第49話:次なる戦いの準備

どうもみなさんこんにちは。

異世界転生者です。


新体制での領地経営、始めます。



俺と食堂に戻ったとき、俺が招集をかけたブランドル、カーティス、エレナ、リエル、セレスはシルヴィアのお茶を飲んで待っていた。


「すまん、待たせた」


「なぁに。おかげでうまいお茶が飲めたぜ。で、もう寝るだけって時間に何の用だ?」


形式的なやり取りの後、ブランドルに促されて俺は本題に入る。


「明日から、ゴーレム作成による開墾以外の畑仕事は領民に任せる。このことはムラオーサも承知しているし、そのための魔術を領民の代表数人に教えてきた」


本題といっても、彼ら相手に長々と、詳細を説明する必要はない。


ブランドルたちは非常に話が早いのだ。

一から十まで話すようなコストをかけなくても必要な情報をやり取りできる。


「じゃあ、その間の仕事の話か」


期待通り、さらに促してくるブランドルに首肯を返し、俺は手短に応えた。


「そうだ。端的に言えば、蛮族の残党を狩る。この依頼書の通り、正式に依頼も受けている。ただ、エレナはゴーレム生産の方が優先度が高いので、魔力を使いきった状態になり、戦いに出せない。シルヴィアと一緒に、屋敷のことや、森の薬草の調査なんかを頼みたい」


俺は依頼書をブランドルに手渡した。

ブランドルはそれに目を通し、隣のカーティスに渡す。

カーティスもまた同じようにし、またその隣の、と、みんなが依頼書を順繰りに読んでいる間、俺は全体に目を配る。


正直なところ、唯一心配なのは、エレナが側室、つまり妻でありながら別行動になることを不満に思うことくらいだったが、そんな様子もなく。


「畑までの往復は、ラグナくんが転移でやってくれるんですか?」


俺と目が合ったエレナが口に上らせたのは、移動方法の確認。


「ああ。人数が少ない方が消耗も軽いので、エレナだけを抱えて飛んで、ゴーレムを生み出したらそのまま転移で戻ってくるということになるな。みんなにはその短い間で、まあ身支度の仕上げでもやっていてもらうことにしよう」


「ありがとうございます。よろしくお願いしますね」


俺の説明に、エレナは明日からが楽しみであるかのような笑顔を見せた。

もっとも、エレナの表情を読むことには失敗した前例があるので、自分の感覚はあまりあてにしない。

作り笑いである可能性もあるのだ。

だがまあ、シルヴィアがついていれば、そのあたりは俺以上に汲み取ってくれることだろう。


「シルヴィア、エレナを頼む」


俺はシルヴィアにそう頼んでみたのだが。


「はい。掃除炊事洗濯から薬草の見分け方、保存食の作り方まで、私の全てをお伝えします。そりゃもう嫁姑的な勢いでビシバシと!」


シルヴィアは何かを勘違いしているような気がする。


「そうだな。特に、ここの薬草でシルヴィアが作ってくれたお茶はとてもいい味だった。もしかしたら、特産品として売り出すかもしれない。いろいろ試して、最適な方法が見つかったらレシピを書いておいてほしい」


「お褒めにあずかり光栄です!お任せください!」


まあ、なんかすごくやる気に満ちているし楽しそうなので、いろいろと任せてみよう。

やる気があって仕事を楽しんでいるのなら、その「仕事を楽しむ才能」を活かさないのはあまりにももったいない。


労働基準法という言葉が脳裏をよぎるが、この世界にはそういう概念はないし、残念ながら、うちの領土は現状貧しいのでとにかくまずは財政を軌道に乗せなければならないのだ。


まるでベンチャー企業を立ち上げてすぐのような状態だが、ベンチャー企業の社長と俺の間には、絶望的な隔絶が一つ。

仲間をその気にさせる、夢を語る能力がないことだ。

夢を、理念を語り、仲間のやる気を引き出すカリスマ性がない事だ。


俺はいっそ清々しいほどに、仲間の足元に縋りつくようなことしかできないししていない。


「そして、俺を含む、残る6人は、蛮族の残党狩りの依頼を受けて各地に飛ぶ。当面、我が領土の収入源はこれだ。その都合上、単に冒険者として仕事を受けるより割りが悪い仕事になってしまう点については、申し訳ない」


冒険者協会から仕事を受ける、という今回の件についてもそうだ。

本来、報酬は全てブランドルたちのものになるべき依頼報酬の一部を領土の運営のためにピンハネしなければならないことについて、俺はただ頭を下げるしかない。


「なーにを言ってんだかこのお人好し領主は。とっくに俺たちはお前さんの私兵だろうが。もっと堂々とふんぞり返っててくれよ。でねえと、下剋上しちまうぜ?」


冗談めかして肩をすくめ、鼻を鳴らして、ばかばかしいとばかりに一蹴することで許してくれるブランドルに続き、カーティスが笑みを向けてくる。


「ふむ、そうだな、では、私の妻子の生活の面倒を見ていただくことで手を打とう。私の妻は薬師としても優秀なので、損ばかりではないですぞ、領主殿」


普段は使わない敬語を、あえて慇懃無礼な形で使って性格の悪そうな笑顔を向けてくるカーティス。


ブランドルもカーティスも、要は大人として、まだ成人したばかりの若造である俺の成長を見守ってくれているのだろう。


だが、その申し出は純粋にありがたかった。

領土の運営費はカーティスの家族のためでもあるという言い訳ができるうえ、エレナやシルヴィアに頼んだ仕事を担える人材が一人増える。


「願ってもないことだ。シルヴィア、仕事を増やして済まないが、空き部屋の用意を頼む」


「お任せください!」


少しだけ気分が軽くなった俺の声色の変化を喜んでいるかのように、シルヴィアは元気いっぱいに拳を握って見せた。

俺との年齢差を考えるともう30歳ほどのはずだが、そういう少女的な仕草にあまり違和感がないのは、彼女の若作りが神がかっているからだろう。


少し変な方向に飛びかけた思考を呼び戻し、俺はここまで黙って聞いていたリエルとセレスに目を向ける。


「リエル、異存はないか」


「もちろんないよ。ちょっとは妻を信じなさい、なんてね」


冗談めかして笑うリエル。

彼女はまあ、畑仕事より狩猟や戦いのほうが向いている。


「セレスはどうだ」


「ちょっとは妻を信じてください」


同じく、冗談めかして笑うセレス。

妻として、正室として、俺からの信頼でリエルに負けられない、といった対抗意識は、何故か感じられない。

もともと側室を増やすことに何故か積極的だったセレスのことだ。

そういう湿気の多い感情はあまりないのだろう。

だからきっと、セレスが言いたいのは、妻としての気持ちは自分もリエルも、そしてエレナも同じだということなのだ。


今はまだ、セレスにしか応えられていない、いや、セレスに対してさえ十分応えられているのかもわからない俺でも、その意図を理解すると、なんとしても3人の意志に応えなければならないという焦燥感だけは湧いてくる。

何をすればいいのかという問題を棚上げするしかないので、結局どうしようもないのだが。


最後に、俺はカイトに目を向けた。


「カイト、冒険者協会及び薬学協会とのやり取りは君に任せる。戦闘後に書類仕事までやらせて済まないが…」


仕事を押し付けてすまない、という体裁を一応取り繕っておくが、要するにエステルやミミーとの時間はそのタイミングで過ごしてくれということだ。

カイトがそれを理解できないとは思っていなかったが。


「もちろん構わないよ。仕事を口実に恋人との時間を楽しむさ」


まさか、ここまでドストレートに宣言してくるとは思わなかった。


こ、コイツ開き直ってやがる…!


あまりのバカップルぶりにもう交際はバレてるぞと伝えてしまったことで、吹っ切れたらしい。


俺も、そのくらい開き直れば楽になれるのだろうか。

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