第39話:ゴーレムは労働力
どうもみなさんこんにちは。
異世界転生者です。
エレナの最大の強みは神官であること、そう思っていた時期が俺にもありました。
「エレナ、済まないがちょっと散歩に付き合ってくれ」
ムラオーサとの会話で、東の荒地について少し試したいことができた俺は、村の子供たちの相手をしていたエレナに声をかけた。
「え、それって…」
エレナは何か、警戒するような表情を見せた。
それが本当に警戒であるのかどうかは、本人に確認しなければ分からない。
なにしろ俺は、以前エレナの表情を完全に読み違えていたのだ。今回がそうでない保証などない。
だから、俺はエレナが言葉を続けるのを、ただ黙って待った。
のだが。
「…い、行きましゅ…!」
エレナは意を決したようにそう言った。
自己完結されてしまうと確認のしようもないが、まあ仕方あるまい。
来てくれるのなら問題ない。
「夫婦のお散歩?私も行くー!」
なんかちょっと勘違いしたリエルが飛び込んできたが、なんとか踏ん張って受け止める。
「子供を踏みつぶす気か」
俺が避けたら背後の子供たちがどうなるかを考えると、受け流す選択肢がなかったのだ。
「あ…ごめんなさい」
ちゃんと、俺ではなく俺の後ろの子供に向かって謝れるリエルの社会性は俺のそれをはるかに凌駕している。
ともあれ、リエルはいて邪魔ということもないし、もしこれからやろうとすることの最中に魔獣が来たとしたらリエルの戦闘力は非常に頼もしい。
来てくれるというのなら、ありがたい話だ。
「もちろん私も行きますからね」
セレスも俺の手を握ってくる。
まあ、戦力的には俺含めて4人いれば十分だろう。
魔獣がいるという話だし、残るメンバーは村の防衛と現状確認に回すべきか。
「カイト、ブランドル、カーティス、村の様子や、蓄えがどんなものか見ておいてくれ。こっちの4人で少し偵察に出る」
カイトたちに村のことをいったん任せて歩き出すと、何故かエレナからものすごくじっとりした空気を感じた。
「お散歩って言ったのに…」
何がいけなかったのだろうか。
俺は頭を抱えた。
「何もかもです」
心を読むのをやめてくれないか、セレス。
それとも声に出ていたのだろうか。
1時間も進まないうちに、辺りは荒地の様相を呈してきた。
村の周辺はまだ、踏み固められた道の両脇に草が生い茂っていたり、ちょっとした林が視界に入ったりしたのだが、少し進むと枯れ木などが目に入り、そのまま進めば、西部劇の舞台として全く問題ない荒野へと風景が変わっていく。
このありさまでは、村の周辺の草が枯れ、村人たちの食料にも難義する日は、そう遠くないだろう。
ひとまず、地面の土を一塊拾い上げ、水を出す魔術で湿らせてから、ゆっくりと握りつぶしてその感触を確かめる。
肥沃な土に感じられる粘り気のようなものがなく、指先に感じられるのは、濡れているにもかかわらずどこかさらさらとした手触り。
正確な認識ではないのだろうが、土が砂に変わりつつあるような感じだ。
ムラオーサの話を信じるなら、かつて頑張って耕せば畑になったことはあるようなので、痩せているだけだと信じたいが。
となれば、父上がフィンブルを豊かにするのに用いた、空気から肥料を作る魔術を駆使した土の肥沃化は高い優先事項か。
ところで転生者的感覚からすると、空気から肥料というと中学理科あたりで学習する某窒素固定法を連想してしまう。
…こっちの世界でもその魔術を応用して火薬を作れたりするんだろうか。
閑話休題。
荒地について、土の肥沃化の他にすべきことが残っている。
鍬がすぐ駄目になるほど大量にあるらしい小石の除去と、畑を荒らす魔獣の対策だ。
その二つを一気になんとかできるかもしれない方法を、既に俺は一度見ている。
だからエレナを連れてきた。
「エレナ、このあたり一帯を畑にする感じでぺブルゴーレムを作ると、何体くらい作れる?」
「そのために私を連れてきたんですね…」
やれやれと言わんばかりに力なく首を振り、エレナは目を閉じて静かに深呼吸した。
おそらくは、地面の中の小石を感じ取るための、精神統一のような何かだろう。
「ちゃんとした規模の畑を確保するなら…私の魔力の方が先に尽きますね」
しばらくして帰ってきた答えは、小石の在庫切れを気にする必要はないというもの。
逆に言えば、畑の拡大には地獄を見る羽目になるわけだが。
「今日は戦闘の予定もない。魔力の限界までやると何体いける?」
「10体くらいが限界ですね」
今度は、エレナは即答した。
一流の冒険者として、自分の継戦能力は常に意識しているようだ。
…10体。
10体のぺブルゴーレムか。
以前リエルが投げる小石のために作られたぺブルゴーレムは全長3メートルほどの、シルエットとしても人より太い感じのゴーレムだった。
それが10体なら、畑にできる範囲も期待できる。
そして、労働力としても、申し分ない。
「では、是非頼む。毎日しっかり食事をとり、ぐっすり眠れば魔力は回復する。君がいて、この荒れ地がある限り、労働力と畑がいくらでも増やせるというのは希望だ」
俺がそう言うと、エレナは口を尖らせた。
「私をゴーレムを産む機械か何かと勘違いしてません?」
とんでもない爆弾発言をぶちかましてくるエレナ。
「勘弁してくれ。産む機械発言とか炎上待ったなしだ」
「?」
脊髄反射的に口から出た転生者的痛々しい発言に、エレナは首を傾げた。
そりゃそうだ。SNSの炎上なんてファンタジー世界の住人が知っているわけがない。
ともあれ、確かにエレナのゴーレムを作る能力だけを求めすぎたというのは、反省すべきだ。
俺の気持ちの整理はまだついていないが、エレナは俺の側室だ。妻なのだ。
労働力として妻をこき使うだけの夫というのは、どう考えてもクズである。
「ロークは自然豊かに見えて、思っていたより崖っぷちだと思い知った。だから、なりふり構っている余裕がない。エレナに負担が偏るのは申し訳ないが、ぺブルゴーレムを作り出せるエレナの存在は、俺にとって救いなんだ。代わりに俺がエレナにしてあげられることがあるなら、なんでも言ってくれ」
俺は頭を下げて頼み込み、対価を差し出す意志があることを告げる。
が、エレナは何も言わなかった。
よほど怒らせてしまったのか、見たこともない赤い顔で押し黙っている。
救いを求めて横のリエルとセレスを見ると、2人とも首を横に振った。
どうやら、俺はまた対応を間違えてしまったらしい。
「せ、セレス…」
「ラグナはそういう睦言をもっと私に言ってくれてもいいと思います」
不機嫌をあらわに頬を膨らませるセレス。
睦言ってどれだ。…などと聞いたらもっと機嫌を損ねるのは目に見えているので、そんな愚を犯すことはしないが。
「リエル…」
「いいなー、わたしもラグナのすくいになりたいなー」
ものすごい棒読みは、リエルがそれを嫌味で言っていることを俺に思い知らせた。
四面楚歌である。
やがて、しばらくおろおろする俺を見て留飲を下げたのか、エレナはため息をついた。
「…もう、惚れた弱みで許してあげる回数も無限じゃないんですよ?」
エレナは頬を膨らませて見せながら、杖で地面を叩いた。
「コール・ぺブルゴーレム!」
「「「「「エレナちゃんのたーめなーらえーんやこーら!」」」」」
「それ気のせいじゃなかったんかい!?」
ドゴォ!と地面をぶち破ってそこら中から生えてきたゴーレムたちの大合唱に、俺は頭を抱えた。
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