第47話:領地運営がまともにできない系転生者
どうもみなさんこんにちは。
異世界転生者です。
自分の愚かさを自覚するたび、ここを改善すれば成長できると自分に言い聞かせる日々です。
視察に来た陛下からさんざん折檻されたあと、陛下と父上、そしてセレスを連れて屋敷に戻った俺は、とりあえずシルヴィアにお茶を淹れてくれるように頼んだ。
「最近森で採った薬草のお茶にしてみますね」
「そんな用意があるのか。是非それで頼む」
シルヴィアもこの小さい屋敷の掃除だけでは暇を持て余していたのか、薬草でお茶を作ったりしていたようだ。
少し驚いたが、まあ、いちいちお茶を買わなくてもよさそうなのは、出費的な意味でありがたい。
やがてシルヴィアが応接室に持ってきてくれたお茶は、香りも、味も、これまで飲んだことがあるどのお茶よりも爽やかで、ささくれていた心をなだめてくれるような感じがした。
「…森の恵みの味か。…未開の地は、未開のままにしておくのがいいのかもしれんな」
陛下も何かを感じたのか、そんなことをぽつりと口に上らせた。
「防衛戦力も、あれだけのゴーレムがいれば問題あるまい。将来的にキマイラ以外の財源が確保できるのであれば、今の方針を続けて構わん。だが、セレスを畑で…」
「待ってくださいお父様!私はラグナとともに…」
俺の方針を容認しつつ、しかしセレスを畑に出すことだけは認めない、そう言いかける陛下を、急に立ち上がったセレスが制止した。
「焦るでない、セレス」
それを優しく宥め、陛下は話を続けた。
「セレスを畑で働かせるなら、常に近くに、目の届く範囲にいるようにせよ。ラグナ、まだ若いお前は無自覚に仲間を信頼しすぎる。セレスに色目を使う男が、お前の仲間から現れないとも限らんだろう。それとも、その心配がいらんほどセレスは魅力に乏しい女か?」
俺もセレスも、陛下の意図を勘違いしていたようだ。
陛下の言葉は、言われてみれば確かに本来警戒しておくべきことであった。
俺はこの期に及んで、まだきちんとセレスの夫をやれていなかったらしい。
「肝に銘じます」
「まあこれはセレスだけでなく、側室にも言えることだ。いっそお前の領土では、畑仕事は女の仕事という規則にしてしまった方がよいのではないか?」
続けられた陛下の言葉は、俺の気を滅入らせるには十分すぎる威力を持っていた。
側室。
セレスが歓迎していることもあって、陛下も父上も多少問題と感じつつ容認するというスタンスであるエレナとリエル。
彼女たちは現状、俺が愛と認識するものが欲しいわけではないと言ってくれてはいるが、それでも、彼女たちの献身に報いる何かを、俺は彼女たちに与えなければならない。
それが、ある種の独占欲を示すという形でも満たされるのなら、多少の不都合を受け入れるのは、安いコストだろう。
やれることの心当たりは、すぐに思い浮かんだ。
「それならば、カイトやブランドル、カーティスには、蛮族討伐を任せるのはいかがでしょうか」
彼らは神官戦士、戦士、多少戦士の心得もある魔術師と、冒険者パーティとしての最小単位を満たす戦力を有しており、ここの実力は折り紙付き。
エレナとリエルが離脱しても、戦いの方面で間違いなく役に立つだろう。
そして、首魁を失って烏合の衆に堕したとはいえ、フィンブルやヴァレテルン、モロヴァレイに巣食う蛮族の討伐の戦力は多いに越したことはない。
そしてそれは、他領への支援ということで、多少の対価を要求することもできる、今のロークにとっては収入源の確保という側面も持つ。
「それがよい。セレスの体の異変については、こちらでも調べておく。今のところ命にかかわるようなことはないように見えるが、万一ということもあるからな」
やはり娘の体調は心配なのか、陛下はセレスの症状について調べてくれると請け負ってくれた。
俺も魔人の生態に関する知識はあまりないので、陛下の提案はとてもありがたい。なにしろ忌み嫌われ遠ざけられ続けた種族であるせいか、資料らしい資料がほとんど手に入らなかったのだ。
帰り際、父上は振り返って俺に言った。
「ラグナ、領民はお前の愛玩動物ではない。お前の仲間同様、共に領土を運営し守る者だ。お前が大量のキマイラから村を守っていることは領民たちも知っていた。守ってもらえるのが当たり前などと思い上がる者が出てくる前に、何か領民にも義務を与えるとよい」
それは、重要な示唆だった。
人は、当たり前と感じると感謝を忘れる生き物なのだ。
「ありがとうございます。父上」
2人を見送った俺は早速、領民たちに何を頼むか考えることにした。
「ムラオーサ、ちょっといいか」
森で草を食っていた、鹿の姿のムラオーサを探し出し、俺は彼に声をかける。
「おや、領主様、ご足労頂いてしまい申し訳ありません。どんなご用件で?」
ムラオーサは食事を中断し、こちらを向いた。
絵面が鹿なのでなんともシュールな光景だが、こちらもそろそろ慣れてきた。
「村の者達にも少しずつ仕事を頼みたい。荒地に作った畑の管理だ」
「かしこまりました。開墾はいかがしましょうか」
「開墾はゴーレムを作る魔術で実行する。君達に頼むのは、開墾の後、魔術で生み出した肥料と水をまいた土地を耕し、森から持ち出した種や苗を植えるところまでだな」
「かしこまりました。種や苗については、妖精と持ち出してよいものを判別する合図を決めておけば良いとして、肥料と水を生み出す魔術は、ご教示をお願いしても?」
少し説明が足りなかったようだが、怪我の功名か。
頼みたい仕事は、『俺が魔術で生み出した肥料と水をまいた土地を』耕し、『俺が森から持ち出した種や苗を』植えることだったのだが、どうやら、手段さえなんとかなるなら俺がやるつもりだった範囲も村のものに任せて構わないらしい。
やってくれるというなら、任せよう。
「分かった。今日の内には手配する」
幸い、水や肥料を出す魔術は戦闘に使うようなものに比べて非常に簡単だ。
父上が領民に魔術を覚えさせるときに使っている教材を分けてもらうとしよう。
ゴーレムの生産だけはエレナ頼りになるが、畑のことの大部分は領民に任せられる。
妖精さんに挨拶も必要だし、エレナを毎朝畑に連れて行くのは、俺自身が畑に行く口実にもなるので、やることが少しだけ残っているというのは、何もないよりも喜ばしい。
これだけ畑のことを任せられるなら、蛮族の残党狩りには半ばフルメンバーで出撃できるだろう。朝イチで魔力を使いつくしてしまうエレナだけは連れて行けないが、シルヴィアと一緒に家のことを頼むとしよう。
数多のゴーレムを指揮して万一の襲撃から村を守ってもらうのも十分すぎる仕事だ。
「ありがとうございます。それでは明日の朝には、畑に向かい、肥料と水の魔術を学んで畑の仕事に取り掛かれるよう、皆を集めます」
「頼んだ。ありがとう」
ムラオーサに軽く頭を下げた俺はその場で、帰宅の感覚でフィンブルに転移し、顔見知りの兵士にふん縛られた。
我ながらアホすぎる…。
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