第55話:転生者は経営が分からない
どうもみなさんこんにちは。
異世界転生者です。
向いてないのに経営者みたいなことをやっている感じがして、結構プレッシャーです。
陛下から頂いた褒美の魔力回復薬などによって開墾が一気に進んだ夜、追加で届いた褒美の品に紛れて陛下から届いていた手紙を開いた俺は、深いため息をつきながら頭を抱えた。
手紙には、ドナノ家及びヴラギティール家の者を一族郎党一人残らず斬首刑とすること、処刑執行人に俺を任命することが記されていた。
どうやら陛下は、反逆者にとっての恐怖の代名詞として俺を位置づけるつもりらしい。
そうなれば、どうなるか。
俺は、ドナノ家やヴラギティール家の陰に隠れて息をひそめている、叛意を持つ者たちに命を狙われることになる。
陛下はそれを織り込み済なのか、この季節に毎年行われる闘技大会の魔人部門に出ろ、という内容も手紙の後半に記されていた。
闘技大会は、領土ごとに代表を選出し、戦士のトーナメント戦、魔術師の演舞、射手の的当て、魔人のバトルロイヤル、パーティのトーナメント戦の4部門で行われる競技大会だ。
もちろん、代表を出さないぶんには咎められることはない。
トーナメント戦の形式で行われる戦士部門とパーティ部門がメインで、魔術師部門、射手部門、魔人部門は半ば余興だ。
貴族からは特にさげすまれる魔人の部門は、わざわざ魔人を領土代表として雇う度量を持つ貴族自体が少ないこともあって、バトルロイヤルと言っても過去大会ではせいぜい数人の乱戦になる程度だった。
恐らく陛下は、乱戦になる魔人部門に俺が出ることをあえて公表し、かつ、反逆者に対して俺が脅威であるということを印象付けることで、魔人部門に殺し屋を雇って送り込んでくる、次なる反逆者をあぶり出すのが目的だろう。
俺が闘技大会に出ることを公表した後、領主に急に雇われた腕利きの魔人は殺し屋である可能性があり、自動的に雇い主は反逆者である可能性が出てくる、という寸法だ。
「俺だけが参加すると答えるのも不自然か…明日の朝、他の部門での参加についてみんなに相談しよう」
俺はひとまず、寝ることにした。
「と、いうわけで、闘技大会への参加について陛下に回答したいんだが」
翌朝、朝食後にシルヴィアが入れてくれたお茶を飲みながら、陛下からの手紙について相談すると、ブランドルが気まずそうに顔をしかめた。
「悪い。俺はフィンブル代表で出させてくれ。半年前にヴェート様と約束しちまってるんだ」
聞いておいてよかった。
何も知らなければ、俺はブランドルをローク代表に選ぼうとしただろう。
「じゃあ戦士部門は、出すとするならカイトだな。どうする?」
カイトは一瞬、尻込みするように目を伏せた。
「ブランドルとどこかで当たるのか…いや、どこまでやれるのか、試してみたい。出るよ」
戦士として明確に自分を大幅に上回るブランドルと同じ部門に出るということに若干不安を抱いたようだが、それを乗り越えて挑戦するとカイトは言った。
「へっ、ほんとにこの短期間で成長しやがって、こりゃ、当たったら負けるかもしれねえ。油断しねえように気を付けねえとな」
にやりと笑うブランドルの言葉は、本音なのかカイトを励ましているのか判断に迷う。
さて、戦士部門の出場者が決まると、あとはもう、出るか出ないかくらいの話しか残らない。
「魔術師部門は…カーティスかエレナかだが…」
「まあ、部門の性質上私の方が適するだろう」
魔術師部門、即決。
「射手部門はリエルしか候補いないけど、どうする?」
「もちろん出るよ」
射手部門、即決。
あと考えるべきところがあるとすると、参加に関するルールの確認くらいだ。
「みんなの所属ってちゃんとロークだっけ」
一応言葉に出して周りを見渡してみるが。
「ついこの間まで俺たち全員フィンブルにいたからなあ…」
予想通り、ブランドルが肩をすくめるだけで終わった。
「だよなあ。まあ、陛下に判断を仰ぐか」
俺はそこは割り切ることにして、陛下への返答の手紙を書いて王城に転送した。
闘技大会への参加を希望する旨と、参加者は戦士部門にカイト、魔術師部門にカーティス、射手部門にリエル、魔人部門に俺としたい、という、まあごく短い手紙だ。
さて、書類仕事より、体を動かす仕事の方が何故か気分がいいし、とっとと畑に行こう。
エレナとともに今日の分の魔力回復薬を使いつくすまでゴーレムを作り畑を広げる作業は、やはり気分を爽快にしてくれる。
今日の分には、これと同じ量を1か月ほど送り続けてやるという陛下からの手紙も添えられていたので、向こう1か月で畑はかなり広がるだろう。
そうなればゴーレムも、数千の大軍勢とすることができる。
妖精さんにとって住みやすく、俺たちにとっても領民にとっても、食料供給源が増えるこの作業は現在のロークにとってはほぼ最優先の事項と言っていい。
もちろん、それに集中するために領地の運営費を稼ぐということは、同列の優先度を持つわけだが。
「おはようございます領主様。もう今日の分の開墾を済ませていただいたので?」
ちょうどこちらの作業が終わったところで駆け寄ってきたムラオーサは、少々驚いた様子で俺の背後の土地を見た。
確かに、10人かそこらで耕して種をまけというには、少しばかりくたびれる土地の広さかもしれない。
「済まないな。働かせどおしで」
俺がそういうと、ムラオーサは首を横に振った。
「いえいえ。森から持ち出すことを妖精が許す限り、森の植物を植えてくださっていた領主様が、どれほど我々のことを思っていてくださるかに比べれば、この程度は気持ちよく腹を減らして、あとで森の草をより美味しく食むだけのことに過ぎませぬ。それに、人間用の作物でも、きちんと植物が根を下ろす地であることは妖精にとって重要なことでございます」
幸い、妖精を重視するという価値観が俺と彼らに共通していることもあって、ムラオーサは気にしていない様子だ。
「そう言ってくれると救われるよ。手をかけるが、頼んだ」
ムラオーサに、領主らしく浅い一礼をし、俺はエレナとともに屋敷に戻った。
「ラグナ様、もう陛下からお返事きてますよ」
家に戻るなり、シルヴィアが手紙を手に駆け寄ってきた。
「ありがとう」
俺はそれを受け取り、開いた。
「全ての参加を許可する、か。あくまでもロークがこの大会に本気だと思わせる方が重要なのは事実だな…」
手紙の内容は特に驚くような内容でもなく、強いて気になるとすれば返答が異様に早いことくらいだ。
それだけ、陛下にとって重要な案件だという事なのだろうが。
「あ、そうだ。カーティス様の奥様とお子様が転移の許可を求めていらっしゃいます」
シルヴィアは手紙をもう一枚出した。
こちらは定型文での、転移の許可願いと転移内容の通知だ。
「許可すると伝えてくれ。迎えにはカーティスを出そう。きっとその方が喜ぶ」
「かしこまりましたぁ!」
走り去っていくシルヴィアを見て、そう言えばカーティスの奥さんや子供の話って、いるってことくらいしか聞いてなかったなと思いだした俺は、ちょっと興味を持った。
「まあ、親子水入らずの再会の後で、顔見せくらいには来てくれるか」
だが、興味を持っても親子の再会を邪魔しない程度の配慮は必要だろうし、その程度の配慮はいくらなんでも俺にだってできる。
向こうから顔を見せてくれるのを待って、俺は今後の領地の運営計画という退屈な仕事に向き合うとしよう。
なにしろ、キマイラの稼ぎでしばらくは持つが、そこから先は行き詰まる可能性があるのだ。
なんとか、次の安定収入を探さなくては。
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