第38話:調和の民

どうもみなさんこんにちは。

異世界転生者です。


新生活は、思ったよりなんとかなりそうです。



村長ムラオーサに案内された領主屋敷は、10人前後の大家族が暮らす民家だと言われれば納得する程度の、豪邸ではないにせよそれなりに大きい家。

石造りの城壁を持つ都市であるフィンブルの中心で、有事の際には防衛戦の指揮所として使用される父上の屋敷よりはさすがに小さいが、俺達7人が寝泊りする拠点としては十分過ぎる。

自分たちでやってやれなくはない気もするが、各々が仕事に専念するためにも、清掃などを任せるためのメイドを一人くらいは雇わなければならないだろう。

父上に頼んでシルヴィアを寄越してもらうわけにはいかないだろうか。


ひとまず、その家を会議所代わりに使うことにして、俺とセレスはムラオーサから、ローク領に関する話を聞くことにする。


なお、なんか大量についてきた子供たちは、カイト達が相手している。

優しい印象のカイトやエレナが子供たちを抱え上げたり頭を撫でているだけでなく、強面のブランドルも、その腕に数人の子供がぶら下がったりしているし、カーティスも子供を肩車しているくらい、既に子供たちは仲間になついていた。

一方リエルは肉食獣系の獣人なのが災いしてか、ちょっと怖がられているように見える。

まあ、それを逆手にとって、「がおーっ、たべちゃうぞー!」とかやっているので、それはそれでほほえましい光景だ。


「ええと、まず確認したいんですが、皆さんは妖精さんとは日常的にコミュニケーションをとっているのですか?」


庭先での子供たちと仲間の交流を眺めつつ、椅子に座ってムラオーサに目を向けると、ムラオーサは立ったまま答えた。


「はい。ロークの民は、自ら生きるのではなく、妖精の恵みによって生かされておると考え、妖精と共に生きることを大切にしております」


立ったまま答えるムラオーサに違和感を覚え、俺ははっと息をのんだ。


カイトやブランドルと横並びのチームとして動いていると忘れがちになるが、俺は貴族だったな。

歴代の領主の中に横暴な奴がいて、平民が貴族の許しなく座ろうとすると怒られる、みたいな考え方をムラオーサが持っていてもおかしくはない。


「そうですかそうですか…あ、とりあえず座ってください」


気が利かなかったことを謝罪するところまでやると少し嫌味が出る気もしたので、俺は努めて自然に椅子を勧める。


「ありがとうございます」


ムラオーサは床に正座した。

いやなんでやねん。


「いえ、できれば椅子をお使いください」


立ち上がってムラオーサのすぐ横の椅子を引き、そこに座るよう勧めると、ムラオーサは恐る恐る椅子に座った。


…過去の領主に何をされたんだろう。


なお、さすがに椅子を引いてやるのはやりすぎというか使用人ムーブであるせいか、セレスは指で小さくバツを作っていた。

領主の威厳を損なう行いだったようだ。




椅子に座ったムラオーサからいろいろな話を聞くうちに、だいたいの状況は見えてきた。


ロークの村の獣人たちは、魔人の魔神化に近い能力を持ち、馬や鹿の姿になることができるようだ。

より正確には、そちらが本来の姿であり、人に近い姿になれる獣、というのが、彼ら自身の自意識としてもしっくりくる様子。

食事も馬の姿で、地面に生えている草をモシャモシャやるのが落ち着くとか。


その性質から、彼らは自ら馬車を引くようなこともできるため、これまでの領主からは人間というより馬として扱われてきたそうだ。

なお、それ自体はそんなに気にならないらしい。コミュニケーションの取りやすさや、指先を使う作業の目的などで人間形態でいる時間も相応に長いそうだが、やはり自認が人の姿をとれる獣、なのが大きいのだろうか。


床に座ったり、椅子を使うのを妙にためらっていたのは、以前の領主に椅子は人間のものだとかヒステリックなことを言われた経験かららしい。


また、彼らは主に地面に生えた草をそのまま食べて生活しているため、自然の力や恵みの象徴である妖精さんをとても大切にしており、どんなに腹が減っていても妖精さんがダメといったらその草は食べないそうだ。

その性質ゆえに、妖精さんの意向を無視して薬草を乱獲しようとした領主に刃向かったことは数知れず。


なるほど、とっとと功績をあげてより豊かな土地に栄転したい一般領主からすれば、やりづらいことこの上ない、まさに罰ゲーム領地といえるだろう。


ロークが罰ゲーム領地と言われていた背景事情もだいたい分かった。


そして、今後の方針も決まった。


俺は妖精さんの言葉が分かる。

俺は妖精魔術師だ。

妖精さんの意向で守られている森なら、俺に森を荒らす選択肢はない。

そして、地理的にも、森からの資源獲得よりもよっぽど重視すべき問題があるというか、そちらを何とかしないと、豊かな森が失われて資源獲得どころではなくなってしまう。


「西の山側は、皆さんの食事場にしつつ、妖精さんの許可が得られる範囲で、なるべく種類豊かに薬草をとってきてもらえれば結構です。問題は、東の荒地ですね」


地理的には、ロークはラインジャ王国の東端、険しい岩山で他領と分断された陸の孤島にある。

国の西端、蛮族の領域との境界がフィンブルなら、ロークは、どこの国もない荒野と人が生活できる領域にポツリと存在する飛び地だ。

砂漠化は放っておくと進行する。

東の荒野は、放っておけばロークの西にある豊かな森を飲み込んでしまうかもしれないのだ。

ならば、荒野の緑化こそが、取り組むべき課題である。


俺は既にロークを罰ゲーム領地だと思っていない。

罰ゲームに耐えてとっとと別の領地に移してもらおうという考えは既にない。

ロークの名を聞いて歓喜していたブランドルやカーティスのことを思えば、ここに骨を埋める事すら魅力的な選択肢だ。

だから、このロークが長く栄えることこそが俺の望みだ。


「おおお…!」


豊かな森を荒らすことを避け、東の荒地の開墾を考えると言っただけで、ムラオーサは感動の涙すら流して見せた。

過去の領主が彼らにして来た仕打ちも察せられるというものだ。


「ラグナ、惚れ直しました…!」


なんでセレスまで喜んでいるのかはよく分からない。

聡明な彼女は、ロークの在り方について何か思うところがあったのかもしれない。


まあ、妖精さんが見えない者からしたら、せっかく豊かな薬草があるのに住民がわけわからんこと言ってちゃんと薬草を取らないという土地なので、鞭を振るって薬草を取らせるという方向に走るのもまあ、仕方ないことだ。


それは領民からすればとても辛いことで、心ある貴族からすれば嘆かわしいことでもある。


とはいえ、俺がすべきことは感傷に浸ることではない。


「東の荒地の開墾の障害について、思いつく限りのことを挙げてください」


俺がそう頼んでから少しの間、ムラオーサは感涙し続けていたが、どうにか涙をぬぐうと、いくつかの事情を教えてくれた。


「まず、東側は小石が多く、耕そうとすると鍬が欠けてしまうのです。また、畑を作っても、すぐに魔獣に食い荒らされます。そして何より、土に元気がないためか、何を植えても、これまで領主様が満足するような収穫が得られたためしがない」


そう言って力なくうなだれるムラオーサに、俺は謝意を込めて頭を下げる。


「ありがとうございます。だいたいの状況はわかりました。解決できる保証はありませんが、思いついたことはすぐに試します」


今、ムラオーサがあげた3つの問題だけなら、なんとかなりそうな方法を既に思いついた。

早速、エレナを連れて実験に行くとしよう。

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