第35話:転生者の失策
どうもみなさんこんにちは。
異世界転生者です。
ミスは誰にでもあるとは言っても、せずに済ませたいことには変わりないですよね。特に、大きなミスは。
俺たちは、カーティスが敵の術式を解析するまでの3分間、敵の猛攻を耐えなければならない状況に陥った。
敵は大軍相手に夜襲を含むゲリラ戦で疲弊を誘い、進撃されたら城門をあけてチャンスと見せかけて勇将ムダジーニ・スグシニマス男爵を罠で仕留めたばかりか、同じ手は使ってこないだろうというこちらの読みの裏をかくという、蛮族らしからぬ工夫を凝らした戦術で女傑スグシーヌ・イヌジニヨン男爵までをもを弑した、知将と呼ぶに足る蛮族。
さらには、俺に罠魔術の性質を見切られたと察するなり間髪入れずに突撃してくるほどに、機を見るに敏。
はっきり言って、判断力での勝ち目はない。
しかし、さらなる罠を警戒し、他の貴族は前に出てこない現状、俺たちはこの強敵の襲撃を独力で突破せねばならない。
その前提で、どうするか。
知れたこと。
力押し。
力押しあるのみである。
襲い来る蛮族の群れに、俺の魔術で効果範囲を広げたリエルの投擲による面制圧を試みれば、敵は頭を低く下げ少しでも命中率を下げながら進んでくる。
低く投げる手もあるが、投げたククリが地面の凹凸に引っ掛かって戻ってこないという可能性もありうるので、どうしても回数制限がついてまわる。
まさか、リエルの殲滅力をこのような形で殺されるとは。
歯噛みする俺をよそに、リエルはククリの投擲は敵の頭を下げさせる程度の頻度に抑え、その合間に砂利を拾って投げるという戦術に切り替えた。
これにより、かがんで間合いを詰めようとしてきた蛮族は、散弾銃のような砂利に頭を撃ち抜かれ絶命することになる。
立てば首スパ、かがめばハチの巣、歩く姿は…まあとにかく、クソのような2択を迫る回避不能コンボの完成だ。
リエルがこれほど機転の利く人物であったとは、何と頼もしいことか。
「コール、ペブルゴーレム!」
「エレナちゃんのたーめなーらえーんやこーら!」
そして、リエルの意図を汲んだエレナが小石のゴーレムを地中から召喚し…待て、エレナは少なくともゴーレムを召喚できるのか。
「ごめんなさい、お疲れさま!」
「そりゃないぜエレナちゃーん!」
驚く俺をよそに、エレナはゴーレムを小石の山に変えた。
残弾の心配はないというわけだ。
…ゴーレムが喋ったような気がするのは、きっと気のせいだ。
「ねえ、僕たちの方が蛮族より蛮族してないかな」
ゴーレムの脱け殻である小石を投げまくるリエルを死んだ魚のような目で眺めながら、カイトは俺に訪ねてきた。
「…言うな」
知恵がまわる蛮族相手に読み合いを拒否した力押しで対抗するとか、本当に立場が逆転しているのだ。
力でこちらを上回る蛮族に知恵で勝つのが人間サマのはずなのに、どうしてこうなった。
「ぶるぅらぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁ!」
ブランドルはリエルの投擲では仕留めきれない大物を重剣で粉砕してまわっている。
剣で切られた敵がそのまま爆散するところとか初めて見た。
あれが、ブランドルの剛腕のために名工メイコが最適化した剣の威力か。
「カイトの剣もあんな威力出るのか」
その凄まじい威力をカイトも出せるなら、大物相手は全く問題ないように思えるが。
カイトは黙って首を横に振った。
さすがにあれほどの威力はブランドルの腕力がなければ出せないようだ。
「いまだに、盾と二刀の使い分けもできてないよ!」
言いながら、堅実な剣と盾の戦技で蛮族の前進を阻むカイト。
たとえメイコ謹製の業物でなかったとしても、カイトは難の苦もなく同じことができるだろう。
なんとも基本に忠実な、本当に王道ど真ん中の男だ。
「それに引き換え、王女様は…」
カイトが少し遠い目で言う。
俺も意図的に意識から外していたが、確かにセレスはちょっと別格だ。
黒髪の残像を残しながら、リエルが投げたククリを足場にピョンピョンと飛び回り敵陣の奥に奇襲をかけたり離脱したりとやりたい放題に間合いを支配するセレスの戦いは、もうなんか一人だけ次元が違う。
ククリを足場にしているところを捉えられない動体視力なら、空中ダッシュとか空中ジャンプしまくるハイスピードアクションゲームかなにかにしか見えないだろう。
王族は絶対に人類とは別種族だ。
「ラグナ君はできるの?あれ」
「魔神化すれば、肉体的には行けるかもな。それを乗りこなす技量がないが」
引きちぎったゴブリンの頭をレッサーオーガに投げつけながら答え、つい苦笑する。
ブランドルの戦い方を模倣するにはフィジカル面が不足しているカイトと、セレスの戦い方を模倣するには技量が足りない俺。
なんとも対照的だ。
たとえ別方向にでも、伸び代があるのは喜ばしい。そう思うことにした俺は、蛮族の首を引っこ抜く機械と化した。
蛮族の策だと思われるが、既にさんざん穢れを撒き散らされて妖精さんが住みにくい場所になっているモロヴァレイでは、妖精さんの力を借りにくい。
そうなると、俺の武器はもう手足しか残らないのだ。
「解析終わったぞ、呪い返しで構わんな?」
「ああ、やっちまえ!」
約束の3分が過ぎ、そう言ってくるカーティスに振り返ることなく叫んだ俺は、10秒後にそれを後悔した。
いくら、強力な術式へのもっとも効果的な対処法が、解析できる前提で呪い返しであると言っても、物事には限度があるのだ。
まず感じたのは、閃光。
まださほど見上げなくても城壁の上端が見える距離のモロヴァレイ領都が光ったと思えば、途方もない爆風が吹いてきた。
「ぐあっ…」
他の仲間同様、吹っ飛ばされる直前に防御魔術を張ってその場に踏みとどまった俺の目に入ってきたのは、生前の世界では記録映像でしか見たことがない、きのこ雲。
つまり、敵の蛮族は、地雷として小出しにするための魔力を、核兵器に匹敵するほどのエネルギー量で準備していたのだ。
防衛すべき場所に一定以上近づけば何度でも炸裂する魔術地雷というシンプルに強力な防御兵器が、まさか破られてなお攻撃者を殺傷しうる自爆兵器でもあるとは。
俺達も、カイトがブランドルを、エレナがリエルをとっさに守っていなければ、主戦力を二人失うところだった。
2人は防御魔術を含む魔術を一切使えないのだ。
爆発の余波で消し飛んだ蛮族の群れ、後方で破片に貫かれて絶命している数多の兵士を見て、俺は敵の悪辣さに戦慄した。
ここまで、ここまでやってでも、蛮族はこの国を滅ぼしたいのか。
その原動力はなんだ。
その動機はなんだ。
何を倒せば、この恐ろしい敵から、俺は国を、いや、最低でもセレスを守れるのだ。
その卑小な考えは、スディニ・ヴラギティール・モロヴァレイ侯爵やヴァイコック・ドナノヴァレテルン伯爵が蛮族に屈した理由を俺に痛感させる。
これほど強大な、悪辣な敵なら、戦意を折られる者が出てもおかしくはない。
「俺の、ミスだ…」
大軍に対するゲリラ戦、城門を開け放つ誘いなど、こちらのセオリーを読みきってその裏をかく戦術を敵が使っていたのは間違いないではないか。
ならば、魔術には呪い返し、というセオリーが読まれていないというのは愚かな楽観でしかなかったはずだ。
今ごろ敵の首魁は、魔術を使っていた部下を失った程度の痛手でモロヴァレイ領の復興に凄まじい時間が必要なだけの破壊工作ができたことに高笑いしているに違いない。
「許さん…殺してやる…殺してやるぞ蛮族の頭領ぉぉぉぉぉぉぉぉ!」
きのこ雲からにわかに降り注ぐ黒い雨の中、何者なのかも知らない蛮族の頭領に向けた俺の怨嗟の咆哮が、空しくこだました。
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