舞台の中央まで進むと、他の出場者は俺を遠巻きにするように立ち位置を変えた。
単に、列に加わろうとしただけなのだが、気兼ねでもされただろうか。
「さすがは、蛮族の襲撃から3つの領土を救ったラグナ・アウリオン・ローク子爵。試合前の立ち位置はまさかの中央、全方位から攻撃を受けかねない危険な位置です。これはどういう事でしょう、解説のエクスさん」
「自信の表れなのか、試合開始前の立ち位置の調整は任意という魔人部門のルールを知らないか、どっちなんでしょうねえ」
うん、後者だよ。知らなかったよそういうルール。
まあいいや。
俺が諦めて肩を落とすと、試合開始のブザーが鳴った。
直後、30人以上の魔人は同時に魔神化し、跳躍し。
俺に向かって急降下キックをぶちかましてきた。
「ライダー映画のクライマックスか!?」
俺のツッコミは、しかし実況にかき消されて誰の耳にも届かない。
「おおっと!全選手が魔神化してラグナ子爵に集中攻撃!あらゆる選手が最大限に警戒していたのはやはり英雄ラグナ子爵か!」
「そういう単純な問題かなあ…」
解説のエクスさん、あんたの勘は当たってるよ。
俺はあまりにも殺意が分かりやすすぎるド低能暗殺者たちに呆れ果てながら、最初に突っ込んできた魔人の足を掴んでジャイアントスイングし突撃してくる全ての魔人を、掴んだ魔人にぶつけてはたき落とす。
「ラグナ子爵、開幕の奇襲をものともせず見事な対集団カウンター!蛮族の群れ相手に経験した対多数戦闘は数知れず、今更30人程度は敵じゃないと言わんばかりの無造作な反撃だ―!」
実況うるせえ…。
「いやなんか人相手に戦うのもみょーに慣れてませんかね、ラグナ子爵…」
そして解説のエクスさん、あんたのような勘のいい男は嫌いだよ。
「どのくらいなら殺さずに保護魔術を発動できるんだろうか…」
俺はとりあえず、掴んでいる魔人を振り上げ、軽く地面に叩きつけてみた。
「がはぁ!」
妙に高いその苦悶の声に、俺はようやく相手が少女だと認識する。
が、敵に男女の区別はない。
もう一度、もうちょっと強く地面に叩きつけてみる。
「おごっ…!」
もうちょっと強くしないと決着しないか…。
「うぼへぁっ!?」
「ラグナ子爵、掴んだ魔人の少女を地面に叩きつけている!しかも少女に保護魔術が発動されない絶妙な力加減で何度も、何度も!これはどういうことでしょう解説のエクスさん」
「ラグナ子爵が実はサディストだったか、他の選手の戦意をへし折る作戦か、どっちでしょうねえ…」
的外れだよ。
どのくらいでノックアウトになるか分かってないんだよこちとら。
「その子を放せぇぇぇぇぇぇ!」
俺が何度か魔人の少女を(殺さないよう細心の注意を払いながら)地面に叩きつけていると、熱血少年めいた魔人の少年が突っ込んできた。
この少女の恋人か何かだろうか。
「はいよ」
俺はその少女を野球ボールのように振りかぶって魔人の少年に投擲した。
「ぐあああああああ!」
意識のない一人の人間の質量を叩きつけられた少年は武舞台の壁まで吹っ飛ばされ、しかし、必死に少女をかばって、壁と少女に挟まる形で気絶した。
なお、そこで二人には保護魔術が働き、2人の魔人が失格となる。
幸い、やりすぎて失格になるということもなく、俺はまだ武舞台に立つことを許されている。
「ラグナ子爵、無造作に対戦相手を投げ、別の対戦相手とまとめてノックアウト!強い、強すぎる!」
「このためにわざと少女を嬲ってたんですかねえ…」
実況と解説の、俺へのヘイトスピーチがすごい。
だが、手加減の仕方はだいたいわかった。
まだまだ残っている対戦相手に向かって、俺はゆっくりと歩み寄った。
何故か、魔人は俺が一歩進むごとに三歩下がった。
これでは追いかけっこが始まってしまう。
そう不安になった俺だが。
「隙あり!」
後ろから突っ込んできた別の魔人の腕を掴み、捻り上げることで、とりあえずまだ戦いの体裁は整った。
「こ、このっ…」
なんとか拘束から逃れようとするそいつの胸は、男だとするとやけに鳩胸。つまり女だ。
意外と女の魔人ってのも多いんだな。
それも、闘技大会に出るような実力者で。
だが、それよりも今気にすべきことは別にある。
「…そう言えば、腕を引きちぎるのって一発失格だっけ」
別に死なないから普通に決着になるのか、さすがに保護魔術が通用しない攻撃方法で大けがさせるのはアウトなのか、ちょっと気になる。
「ひっ…」
急に、抵抗の力が弱まる。
のみならず、なんかこう、アンモニア的な匂いを感じる。
見下ろすと、女の股のあたりに汗とは異なる染みが広がり、その染みは独特の温度の湯気を立てていた。
「…見なかったことにしてやる」
俺はその女を背負い投げで地面に叩きつけ、保護魔術を発動させて落伍させた。
「ラグナ子爵、背後からの奇襲をものともせず投げ飛ばしてさらに対戦相手を撃破!バトルロイヤルのはずがすっかりラグナ子爵VS他全員の様相を呈しているこの試合の行く末はどっちだ!?」
「いやここまでワンサイドゲームならもう勝者決まってるでしょ」
解説のエクスさん、あんたはもう黙っててください。
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