第43話:転生者の策略(しょーもない)
どうもみなさんこんにちは。
異世界転生者です。
翌朝、朝食を終えた俺はカイトとともに、王都の冒険者協会本部に向かった。
無論、先に手紙は送ってあるので、急に貴族が殴り込んできたと警戒される心配はない。
今回の用件を済ますだけなら俺1人でもよかったのだが、高難易度のサブクエストがあるので、カイトとエステルを連れている。
クエスト名は、エステルの恋路の応援。
冒険者協会の手続き等のためにエステルを連れていく名目で、さりげなくエステルとカイトを2人きりにして王都デートを成立させるのが今回の俺の目標だ。
しかし、このクエストの難度は極めて高い。
「ねえ、僕必要かな。畑に行った方がよかったんじゃ…」
「めっちゃ必要」
「そうかなあ…」
何度目かの問答。
カイトはよほど畑に行きたいらしい。
だが、どのみち午前はエレナがペブルゴーレム作成で土地から小石を取り除き、ゴーレムを使って開墾する時間なので、カイトが土いじりをする時間はない。
俺が妖精さんに相談しながら種や苗木を確保しないと、植えるものもない。
加えて、すでに種をまいた畑に肥料や水をやるのも俺の魔術を使う。
カイトが農業関連で指示を出すべき相手は基本的に俺なのだ。
だがそれは、カイトが畑に必要ではない理由でしかなく、畑に行きたいカイトを王都に引っ張る理由としては、弱い。
しかし実際には何かの手続きにカイトが必要なわけでもないので、俺は困り果てる羽目になるわけだ。
「いやほら、俺はエステルとはあまり話したことないし…」
人見知りぶってカイトを間に立てようとしてみるが。
「エステルさんって誰?」
ちくせう、コイツが冒険者協会の受付嬢の個体識別ができないやつだということを忘れていた。
「私の名前です。この機会に是非、覚えてくださいね?」
しかしエステルはめげなかった。
名乗った覚えがないことに自分で気づいたのだろう。
穏やかではないはずの心を見事に営業スマイルで押し隠して、カイトの手を握る。
「あ、はい。ヨロシクオネガイシマス…」
カイトはものすごい人見知りが初対面の人にするような態度で会釈した。
「なんで気まずそうなんだよ」
つい苦笑してしまう俺に、カイトは赤くなった頬をかきながらポツリとこぼした。
「いや、その、本人のいるとこでいうのもなんだけど、綺麗な、人だなって…」
おい待て、チョロすぎんかカイト。
そのチョロさでどうやってミミーともエステルともくっつかずに今日までのらりくらり逃げ回ってたんだお前マジで。
直後、カイトはハッとした様子で急にエステルに頭を下げた。
「あぁっ、ごめんなさい、僕なんかにこんなこといわれても気持ち悪いですよね忘れてくださいお願いします…」
あぁ、そっち系か…。
カイトは自己肯定感というやつが極端に不足しているらしい。
いつぞや俺やブランドル相手にヒス起こしたときもそんな片鱗は見てとれた気がするが、この調子では、ミミーとエステルは相当苦労しそうだ。
これは、前途多難だな…。
俺が頭を抱えたとき、ちょうど俺たちはラインジャ冒険者協会王都本部に着いた。
「お待ちしておりましたラグナ・アウリオン・ローク子爵」
ドアを開けるなり、責任者らしい、非常に身なりのいい壮年の男性が俺を迎えてくれた。
「すまない、待たせてしまった」
「とんでもないことでございます。それでは、応接室へどうぞ」
案内された応接室は、フィンブルの冒険者協会と比較してもかなり豪奢な空間だった。こういうのはどうにも居心地が悪い。
「さて、この度ご足労いただきましたのは、いかなるご用向きでしょうか」
責任者の男性の問いに、俺は指を2本立てて見せる。
「用件は2つだ。魔獣の死体の買い取りと、冒険者協会の除名処分の手続き」
「買い取りについては、後程解体場にご案内いたしましょう。除名とは?」
男の質問は、その実ただの確認だろう。
「知っているとは思うが、俺は”紅剣”の4人とそこのカイトを連れて、陛下の軍とくつわを並べて戦い、その戦功をもって叙爵された。これは国家の戦争に干渉しないルールへの明確な違反だ。少なくとも主犯の俺は罰されなければならない」
確認への回答として十分と思われるだけのことを述べたつもりだが、男の反応はあまり芳しくなかった。
「そういうことですか。確かに、すでに”紅剣”の皆さんはラグナ様お抱えの近衛と言っていいでしょうし、ラグナ様も冒険者ではなく、領主としての道を進まれるご様子。冒険者としての籍は当面必要ないでしょう。しかし、ルール違反による追放処分とすることはできません」
芳しくないどころか、処罰をしないという回答に俺は目を見開く。
「違反者を無罪放免とすると?」
眉をひそめた俺に、男は首を横に振った。
「いいえ。ラグナ様の行いは、冒険者協会としては国家の戦争への加担とみなさないということです。あくまでもラグナ様は、大規模に軍が動かされるほどの戦力を持つ蛮族を、ご自身の正義感から討伐したにすぎない。その場にたまたま軍も差し向けられていたようですが、それは国家の戦争ではなく、あくまでも軍による蛮族駆除作戦に居合わせただけです」
「詭弁だな。それで示しがつくのか」
冒険者協会の組織統制のようなものが少し気になった俺だが。
「詭弁ですとも。しかし前例はある。正式なゴブリン退治の依頼の最中でさえ、巡回の兵士と共闘することは日常的にありうるのです。そんなものまで罰されるという誤解が広がる方がよほど問題なのです。ご理解ください」
男の答えは俺を納得させるのに十分だった。
俺を罰すると、まともなやつほど萎縮する可能性がある。それは確かに、後に爪痕を残す可能性があるレベルの問題だ。
「そうか。そちらの事情に配慮できず、すまなかった」
「いえいえ。して、いかがなさいますか?登録抹消の申請をなさいますか?」
頭を下げる俺に対し、男は素早く話題を切り換えた。おそらくは不敬罪を恐れてのことだろう。
「いや、籍は残しておこう。その場合、彼らの俸給は冒険者協会経由で支払うべきだろうか」
「いえ、ご心配には及びません。他の仕事もする冒険者は珍しくありませんので。強いて注意事項があるとすれば、降格要件に該当しないよう、たまに依頼を受けることをおすすめします」
俸給の支払いも特に問題なさそうだ。
それなら、除名の話はこれで終わりだ。
「ありがとう。では、解体場に行こう」
俺は立ち上がり、後ろで控えていた2人に向き直った。
「エステル、君に頼もうと思っていた書類手続きは空振りだった。カイトと少し食べ歩きでもしてくるといい。カイト、俺のポケットマネーを少し渡しておく。エステルと楽しんできてくれ。あ、使った分は今月の俸給から引くから、無駄遣いには気をつけろよ」
これで、取りあえず2人を王都デートさせるミッションは達成だ。
成果があるかどうかは知らん。
頑張れエステル。
「え、ちょ、ラグナくん、やっぱ僕要らなかったんじゃ…」
カイトが何か言っているが、気にしない。
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