第36話:転生者、領主になる
どうもみなさんこんにちは
異世界転生者です
領地と爵位をもらいました。
己の失策と敵の悪辣さに慟哭した俺は、失意のうちに仲間に連れられて帰還し、転移室を出たところでそのまま立ち上がれなくなった。
肉体的にはともかく、精神的に限界を迎えたのだ。
隣を見れば、カーティスも同じように崩れ落ちていた。
俺とカーティスの判断ミスがモロヴァレイを更地にし、多くの兵士を殺した。
やはりその事実は、なかなかに重い。
カイトが俺やカーティスを何とかなだめようとおろおろしていたが、途中でブランドルの拳骨を喰らって、今はおとなしくしている。
そうはいっても、ちらちらと心配そうにこちらを見てくるのだが。
それに引き換え、セレスは落ち着いたものだった。
俺たちの判断ミスで味方に被害が出たとはいえ、モロヴァレイの蛮族を一掃できたという成果だけは確かに生じている。
もっと完璧にやる余地はあったが、それはそれとして成果は出した。
それは悪行ではなく、完璧でないだけの善行だ。
善行が完璧でなければならないという考え方は、世界から善行を駆逐する。
王族としてそれを知っているセレスは、俺を宥めようとはしなかった。
宥めるということは、俺が自らを罰したいと思っていることを肯定することになるからだ。
俺は、王家の女であるセレスの夫として、そんな惰弱さは捨てなければならない。
エレナとリエルも、セレスの意を汲んでか、何も言ってこない。
分かっている。
理解している。
こんな惰弱さは、今すぐに捨てなければならないのだ。
せめて、貴族らしく。
悔しいが、俺は貴族だ。
貴族でなければならない。
セレスのためにも、もう、ただの一個人ではいられない。
「すまん、心配を、かけた」
歯を食いしばり、言葉を絞り出して、俺は床から立ち上がった。
「ラグナ、大丈夫ですか?」
俺が立ち上がったのを確認してから声をかけてきたセレスは、やはり俺が自ら立ち上がるのを待っていたのだろう。
「情けないが、やせ我慢だよ」
泣き言をいう俺の手を取り、セレスは微笑んだ。
「よかった。やせ我慢でも、立ち上がってくれる人で」
セレスの目元にはうっすらと涙がにじんでいる。
セレスも不安だったのだろう。
自分が見初めた相手が、実はとんでもなく情けない奴だったのではないかと。
それでもセレスは、俺を待っていてくれた。
「ありがとう、セレス」
どれだけ口にしても足りない感謝を告げ、俺はカーティスの前に立った。
「敵の策を読み切れず、カーティスに呪い返しをさせたのは俺だ。その失態は俺のものだ。だが、同時に、被害と引き換えにしてでも、モロヴァレイの蛮族を殲滅した。その功績は、カーティスを含む、俺たちのものだ。だから、胸を張ってくれ。君はよくやった、カーティス」
それは詭弁だ。
だが、それが必要だと思った。
「いいや、呪い返しを提案したのは私だ。失態は二人で背負いたい」
そして、カーティスはその詭弁の否定をもって、立ち上がることができた。
俺もカーティスも、確かに多くの味方を殺した。
だが、俺たちが何もしなければ、もっと多くの味方が死んだかもしれない。
辛い開き直りだが、そうするしかない。
そのやせ我慢でしか立てないのなら、立つためにそうする。
俺たちには、座り込んで無力を嘆く余裕がないのだ。
「見事だラグナよ、蛮族の邪悪な姦計に阻まれながらもモロヴァレイを1日で制圧するとは」
その日の夕方、謁見の間に呼び出された俺は、陛下にお褒めの言葉を賜った。
俺は、そのために何が犠牲になったのかを忘れることはできないが。
それを犠牲にすることで、国家にとって、確かにそれ以上のものを買えたと、そのお墨付きがもらえただけでも、多少は気が軽くなるものだ。
ちなみに、仲間はフィンブルに置いてくるよう指示されており、貴族的な面倒ごとがこの場で何か起こることだけは確定しているせいでものすごく気が重くなるので、多少軽くなっても焼け石に水だったりする。
「スディニ・ヴラギティール・モロヴァレイ及びヴァイコック・ドナノ・ヴァレテルンの手引きによる蛮族の侵攻は、ラグナ・アウリオンをはじめとする諸君の多大なる献身によって終息したことを宣言し、犠牲になった者達に哀悼の意を表する」
王の事態終息宣言を聞いた俺は、少々違和感を覚えて周囲に目を配る。
ここにいるのは、モロヴァレイ領制圧に参加していた貴族や、父上や兄上のように別口の蛮族の襲撃に備えるよう指示されていたと考えられる辺境伯など。
おおむね、王派閥と、今回の踏み絵で王側を選んだ日和見派閥といっていい。
それらのみを集めての事態終息宣言は、もはやそれ以外を国家の構成員として認めないと暗に宣言しているに等しい。
これはつまり、内紛は当面続くということを意味している。
無論、今回のような大規模戦闘は蛮族の群れがどこかの都市を制圧するとか、叛意をむき出しにして王に戦いを挑む奴がでない限りは発生せず、ほとんどは小競り合いのようなもので済むだろう。
それでも、それなりの数の貴族が粛清されるのは間違いない。
蛮族と内通するような逆賊や、そちら側に肩入れする逆賊予備軍を生かしておく意味があるのかといわれれば答えに窮するが、同時に、それなりの暴君ムーブであることに一抹の危機感も覚える。
「ラグナよ、お前は成人したばかりの身でありながら、ヴァレテルンを単独で奪還し、蛮族の卑劣な姦計により数多の犠牲を出しながら近付くことも出来なかったモロヴァレイからも、都市の破壊という形ではあるが蛮族を撃退するという大いなる功績をあげた。お前がいなければ、我が国はさらに大きい被害を受けたであろう」
「ははぁ!」
そして、どうやら俺はその暴君のお気に入りであるらしい。
無論、優しさという惰弱さに流され、目先の安寧のために国そのものを腐らせるより、きちんと病巣を切除できる外科医の手腕を持つ君主の方が良い、という理解はできるし、陛下に気に入られるかどうかを別にしても、俺自身そちらの道を選ばなければならないことは、昼間に思い知ったのだが。
やはり、それでも辛いと感じるのは、俺が惰弱さを捨てきれないからか。
「よって、褒美を与える。ラグナ・アウリオンを子爵と叙し、ローク領を与える」
ローク。
確か、村ひとつ分くらいの、未開の領土だったか。
小さい領土で助かった。
これは、陛下の配慮だ。
まだ領地経営なんぞ基本のきすら分かってない俺にでかい領地渡しても自爆するだけだと、陛下も分かっているのだ。
問題は、爵位の方だ。
騎士爵と男爵をすっ飛ばして子爵。
領地が小さい分こちらは破格だ。
我が家で言うと、長男のジン兄様と同じで、次男のイザーク兄様より高い爵位である。
いや、王女の夫としてはまだまだ釣り合わない爵位ではあるし、領土を貴族たちの間で罰ゲーム扱いすらされているロークにしているのも、少しでも高い爵位を嫌味なく俺に渡すための工夫だろう。
現に、子爵と聞いた直後、高い爵位を渡しすぎだとばかりにざわついた貴族たちは、ロークと聞いた途端、同情めいた沈黙を保っている。
「ありがたき幸せ」
俺は陛下の采配に感謝し、頭を下げる。
陛下のおかげで、貴族的な面倒ごとは思ったより小さく済んだ。
一人くらいは貴族が異を唱えてもおかしくはなかったが、モロヴァレイ侵攻に参加する程度には王よりの貴族たちばかりが揃っているからだろうか。
のみならず、俺が決して許せない人類の敵は、今のところこの国の敵、逆賊でもあるのだから、わざわざ陛下に逆らう理由などもはやひとつもない。
「他の者への褒賞は追って使者を出す。今後、同じような逆賊が現れないよう、諸君らにはより一層の奮励努力を求めることになろう。まずは、しっかりと体を休めるのだぞ」
陛下の言葉で、その場は解散となった。
さて、ロークへの引っ越し準備をしなければな。
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