第45話:妻も仕事も大切なのに

どうもみなさんこんにちは。

異世界転生者です。


妻の機嫌を損なわず、なすべきこともきちんと成し遂げるって、難しくないですか?



早く孫を見せろという陛下の圧を何とか受け流し、城下に出た俺とセレスは、カイトとエステルを探すため、とりあえず冒険者協会に向かうことにした。


「お父様も気が早いですよね。まあ、私も欲しいですけど」


「昼間からそういう話題は勘弁してくれ…」


腕を組んでくるセレスから目をそらす。

俺も枯れ果てた修行僧という訳ではないのだ。

そして、昼間から公衆の面前でおっぱじめるような恥知らずになった覚えもない。


「照れ屋さんなんですね、ラグナは」


ふふっと笑うセレス。

まあ、彼女の言っていることも間違ってはいない。


「カイトたちが冒険者協会で待機してくれていればいいんだが…」


冒険者協会の建物が目に入ったこともあり、俺はあたりを見渡した。


「あ、話そらしましたね?」


セレスが服の袖を引いてくる。


「君が言ったんだろ。俺は照れ屋なんだ。そういう話題は帰ってからにしよう」


目を向けずに返すと、セレスは俺の袖から手を放したらしく、袖を引く力を感じなくなる。

そして数歩歩いたところで、セレスが隣にいないことに気が付いた。


何故か、セレスは立ち止まって口元を押さえていた。


何かまた、怒らせてしまったらしい。

こういう時は、どうすればいいのだろう。


俺はあたりを見渡した。

さすがは王都というべきか、屋台もいい店が揃っている。


「少し待っていてくれ」


俺はかき氷の屋台に向かった。


この世界が一見中世風味ファンタジーに見えて高度文明社会である事の証、かき氷。

その屋台で俺が頼むのは、どの店でも変わらない。


「おっちゃん、かき氷二つ。フレーバーはお任せで」


その店の店主が自信をもって客に勧める味。

それが自分の口に合うかどうかは自分が判断する。


「ラグナくんと初めて会った時も、お任せで2つだったなあ。今日は誰をスカウトしたんだい?」


後ろからかけられた声に、俺は嫌な汗が噴き出すのを感じた。


カイトだ。


「いや、誰もスカウトはしてない」


振り返ってそう答えると、笑顔ながら額に青筋を立てているカイトは何度も頷いた。


「そっかそっか。じゃあ今までどこにいたのか聞いてもいいかい?」


一番言いづらいことを的確に聞いてくるカイト。


「すまん。一度ロークに戻って種や苗を採っていた」


素直に謝るしかない。


「みたいだね。でないと王女様がいるわけないもんね」


後ろを振り返りながら、今の質問は確認に過ぎないことを告げるカイト。


「…すまん」


平謝りしか選択肢がない。


「うん、今回のことはさすがにちょっと僕も怒ってるかな。まあ、元をたどれば僕のせいなんだけど、それでも、エステルさんと僕を二人きりにするためとはいえ普通そこまでやるかな?」


だが、カイトは勘違いしていた。

カイトがエステルの好意を理解したらしいのは言祝ぐべきだが、俺が一度ロークに戻ったのはそのために意図してのことではない。

このまま勘違いさせてごまかしとおすというのも手かもしれないが、相棒に偽りを押し通すのは気が引けた。


「いや、そうじゃないんだ」


「え?」


俺が口に上らせた否定に、カイトは虚を突かれたように首をかしげる。


「素で忘れて帰ったんだ」


カイトはしばらく硬直し、空を見上げ、俺に視線を戻し、もう一度首を傾げた。


「…マジで?」


「…マジで」


俺は目をそらすしかない。


「ひどない?」


自分でも酷いと思う。


「すまん」


謝るしかない俺に、とりあえずといった感じでカイトは俺の手元のかき氷を指さした。


「かき氷が溶ける前に、王女様のところに戻ったら?」


「…そうする」


俺は背中を丸めてカイトたちの横を抜け、セレスのところに戻った。


「セレス、とりあえずかき氷を食べよう。そして落ち着いたら、何故君を怒らせてしまったのか教えてほしい」


差し出されたお椀を受け取り、しかしセレスは首をかしげる。


「怒る?」


あれ?

怒らせたんじゃなかったのか?


「怒って、ない?」


「…怒ったと思われてたことに腹が立ってきました」


どうやら、俺は踏まなくて済んだ地雷を思いっきり踏み抜いたらしい。


「ハイ。ゴメンナサイ」


俺はもはや味を感じないかき氷を口に運んだ。


「ラグナくん、なにやらかしたんだい?」


エステルといちゃつきながらかき氷を持って合流してきたカイトが、死んだ表情の俺と怖い笑顔のセレスを見て聞いてくる。


「カイトさん、さすがに決めつけるのは…」


エステルがたしなめているが、その決めつけの方が事実を言い当てているのだからどうしようもない。


「…怒ってないセレスを怒ってると誤解しました」


白状すると、カイトは顔を青くし、エステルはあちゃーといった感じに手で目元を覆った。


2人からしても致命的なやらかしであったようだ。


「ちなみに、ラグナが怒りだと誤解したのはときめきです」


セレスの補足で、エステルは地面に両手両膝をついて打ちひしがれた。


「そ、そんなことされたら、私なら泣いてます…!」


俺は、めちゃくちゃひどいことをセレスにしてしまったらしい。


「セレス、その…」


「…惚れた弱みで許してあげるのも、無限じゃないですからねっ」


頬を膨らませて見せるセレスを抱きつきたいくらい可愛いと思ってしまう俺はちょっともうだめかもしれない。


「それを口に出して言ってください!」


心が読めるらしいエステルのかかと落としが後ろから俺の脳天を直撃した。




いろいろと回り道をしてしまったが、とにかくロークにカイトを連れて戻り、カイトの指揮で畑に種や苗を植えることはできた。

荒地より畑が住みやすいらしい妖精さんもにっこりだ。


だが。


「なんでまた100匹くらい射殺されてるの…?」


またも畑の横に積みあがっているキマイラの死体に、俺は頭を抱えた。

冒険者協会の男も頭を抱えていたが、こんな不毛の地でどうやって飢えずにこんな数のキマイラが生存しているのかちょっとマジでわからない。


「召喚された魔獣、という線はないか?」


頭を抱えた俺の肩に手を置いたのは、イケメンエルフ魔術師、魔法青年打撃くんことカーティス。


彼の言葉に、俺は膝を打った。


魔獣を召喚し、使役する魔術系統、召喚魔術は確かに存在している。

エレナのゴーレム召喚も広義には召喚魔術に分類される。

ちなみに俺が妖精さんの力を借りるのは、俺が呼んでいるわけではなくそこにいる妖精さんが気まぐれで力を貸してくれているだけなので召喚魔術の定義には該当しない。


そして、エレナがゴーレム、就中ぺブルゴーレムのみを召喚できるように、召喚魔術は本人の適性によって召喚の対象にもかなりの制約が生じる。

このため、魔術系統としてはあまり整備されておらず、特定の異種族に選ばれ、呼び出して力を借りることができる個人の才能あるいは異能というのが一般的な認識だ。


もしも荒野に潜む敵が、キマイラのみを召喚できる召喚術師であるならば、生態系の偏りを無視してアホほどキマイラばかりが襲ってくる事を、納得できるレベルで説明可能だ。


「ロークをわざわざ狙う敵…本来抗う力を持たない、未開の村ひとつをこうまでして狙う意味…俺たちか?俺たちの敵だとすれば、敵は俺たちがロークにいることを知っている?何故?…チッ」


俺は舌打ちした。

内通者は、まだいる。

そんな不穏な可能性を思いついた以上、今夜はゆっくりセレスと過ごすという事も出来なさそうだ。

王城に手紙を出し、すぐにも転移して陛下と相談しなければならない。


…きっとまた、セレスを寂しがらせてしまうんだろうな、俺は。

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