第57話:もげるな追放系主人公
どうもみなさんこんにちは。
異世界転生者です。
今日だけは、もげろと言う気はないです。
いろいろと濃いキャラだったカーティスの妻子の挨拶を受けた俺は、どうしたものか迷った末、結局シルヴィアに頼ることにした。
「シルヴィア、いるか」
「ここに」
呼ぶと必ず音もなく背後に立っているシルヴィアは絶対にNINJAだ。
そうに違いない。
「この二人はカーティスの妻子だ。薬師の仕事や家のことを任せたい。頼んでいいか」
「おっまかせください!」
いつも通り、シルヴィアは元気なメイドだった。30歳なんだからそろそろ落ち着けよというツッコミは、してはいけない気がする、
ひとまずカーティスの妻子のことはシルヴィアに任せて、少し筋トレでもしてこれからどうするか考えようと、練兵場という名前がついている裏庭に出ると、カイトとブランドルが突風すら巻き起こすレベルで模擬戦に勤しんでいた。
闘技大会に出るからには徹底的に鍛えておこうと言うことだろうが、剣擊が速すぎてたぶん音速を越えているこの二人の模擬戦が実質的に決勝戦だと言って差し支えないのではないだろうか。
それとも、世の中にはあれくらいの戦士はゴロゴロいるのだろうか。
もし後者なら、俺は雑魚もいいところなのだろうな。
そうだとしたら、囮になるために出場する魔人部門、俺は生き延びることはできるだろうか。
ただでさえ、闘技大会のタイミングで反逆者の斬首刑執行して恨みを買うことになる俺は、シンプルに自分の命が心配になった。
「まあ、こんなもんか?」
「そうだね」
俺が頭を抱えてしばらくしたころ、ブランドルとカイトは剣を収めた。
どうやら、訓練は終了のようだ。
「お疲れ。ずいぶん頑張ってるな」
俺は収納魔術からコップを二つ出し、水を出す魔術できれいな水を注いだ。
当然、俺はその二つをブランドルとカイトに差し出す。
喉が渇いているものの前でこれ見よがしに水を飲むような性格の悪さはしていない。
「ありがてえ」
「ありがとう、ラグナくん」
ブランドルは引ったくるように、カイトはそれに比べれば遠慮がちにコップを受け取り、しかし二人して、喉をならして一気に水を飲み干す。
あれだけ暴れればそりゃ汗もかくし、喉も乾くだろう。
「もう一杯いくか?」
訊ねると、一も二もなくコップを差し出してくる二人。
「まあ…!」
うまそうに二杯目の水を飲み干す二人の姿に、後方から感嘆するような女性の声がした。
振り返ると、シルヴィアと、シルヴィアに連れられて屋敷を案内されていたのであろう、カーティスの妻子がいた。
なにも練兵場なんぞから案内しなくてもとは思うが、きっとシルヴィアにはシルヴィアの考えがあるのだろう。
そして、カーティスの娘ミリアのキラキラした視線は、ちょうど今水を飲み干してほっと息をついているカイトに向けられている。
「ラグナくん、そちらの方は、カーティスの…?」
少し気になった様子で聞いてくるカイトに、俺はただ、首を縦に振った。
ここからの俺は黒子、モブだ。沈黙こそが正しい姿だ。
「わ、私は、ミリアと申します。父がお世話になっております」
頬を染めてカイトに名乗るミリア。
その絵面は、絵面だけならどこかの美姫に見初められる青年剣士という、なんとも王道な主人公の姿なのだが。
…男を見るのが久しぶりとは聞いたが、ちょっと手当たり次第に惚れすぎではないだろうか。
「いやいや、カーティスには僕の方が世話になりっぱなしだよ。あ、僕はカイト。そっちの彼がブランドル。カーティスとの付き合いは、ブランドルの方がよほど長いよ」
カイトの紹介を受け、ミリアはブランドルに軽く会釈したが、それだけ。
「カイトさんは、剣士でいらっしゃるんですね、稲光のように速くて、とても目で追えませんでした!」
「あ、うん、ありがとう…」
そのまま、捲し立てるようにカイトに話しかけるミリアと、どこか迷惑そうなカイト。
もげろと言いたいところだが、今回ばかりはカイトに共鳴する。
ああいう手合いは思い込みが激しくて面倒なのだ。
そして、その後ろでブランドルが頭を抱えていた。
気になった俺は、ブランドルの横まで行って耳打ちで訊ねる。
「ミリアさんを知ってるのか」
ブランドルは顔をしかめた。
「ああ。エルフの里で依頼を受けたことがあってな…若い頃の俺にもあんな感じだったんだ。カーラのやつが嫉妬して大変だった。あ。カーラってのが前にリエルが言ってた昔の恋人だ。ミリアほど美人じゃなかったもんで、俺が乗り換えるんじゃないかと本気で不安になったらしくてな…」
ブランドルの表情は、面倒な記憶と幸せだった頃の思い出が入り交じった複雑なものだった。
ブランドルにとって、今は失われてしまった人との思い出がどんな価値を持つかは必ずしもわからないが、取り敢えず、目の前の少女の異常さは分かる。
「ちょっと惚れっぽすぎないか」
ミリアは、いくらなんでも異常なほど惚れっぽい。
俺に一目惚れして、魔人だと知って気持ちが冷めた10分後にはカイトに熱視線を向けるというのはちょっと尋常じゃあない。
「そりゃとにかくカーティスが過保護に育てたのが悪い。子供のころ、同い年の魔人の男の子に怪我させられて以来らしいが、何事にも限度ってもんがあらあ」
「同意するよ…」
俺は肩を落とした。
まさか、完璧超人に見えたイケメンエルフ魔術師、魔法青年打撃くんカーティスに、激烈な親バカという欠点があったとは。
「よくラグナには絡まなかったな」
眉をひそめて聞いてくるブランドルに、俺は肩をすくめて見せる。
「絡まれたよ。魔人だと明かしたのが正解だった」
魔人に嫌な思い出がある奴で助かった。
心底、そう思う。
それを察してか、ブランドルは空を見上げてため息をついた。
「こういう言い方も変だが、今日ばかりは魔人で良かったな」
俺は苦笑した。
魔人で良かった、なんて、前世の記憶を取り戻したその日から毎日思っていることだ。
「俺はいつだって魔人で良かったと思ってるさ。いい父親のもとに生まれたからだろうけどな」
「そうかい」
くだらねえこと言って悪かったな、と一言謝罪し、ブランドルはカイトに絡むミリアに目を向けた。
つられて目を向けると、抱きつこうとするミリアを必死に避けるカイトの姿が目に入る。
「そろそろ助けてやろうぜ」
そう言いながらもどうしたもんかと言いたげな不動のブランドルを横目に、俺はずかずかとカイトたちに歩みよった。
「カイト、いつまで美女に鼻の下伸ばしてるんだ。とっとと仕事行くぞ。今日は俺たち三人で楽しい蛮族狩りだ!」
俺はでたらめ言いながらカイトの襟首をつかんで、ブランドルを巻き込んでフィンブル近郊に転移した。あくまで、転移封じの影響を受けない程度には離れた、近郊だ。
無断で転移室に飛ぶという愚は、今回は犯さない。
そう何度も顔馴染みの兵士に捕縛されてたまるかってんだ。
「なんとか逃げきれたな。じゃあ、適当な依頼受けてアリバイ作ったら帰ろうぜ」
「ラグナくん、助かったよ」
安心したせいかへたりこむカイトに、しかし俺は厳しい現実を突き付ける。
「家に帰ったら同じ目に遭うからな」
「それはもうちょっとだけ忘れていたかったよ…」
カイトは両手両膝を地面についてうちひしがれた。
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