第41話:人と獣
どうもみなさんこんにちは。
異世界転生者です。
相互理解って、結構大変ですよね
ゴーレムに開墾の作業を任せて植物の種を手に入れるために村に戻ったら実家からメイドが来ていたり、薬学協会と冒険者協会からカイトを追いかけて純情乙女が来ていたりとなかなかに濃い時間を過ごした。
少々予定外のことがあったのもあって、そろそろ飯の時間だ。
適当に干し肉でもかじってから、森に詳しい村人に話を聞いて種を取りに行くことにしよう。
「こーら、ダメですよラグナ様」
キッチンを漁ろうとしたところで、俺はシルヴィアに怒られた。
怒られたと言っても、めっ、とウインクされる程度だが。
「おなかがすいていらっしゃるなら、すぐにサンドイッチをおつくりしますから、食堂でお待ちくださいね」
つまみ食いを試みる幼稚園児を叱るような優しさでそう言うと、シルヴィアは料理を始めた。完膚なきまでに子供扱いである。
…こうなると、さっき冗談でも母さんなどと呼んだことが本気で悔やまれる。
「やりたいことが多すぎて、食事を手短に済ませたいんだ」
「何をおっしゃいますやら。普段から『風呂と食事と睡眠をおろそかにしてはいけない』って、ご自分でおっしゃっているのに」
苦笑するシルヴィアの言葉は、確かに言った覚えがある。
休息というものは、2倍3倍の能力を発揮できる都合のいいものではないが、おろそかにすると半分しか力を発揮できないということがありうる厳しいものなのだ。
だが、優先順位というものは常に存在する。
俺は、ここの領主となった以上、住民を飢えさせない責任があるのだ。
「別に敵襲の最中でもないんですから、ね?」
優しく微笑むシルヴィアにはっとさせられる。
確かに責任を果たすことはとても重要だ。
まして、多くの住民の命を預かる領主の責任はとても重い。
だが、今この瞬間における緊急性は、さほどでもない。
今からやろうとしている事だって、ゴーレムがしっかり畑を耕してくれたあと、種を畑に届ければ間に合うのだ。
「済まない。少し焦っていたらしい」
己の未熟さを恥じながら、俺は頭を下げた。
「さ、もう少しで出来上がりますから、食堂でお待ちください」
シルヴィアの言う通り、俺は食堂に向かうことにした。
食堂でセレスたちとともに席についた時、ちょうどカイトたちも屋敷に戻ってきた。
「おかえり。村の蓄えはどんなものだった?」
座るように手で促しながら尋ねると、カイトは首を横に振った。
「倉庫自体がなかったよ」
俺は目を見開いた。
倉庫自体がない。
人間の村ではありえないことだ。
収納魔術もさすがにどんな場所にでも普及しているわけではない。
貧しい村では、魔術を学ぶ余裕がないことなんかざらだ。
そして、どの季節でも煮炊きのために薪を蓄えておく必要があるし、冬になれば暖を取るためにも薪を使用する。食料も当然、冬のために蓄えておかなければならない。
にも拘らず、それが全くないということは、恐らくは村のインフラ自体が、蓄えを必要としない生物のためのものになっている、ということだ。
ロークの住人は冬の間、動物の姿で寒さをしのぎ、僅かな草を食べて過ごすのだろう。
「一般的な人間の村の常識は通じないと考えたほうがいいか」
「だな。本人たちもそう思ってるらしいが、人の言葉が分かる獣、って感じだ。家の中も見せてもらったが、寝床も藁しいてるだけの馬小屋みてえな感じだったぞ」
「うむ、かまどなどの、人間やエルフの家なら必ずある設備が何もなかった」
ブランドルとカーティスからの情報も、やはりこの村は人間の村と考えるべきではないということを示している。
そうこうしているうちに、シルヴィアがトレイをもって来てくれた。
「簡単なものですが」
そう言いながらシルヴィアが出してくれたサンドイッチは、言葉に反し何種類も用意されており、彼女の料理の手際の良さを俺に思い知らせた。
「ありがとう。いただきます」
俺は生前の習慣に従い、食べ物に合掌してから手を付ける。
別に無礼な行いと認識されるわけでもなく、特に咎められる事もないが、こちらの世界では俺以外にやっている奴を見たことがない習慣でもある。
シルヴィアのサンドイッチは、食べなれた、何処か安心する味だった。
お袋の味という奴だろうか。
食事を終えた俺たちは、全員で村に出た。
森に入るために、案内人を一人確保したかったのだ。
人を探してしばらく歩きまわっていると、森から一頭の鹿が駆け寄ってきた。
「領主様、何か、ご用件ですかな」
鹿の声には聞き覚えがあった。
鹿かと思ったら村長ムラオーサの獣化形態もしくは本来の姿であったようだ。
「森に、植物の種や苗を確保しに行きたいんだ。案内人が欲しい」
「では、私がご案内いたしましょう」
「ありがとう」
初手で妖精さんと仲がいいところを見られたことで好感度が上がっているためか、ムラオーサはとても協力的だ。
これなら、村に関する話を聞かせてもらうこともできるだろう。
「ムラオーサ、仲間が村の家を見せてもらったんだが、藁をしいた寝床だけで、かまどなんかはないと聞いた。人間にとっては少し過ごしづらい環境なのだが、ロークの住人にとっては、家はそれで十分と理解していいのだろうか。それとも、過去の領主が君達に辛く当たった結果なのだろうか」
別種族であることを忘れず、失礼に当たらないよう、自種族にとっての前提を開示しながら注意深く質問する。
多様な種族との共生というのは実に気を遣う。
そして、気を遣うというのはそれなりにストレスになる。
これでもし、妖精さんに対する態度も真逆だったら、俺もまた他の領主のように彼らに辛く当たる方を選んだかもしれない。
「前者でございます。御覧の通り、我々は人語を解する獣。人との会話の折、人の姿を取るほうが都合がいい場面があるというだけですので」
「そうか。ありがとう。冬の蓄えがないのも、同じ理由か?」
「さようでございます。ロークは冬でもさほど冷え込まず、貪らなければ食む草に困ることもありません」
「そうか」
それなら、農耕自体が彼らにはあまり適合しないだろう。
俺たちの食い扶持は、やはりゴーレムに頼ることになりそうだ。
「領主様も、薬草を売ってお金になさるおつもりで?」
考え込んだ俺を見て、ムラオーサは尋ねてきた。
今後のローク領の運営方針を考えていたことは容易に察せられたという事だろう。
だが、ムラオーサが心配しているであろう、森を痛めるほどの薬草の乱獲は、可能な限り避けたい。
「必要な範囲でそうする。だがそのためには、薬草を取ったとしても森の豊かさが失われないようにしなければならない。当面は東の荒地の開墾だな」
「…領主様、あなたはまるで人間ではないようだ」
それがムラオーサにとって誉め言葉であることは容易に察せられた。
「子供のころから妖精さんと話していたせいかもしれないな」
照れ隠しにそんなことを答えると、ムラオーサは足を止めて振り返った。
見た目は鹿そのものなので、ちょっと珍しい絵面だと感じる。
「領主様は妖精の言葉がお分かりになるのですか」
よほど意外だったようだが、それが分からない。
人間ごときに妖精さんの言葉が分かるはずもないという差別意識があったのだろうか。
別にそれをとがめる気はないが。
「何を驚く?君達も妖精さんの言葉はわかるんだろう?」
だが、俺の問いにムラオーサはゆっくりと首を振った。
「言葉はわかりませぬ。咎められている、許されているというのが何となく見てわかる程度です。食む草を選ぶには十分ですが、言葉といえるものではございません」
「そうだったのか…」
妖精さんとこれだけ共生できている者たちでも分からない言葉、か。
言葉が分かる能力、実はかなりの大当たり能力だったのだろうか。
そこからしばらく進むと、ムラオーサは足を止めた。
「最近ですと、苗木や種が見かけられるのはこのあたりです。申し訳ありませんが、持ち去ってよいかを妖精に尋ねるのは、領主様のお手を煩わせるしかなさそうです」
「いや、構わない」
俺は妖精さんを呼び、持ち去ってよいかを一つ一つ確認しながら、苗木と種を集めた。
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