第44話:他人の心配してる場合か
どうもみなさんこんにちは。
異世界転生者です。
追放系主人公の恋路を心配してる場合では、なさそうです。
冒険者協会の責任者の男とともに解体場に向かい、キマイラなのかマンティコアなのかよーわからん魔獣の死体を取り出した俺は、30体ほど出したところで慌てて制止された。
「待ってください!何体くらいあるんですか!?」
「千くらい」
その場にいた解体師を含む、あらゆる者がスッ転んだ。
さすがに多かったようだ。
「ロークはどんだけ魔獣が多いんですか!荒野でどうやって飢えずに生きとるんですかそいつらは!」
半泣きになる冒険者協会の男。
気持ちはわかる。
「俺が知りたい」
ちょっと畑作っただけで蝗害並みに群れをなして殺到してくる大型の魔獣とかマジでなんなんだ。
実は荒野でも意外と食いもんは手に入るのだろうか。
「キマイラ1000体も持ち込まれたら普通にギルドの財政が持ちません。解体し、買い取れる限りを買い取り、残りは現物で持ち帰っていただくことになりますがよろしいですか?」
冒険者協会の男に、俺は首肯を返した。
「構わない。キマイラの肉はうまいのか?これを共に迎え撃った仲間に振る舞いたいのだが」
俺が訊ねると、解体師が大袈裟に舌なめずりして見せてきた。
「高級品ですぜ、旦那。少しつまみ食いしたいくらいでさあ」
でっかいナイフを持った筋骨隆々のスキンヘッド男が大袈裟に舌なめずりするのは絵面がホラーなので勘弁してほしい。
「悪いが、貴重なうちの財源だ。食べたいなら買っていってくれ」
ホラーな目の前の光景に恐怖を感じるが、それはそれ。
俺はあくまでも領主として領土の運営に最善を尽くさなければならない。
畑の拡大は植えた作物が収穫できるようになるまでは投資にすぎないし、今俺が領土の予算として金を手に入れるなら、キマイラの素材しかない。
欲しいと言われてただでくれてやることはできない。
「へい、すいやせん」
男は目に見えてしゅんと肩を落とした。
同情を覚えるが、負けてはいけない。
彼の幸福は俺の責任ではないのだ。
俺は俺が責任を負う者達をこそ、最優先しなければならない。
「1日に解体可能な数は何体くらいだ」
それはそれとして仕事の話もまだ終わっていない。
1000体一気に解体はたぶんできないだろうという問題がまだ残っているのだ。
「どんなに頑張っても50ですかねえ…」
そしてその予想は当たっていた。
「20日も無理をさせるのは、解体師たちの負担が大きいな…」
1日50なら、今手元にある分がはけるのに20日。今日また魔獣が襲ってきたりしたら、その分上乗せされてしまう。
いつ終わるかわからない繁忙期など、シンプルに地獄だ。
「各地の冒険者協会に手紙を出しましょう。手分けすれば早く済みますし、買い取りの予算も変わってくる」
救いの手を出してきたのは、冒険者協会の男。
ロークのように村ひとつしかないものを除き、都市国家的な体裁を持っている領土だけを数えても、この国には15ほどの都市がある。
最大規模の王都ほどの処理能力は望めないにせよ、平均がその半分程度なら、1000体をさばくのには大雑把に3日あればなんとかなる。
これなら、現実的なラインだ。
毎日1000体、どこからともなく沸いて出てくるとかそういう意味不明な事態にならない限り。
「頼んだ。では、今日のところはこれでお暇しよう。諸々、手を掛けるがよろしく頼む」
「またのお越しをお待ちしております、ラグナ様」
深々と礼をする男に見送られ、俺は王都の冒険者協会を後にした。
「何か…忘れているような…」
屋敷に転移で戻ったところで、何かが気になった俺だが、まあそのうち思い出すやろの精神ですべきことに手をつける。
まずは森に向かい、妖精さんに許可を得つつ今日の分の種や苗木を確保。
次に畑に転移し、すでにエレナがペブルゴーレムの作成で開墾し、ゴーレムに耕させた畑に種をまく作業に入る…つもりだったのだが。
「ラグナくん、あれ、どうしましょう…」
エレナが指差すのは、キマイラの死体の山。
「100体くらいは寄ってくるんだ…いやどんだけいるんだよ…」
種まきより前に、妖精さんが射殺していたらしいキマイラの死体の山に少しばかりゲンナリする。
そこに、妖精さんが追い討ちをかけてきた。
「思ったより多くて疲れた。たっぷりの水と肥料を要求する」
『ストライキ』と書かれた旗を掲げて抗議してくる妖精さんの一団。
怒らせてしまったのは手痛い失策だが、不幸中の幸いか、水と肥料をあげればまだ協力してくれるようだ。
俺は妖精さんのお望み通り、魔術でたっぷりの水と肥料を産み出して見せる。
「このくらいですか」
「水もうちょっと多めがいい。肥料は逆に多すぎるかも」
妖精さんのアドバイスに従って水と肥料をまくと、妖精さんは満足して土に潜っていった。
怒りはおさまったようだが、今度また別のお供え物を用意しておこう。
俺はとりあえずキマイラ100体の死体を回収し、畑に種をまこうとして。
「おい、カイトの野郎はどこほっつき歩いてんだ。どこにどのくらい種まくとか俺わかんねえぞ」
ブランドルの質問に、俺はうちひしがれた。
俺はカイトとエステルのことを完全に忘れ、王都に置き去りにしていた。
「…王都でエステルとデートしてるんじゃないかな…」
震える声の俺に、セレスが詰め寄ってくる。
「忘れて帰ってきたんですね?」
父上みたいに目力いっぱいに顔を近づけてくるセレス。
なんというか、こんなセレスにこれから尻に敷かれるんだろうなという確信めいた予感がする。
「ハイ。スミマセン」
「もう。すぐに迎えにいきますよ」
「ハイ」
俺はセレスと共に、王都前の街道に転移した。
ちゃんと手紙を出さずに直接王城の転移室に飛ぶと防衛の兵士に殺されるが、この方法なら遠回りだがすぐに他の都市に飛ぶことができるのだ。
ちゃんと門の衛兵に身分などを示さなければならないのが、手間ではあるが、セレスがいてくれるならその辺もまあ、多少確認に手間取っても通れないことはないだろう。
…と、思っていたのだが。
「ラグナ・アウリオン・ローク子爵とセレス・アウリオン様がわざわざ城門に来るわけねえだろ!あの方なら城の転移室を使うに決まってる!貴族の名を騙る不審者め、不敬罪で処刑してやる!」
俺とセレスは兵士に拘束され、陛下の前まで引っ立てられた。
なんでこうなるんだよと思いながら、とりあえずおとなしくしておくことにする。
周りに被害を出してでも逃げるのは、そうしなければ命の危機があるときまでやらなくていい。
「ラグナよ、何故転移室を使わなかったのじゃ」
幸い、俺とセレスが本物だとすぐ分かってくれた陛下に応接室に通され、陛下直々に事情聴取を受けることになった俺は、気まずさから目を伏せた。
「き、極めて個人的な事情でして…」
だが、当然そんなんで陛下が納得してくれるはずもなく。
「その事情とやらを申してみよ」
父上のように、ずいと顔を近づけてくる。
もしかしてこれ、問い詰める時の貴族の作法なんだろうか。
「その、冒険者協会で用事を済ませた後、仲間を残していることを忘れて帰宅してしまいまして、迎えに…」
陛下は激昂した。
「この大馬鹿者!仲間を軽んずるとは言語道断じゃ!」
全く持っておっしゃるとおりである。
「深く反省し、今後二度とこのようなことがないようにせよ!」
「ははぁ!」
陛下の寛大な処置に感謝しつつ、俺は平伏した。
「ところでラグナよ、孫の顔はいつみられるかのう?」
直後ぶち込まれた爆弾発言に、俺はどうごまかしたものかと大量の脂汗をかくことになったのだった。
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