第50話:無言の散歩を楽しむのはもう老夫婦の関係性

どうもみなさんこんにちは。

異世界転生者です。


ちゃんと話すって、なんか難しいですね。



翌朝、エレナを連れて畑に転移するとすぐ、エレナはそっと手を握ってきた。

そういえば、エレナと二人でゆっくり過ごすことはあまりなかったな。


毎朝のゴーレムを用いた開墾だけは続けるという話をした時、エレナが楽しみにしているように見えたのは、これを楽しみにしていたのか。

俺の勘違いではなかったわけだ。


多少は側室の意図を組むことができたという事実に満足しつつ、軽く手を握り返すと、エレナは俺の腕に抱きついてきた。

いつぞや、リエルの言っていた、側で支えられれば満足という言葉に同調を見せていたエレナだが、やはり打てども響かずというのは寂しいのか、それとも、握り返されたことが嬉しかったのか。


まあどっちでもいい。


腕に抱きつかれている状態というのは少々歩きにくいが、エレナの好きにさせ、歩幅を合わせてゆっくりと歩く。


効率のみを考えるなら無駄な数分の時間をかけて、畑の間に作った道を通り、畑の外周、まだ開墾していない場所までたどり着くと、エレナは何も言わずに俺から離れた。

エレナにとって満足いく時間だったかはともかく、2人で過ごす穏やかな時間は、ひとまず今日のところは終わりということだ。


「今日はこの辺か」


尋ねると、エレナは頷いた。

そのまま数歩俺から離れ、杖で中空に紋様を描いて魔術を行使する。

使用する魔術は、言うまでもなくゴーレムを召喚する魔術。


「コール・ペブルゴーレム!」


出てくる奴と、聞こえてくる言葉も、言わずもがな。


「「「「「エレナちゃんのたーめなーらえーんーやこーら!」」」」」


ゾンビ映画のように地面から集合体恐怖症の方が悲鳴を上げること請け合いの、人の手そっくりの形状を形作る小石の集合体がゴバァ!みたいな勢いで生えてきたあと、その手が地面をガッと掴み、そのまま小石の集合体で形成された3メートル程度の人型存在がズルズルと這い出てくる割とホラーなこの光景にも、もう慣れた。


このゴーレムたちは他のゴーレムと同様、畑の外周を警備し、有事には敵を足止めし、妖精さんによる集中砲火によって敵を仕留めるという戦術の要となる。

開墾と同時に防衛戦力が増やせるのはちょっと便利すぎないかという気もするが、そうでもしないとどうしようもないキマイラの群れから領土を守らなければならない今、こちらにも敵に手加減してやる余裕はない。


「おはようございます。妖精さん」


俺はゴーレムの出現に合わせて地面からぴょこっと顔を出した妖精さんに挨拶する。

何故か軍式の敬礼を返してくれる妖精さんは、可愛らしい見た目に反し、ゴーレムと並ぶ防衛戦力の要だ。

ゴーレムはゲーム的に言うならタンク型の性能であり、火力型の役割を担ってくれる妖精さんがいなければ、戦力を必ずしも最大限生かせないのだ。

妖精さんとゴーレムが力を合わせて初めて、俺たちはキマイラに怯えることなく眠ることができる。


…ちょっとローク防衛がクソゲーすぎて嫌になってきた。


だが、妖精さんは疲れた様子はなく、むしろ元気いっぱいだ。

妖精さんが元気なのに、俺のほうが諦めるわけにはいかない。


俺は顔を振って暗い表情を振り払った。


「おはよー魔人さん。畑を荒らそうとしてた魔獣はあっちに積んであるぞ」


「ありがとうございます」


妖精さんが指さした方を見ると、50くらいのキマイラの死体が積んであった。

最初の襲撃は1000くらいの大群、翌日からも100前後の襲撃を受け続けていたが、じわじわと数が減ってきている。


敵はおそらく、継続的な攻撃でこちらを疲弊させる腹だったのだろう。


こちらが疲れを知らないうえに毎日増やせるゴーレムと加減を知らない妖精さんを保有していなければ、毎日50体以上のキマイラの襲撃は十分にこちらを疲弊させ、制圧しうる戦力だった。

敵も、十分な勝算をもってそうしたことだろう。


だが、そうなっていない。

これは重要な要素だ。


キマイラの減少は、それ自体が欺瞞である可能性を考慮しないなら、疲弊しているのは敵の方であることを意味している。


欺瞞であるならば、敵はそれに釣られたこちらの動きを待っているということになるし、欺瞞でないのならば、敵が手を変えてくることを警戒しなければならない。


策の読みあいと対応に関しては、あとで陛下に指示を仰ぐとして。

ひとまず、俺は敵から手に入れた臨時収入を王都の冒険者協会に持っていくため、収納魔術にキマイラの死体を詰めた。


そうこうしていると、後ろから複数人の足音がした。


「領主様、それに奥方、おはようございます」


近付いてきたのは、人間の姿を取っているムラオーサを含む領民、約20名。


「おはよう。みんな早くから働いてくれているのだな、ありがとう」


転移でここまできた俺達と異なり、早起きしてここまできてくれたムラオーサたちを労う。


「今日はここに肥料をまいて耕し、水を畑全体にまくということでよろしいですかな」


「よろしいとも。…妖精さん、彼らに指示をお願いします」


ムラオーサに頷き返して妖精さんに頼むと、妖精さんはわらわらと地面から生えてきてムラオーサたちの前に整列した。


そのまま身振り手振りで肥料や水をどのくらいまくかについてムラオーサたちに伝え始める妖精さんと、複数回の確認を繰り返して妖精さんの指示を理解していくムラオーサたちを見て、ここは任せて問題ないと確信する。


「だいたいわかりました。間違っていたら私たちを叩くなどして止めてください」


「まかせろり!」


妖精さんが領民の肩に飛び乗ったところで、俺はムラオーサに尋ねた。


「種や苗は、取りに行っている者がいるのか?」


「はい。魔術がうまく使えなかった者を中心に、森に向かわせております」


その答えは期待どおりだった。

正直なところ、大雑把に指示を出してここまでやってくれるのならなんの心配もいらない。


どうしても介入しなければならないゴーレム作成や妖精さんへの挨拶を除いて、全てムラオーサに丸投げレベルで任せて問題ないだろう。


ならば。


「君のやり方は素晴らしい。だからこそ、君がいずれ老いていくことを俺は恐れる。後継者の育成は、元気なうちに始めておいてくれ」


俺からムラオーサに言えることはもう、後進の育成を頼むことしか残っていない。


「かしこまりました。100年後この畑が森となり、その外に畑を産み出し続けられるよう、若者に学ばせます」


「ありがとう。では、任せた」


快く後進の育成を引き受けてくれたムラオーサに軽く一礼し、俺はエレナを連れて転移で帰宅した。



みんなに合流してから、俺はふと気づいた。

俺、エレナとほとんどしゃべってない…。


何か、埋め合わせを考えたほうがいいだろうか。

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