第46話:何が一番問題なのか、それが問題だ

異世界転生者です。


俺、いろいろと、取り返しのつかないことをしていたらしいです。



陛下に手紙を送り、転移許可を得てすぐ王城に飛んだ俺は、すぐに応接室に案内された。

まさか1日のうちに何回も王城と自宅を行き来することになろうとは。


「手紙は読んだ。少しは枕を高くして眠れるかと思ったが、どうやらそうは行かないようだな…」


応接室で待っていた陛下の第一声は、じつに重苦しいものだった。


「はい。可能性のレベルではありますが、俺がローク領を頂いたことを知る何者かが、俺を狙ってキマイラを召喚できる者を差し向けているとしたら、現状を破綻なく説明できます」


俺の返答も、自然と重苦しくなる。


「お前にロークを与えてすぐ、そんな者を送れる敵か…」


「おそらくは」


しばらく目元を押さえて頭痛をこらえるように呻いた後、陛下は顔を上げた。


「…わかった。探りを入れてみよう。お前に囮になってもらうかもしれんが、構わんな?」


「無論です」


俺を囮にする戦術は、なんならこちらから提案するつもりだった。

なにしろ敵が俺を狙っているのだ。その状況を利用しない手はない。


囮、つまり状況によっては真っ先に死ねという重たい役割を俺に預けた陛下は、そのまま真剣な表情でのたまった。


「では、敵を警戒させぬため敵の存在に気づかなかったふりをせよ。キマイラを狩り、畑を広げ、セレスとの新婚生活を楽しむがよい」


なんか最近気ぶり屋の親戚みたいになってないか陛下。

いや、義父だから親戚というのは間違っていないのか。


「なるべく早く孫の顔を見せに来るのだぞ。まさかいまだに一切夫婦の営みがないなどということもあるまい」


そういうことを真顔で言わないでほしい。


「は、はぁ…」


なんとかうやむやにして逃げようとする俺の両肩をがしッとつかみ、これまで以上の圧と勢いと厳しさを含んだ声音で陛下は言った。


「…くれぐれも言っておくが、セレスが男児を生むまで側室に手を出すんじゃないぞ。セレスが乗り気である以上側室を迎えることは認めるが、序列を乱すことは決して許されぬと心得よ」


あんたまさか国難よりそっちが優先とか言う気じゃないだろうな。

いや、そんなことはないと信頼するに足る君主ではあるんだけども、ちょっとこう、心配になるくらい娘のことに真剣すぎるんだよなぁ。


「肝に銘じます」


答えながら、いずれセレスが男の子を生んだら、エレナやリエルともそういうことをしなければいけないし、そうできるくらい2人と向き合わなければならないという自分の立場を思い出して俺はものすごく憂鬱になった。


やっぱり、セレス一人とさえうまくやっていける自信が持てないのだ。

まして、子育てという難行をうまくやれるかと考えると、際限なく気が滅入る。




屋敷に戻ると、セレスの様子がおかしかった。

俺が恐れていたような、不機嫌を丸出しにした状態で拗ねているとかそういうことではない。


2人で使っているベッドに座り、何かに怯えているような様子で膝の上でこぶしを握りじっと耐えているその姿は、形の分からない恐怖をじっと耐えているように見えた。


「セレス…?」


恐る恐る呼びかけると、セレスはこちらを向いた。


「ラグナ…」


魔神化した時の俺と同じような、赤く輝く瞳で。


「セレス、その目は…」


「分かりません…私、どうしちゃったんですか、ラグナ?」


彼女の体に何が起こっているのか。

そんなことの答えは、俺も持っていない。


ただ、なぜか確信できた。

この原因は俺だ。


「一つ試す」


俺はセレスを抱きしめ、そのまま魔神化した。


「ぁ…ぅぁ…」


セレスは少し苦しそうに身をよじった。

その目は、紅の輝きを増している。

やはり、俺の魔神化に共鳴したか。


これで、確認できた。

間違いなく原因は俺の魔力だ。


俺は魔神化を解き、セレスを放した。


「俺の魔力が君に入り込んで定着しているようだ」


原因にも、心当たりがある。

俺とセレスは夫婦だ。当然、他人ではしないほどの距離感で接することだってある。


一つ分からないのは、定着した理由だが、不幸にもたまたま体質的にバチクソに相性がよかったとか、そういう説明を試みることはできる。

だが、重要なのは原因ではない。

魔人の魔力の定着が、セレスの体にどんな変化をもたらすか。

原因究明の難しさに比べれば、それを予想することは簡単だ。


「もしかしたら、君は後天的に魔人に変貌してしまうかもしれない」


「そうですか。ラグナをこの体に受け入れることができた証なら、怖くないです」


セレスは、心から安心したかのように笑った。

それが強がりなのか、本心なのかは分からない。

ただ、そのけなげなセレスの笑顔を、俺は本心から愛おしいと思った。


何かを大切に思うなど、もうないと思っていたのだが。


その細い体が折れてしまわないよう努めて優しく、しかし湧き上がる衝動に従って力強く、俺はセレスをもう一度抱きしめた。


「ラグナ、もっと私を、ラグナに染めてください」


セレスのささやきは、まるで悪魔の呪言であるかのように俺を縛った。




数日後、荒地の開拓と森での種苗の採取、キマイラの殲滅と売却で順調に領地の運営費を稼いでいた俺は、父上と陛下の視察を受けた。


「セレスとはうまくいっているかね」

「仕事ぶりを見に来たぞ、ラグナ」


庭先でシルヴィアの淹れたお茶を楽しんでいた陛下と父上が、慌てて畑から戻った俺に言ってくる。


「うまくいっている、と、信じたいですね。仕事の方は、襲ってくるキマイラに助けられていると言ったところでしょうか」


軽い挨拶と、現状報告を兼ねたやり取り。

妖精さんや獣人である住民の生活を優先し、薬草の生産量を上げる努力が森からの乱獲ではなく、やたら気の長い開墾と栽培だったり、開墾した畑で今のところ穀物を作る気が無かったりと、あまりにも目先の商売をガン無視していられるのは、実際キマイラのおかげといっていい。

敵に生活を助けられているとは、なんとも皮肉な話だが。


「村の者達は獣の姿で森にいると聞いたが、働かせておらんのか」


尋ねてくる陛下。

既に、視察は始まっている。


「働かせておりません。現状では、キマイラの脅威にさらすことになりますので」


本来労働力である民をろくに働かせないというのは問題だが、まあそれなりの言い訳ができたのではないだろうか。


「では、開墾はお前自ら?」


土で汚れた俺の姿を見て、父上が眉を顰める。

自分でやるくらいなら民を使えと言外に責めているのが分かるが。


「エレナが小石からゴーレムを作れますので、土地からの小石の除去を兼ねてゴーレムを量産しております。主な作業はゴーレムに。人の手が必要な作業は種を植えるなどの繊細な作業のみです。ゴーレム作成で小石を除去できる範囲なら、数人で作業すれば問題ありません。それに、畑を守ってくれているのが妖精さんですから、妖精さんと話せる俺が畑に行かないわけにはいかないのです」


こちらも、たいした労働ではなく、妖精さんの助力が必須であるため俺がでなければならない、という言い訳が立つ。


「そうか。実際に畑を見ても構わないか」


「はい」


俺は転移魔術で父上と陛下を畑に連れて行った。


「あ、お父様!」


そして駆け寄ってくる、かつては碧眼だった目が紅に輝く、魔人への変貌が順調に進んでいるセレス。


「ラグナお前セレスに何をした!」


当然、激昂する陛下だが。


「ラグナと愛し合っているうちにラグナの魔力が私に定着しちゃったみたいです!」


「お、おう…」


あまりにも嬉しそうに笑うセレスに毒気を抜かれ、一瞬で鎮静化した。


「ところで、殿下の手足が土にまみれているが…まさか殿下にも畑仕事をさせているのか?」


父上の質問の直後、陛下のジャーマンスープレックスが俺を地面に叩きつけた。


「お!ま!え!と!いうやつはー!」


確かに、王族に土いじりをやらせたのはちょっと不敬だったかもしれない。

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