第56話:魔術師の妻子

どうもみなさんこんにちは。

異世界転生者です。


仲間の家族は、割と濃いキャラでした



闘技大会への参加を認める旨の陛下からの手紙とともに、イケメンエルフ魔術師カーティスの妻子から転移の許可を求める内容の手紙が届いたのでカーティスを村はずれの転移受け入れ場に向かわせてしばらく。


「ラグナ殿、ただいま戻った」


この屋敷に転移室を作ったほうが便利だろうか、などと思案して空き部屋を見て回っていたところに、帰宅したカーティスが声をかけてきた。


「ああ、お帰り。早かったな。そちらの二人が君の妻子か」


カーティスが連れている、カーティスと並べると実に絵になる見目麗しい女性と愛らしい少女に目をやると、カーティスは首を縦に振った。


「そうだ。さあ、領主殿にご挨拶を」


カーティスに促され、カーティスの妻子だという女性と少女は一歩、進み出た。


「ソフィアと申します。夫がお世話になっております」


「ミリアと申します。父がお世話になっております」


スカートのすそを持ち上げて優雅に腰を落とす、貴族式の女性の敬礼を受け、俺は少々戸惑った。

貴人を相手にする女性の仕草を見たことがないわけではないが、そんなものを受ける資格が自分にあるとは思えないのだ。

なにしろ、本来は貴族をやめて冒険者になるつもりだったのだ。

将来は父のように偉い貴族になるぞ、と意気込んで子供時代を過ごしてきたのならまだしも、俺は最初から貴族としての人生を投げて、冒険者として自分の安い命をチップに斬った張ったを繰り返すつもりだった。

そんな俺が、今更貴族としての礼節を尽くされても、という話だ。


「ラグナだ。俺は仲間の家族が有能だと聞いたから呼び寄せただけの、強欲な領主だ。信頼に足るかどうかは君たち自身の目で見極めてほしい」


俺がそういうと、カーティスの妻と娘はふふっと笑った。

何か、俺は面白いことを言ったのだろうか。


「すみません、夫から聞いていた通りの方だったものですから」


どうやら、カーティスは俺がそういうことを言うと予測し、家族に伝えていたらしい。

まあいいだろう。実際、当たっている様子だし、きっと変なことは吹き込まれていない。


そして、そんなことより優先すべき話はいくらもある。


たとえば。


「ソフィアさんは優れた薬師だと聞いている。土の妖精さんがだいぶ頑張ってくれているので、最初の畑はもう薬草が伸びてきているから、収穫の時期を見極めるところから頼みたい。薬を調合して薬学協会に卸す分の作業は屋敷内で完結できるようにしてある」


こういう仕事の話とか。

それに関するカーティスの妻の反応は、営業スマイルにしか見えない笑顔での、形式的な反応。


「まあ、至れり尽くせりですね。ご期待に沿えるよう、精一杯奮励努力いたします」


まあ、なし崩しに夫の上司になっただけの若造相手の態度としては、これでもめちゃくちゃ有情な方だと言えるだろう。

若造が生意気な、とか発狂されても正直文句は言えないと思っていた。


「頼む。…カーティス、エルフの年齢のことには必ずしも詳しくないのだが、君の娘は既に一人前の年齢であるように見える。何か仕事を任せても問題ないだろうか」


次に、娘についてカーティスに水を向けると、カーティスは少し考え込んだ。

腕を組んで呻くカーティスが口を開くまでの数十秒間、まだ彼女は仕事を任せるには若すぎるのだろうかと俺は思っていたが。


「取り立てて専門技能はないので、即戦力にはならないだろう。だが、教えれば一通りのことはそつなくこなせる子ではある。今やっている薬師の修行と並行して、シルヴィア殿に頼んでメイドとして鍛えていただくのはどうだろうか」


カーティスから返ってきた答えは、何をやらせるか、についてのもの。

どうやら戦力や、畑の役に立つ方法をしばらく考えたうえで、それらには向かないという結論を得るまでの時間だったらしい。

薬師としても、恐らくカーティスの妻一人がいれば当面の仕事は回せる。


それなら、修行をしつつメイドとしても見習いをやってもらうというのは悪くない選択肢だ。

カーティスの妻だってシルヴィアだって永遠に生きるわけではないし、体調を崩す日だってあるだろう。

彼女たちの補佐をし、場合によっては穴埋めをし、またあとを継ぐ人材がいて困るということはない。


「彼女が構わないならそれでいい」


俺がカーティスに答えると、カーティスは娘に目を向けた。


「どうだミリア、構わないか」


だが、答えは返ってこない。

もしかして、労働を全力で嫌がるニートみたいな娘なのだろうか。

だとすると、ちょっと困るのだが。


「…ミリア?」


カーティスが再度声をかけると、カーティスの娘ははっとしたようにカーティスに目を向けた。


「あ、ごめんなさい、お父さん」


「どうしたんだ」


心配するように尋ねるカーティスに、カーティスの娘は恥ずかしそうに目を伏せて、蚊の鳴くような声で応える。


「領主様って、凄く私好みの顔と声をしてて、つい、その、見惚れちゃって…」


鬼の形相でカーティスが掴みかかってきた。


「娘はやらんぞラグナ殿ォォォォォォォォ!」


気持ちはわかる。

わかるのだが、心配ご無用である。


「いらねーよ!3人でもめちゃくちゃ持てあましとるのにこれ以上増えたら俺の胃に穴が開くっつーの!」


セレス一人とだってうまくいく気がしない、エレナとリエルをまともに気遣うこともできない、そんな男が4人目の妻を欲しがるわけがない。


だが、カーティスのボルテージは3倍くらいに跳ね上がった。


「うちの娘では不満だと仰せかァァァァァァ!?」


いやどっちやねん。


「いやどっちやねん」


心の声が漏れた直後。


「えいーっ」


気の抜けた声とともに、「100トン」と書かれた巨大なハンマーがカーティスの脳天を直撃した。


「すみません、うちの人ったら娘を溺愛してまして、娘も父親以外の男性を見るのが久しぶりなものですから…」


あまりにも軽い調子で言うカーティスの妻。

そして、父親以外の男性を見るのが久しぶりだというカーティスの娘。

なんか、カーティス一家の闇を見た気がする。


「…前途多難だな。そうだ、同じ家に住む以上先に伝えておくが、俺は魔人だ。顔を合わせたくないなら、生活時間をずらすなりなんなりしてくれ」


「…」


カーティスの娘ミリアは俺が魔人だということを告げると、百年の恋も冷めたような顔で距離を取った。

どうやら彼女は、ごく一般的な、魔人を汚らわしいと思うタイプであったらしい。


「すみません、この子はごく小さい頃、同い年の魔人に怪我をさせられたことがありまして…」


カーティスの妻ソフィアがやや焦った様子で語った内容は、魔人が忌み嫌われる理由としておそらくもっとも頻繁に聞かれるものだった。


「構わない」


俺はカーティスの妻ソフィアの謝罪を受け入れた。

一人くらいは身近にこういう相手もいてくれなくては、自分の種族を忘れてしまいそうになるから。

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