第33話:転生者の妻たち

どうもみなさんこんにちは。

異世界転生者です。


俺は、妻を愛せるでしょうか。



その夜、陛下にしこたま関節技をかけられ、フラフラの状態で屋敷に戻ると、もう遅い時間だというのに、セレス、エレナ、リエルの3人が転移室で待ち構えていた。


「ラグナ…」


陛下の俺への用件については理解しているであろうセレスが、心配そうに覗き込んでくる。


「心配しないでくれ。これは俺のミスに対する正当な罰だ。俺が、甘んじて受けるべきものだ」


その答えが失策だったことに、俺はそれを口にしてから気づいた。


ミス。ミスとはどういうことか。言うまでもない。

側室ができたという結果、それを招いた、文化を忘れて求婚に当たる行為を行ったことが、ミスだ。

つまり、と、俺は明言したことになる。

そうしたくなかったのなら、俺は、ミスではなく悪徳というべきだった。


ミスであるというのは偽らざる本心ではあるが、かつてのセレスの言葉を信じるなら、協力して俺を支えることをセレスと打ち合わせてまで側室の立場を望んでいた二人に対して、あまりに失礼な言葉だ。


そのうえ、性能のいい装備であるとはいえ、俺の方から揃いの装束を渡しているという事実も大きい。

転生者的な感覚で言えば、自分から結婚指輪を渡しておいてあなたのことは別に好きではないですと言うようなものだ。


だが、いつまでもこの話題から逃げ回るわけにもいかない。


「俺は…その、家族というものに…」


話しづらい話題を、引っ掛かりながらも口に上らせる。


「謁見の後、お義父様から聞きました」


それを優しく遮ったのは、セレス。


「私が会ったことがないお義母様やお義姉様との関係が悪いせいか、家族というものに不安を持っている様子だと…」


沈痛な面持ちで言葉を紡ぐセレスの姿は、見るに堪えない。


「父上に隠し事はできないな…」


俺は頭を抱えた。

これについては父上にも相談したことがないのに。


「セレスの言う通りだ。俺は正直、セレス一人とだって、ちゃんとうまくやっていく自信が持てない」


前世の記憶的にも、あまり家庭というものにはいい思い出がないし、当世でも母上、姉上とは口を利かなくなって久しい。

父上や兄上には間違いなく恵まれているので当世の方がましな状況ではあるが、家庭にいい印象を持つというのは、どうにも無理だ。


俺よりもはるかに聡明で、精神的にも成熟していると確信できるセレスが相手であってさえ、うまく家庭を築けるイメージが全く持てない。


ましてや、よく知らないエレナやリエルとの関係を正しく発展させていくことなど。


「エレナやリエルに至っては、それ以前の問題だ。幾度かの共闘を経て、頼もしい仲間だとは思っているが、好かれた理由すらわからないほどに、俺は二人の人となりを知らない。見ようとすらしてこなかった。服を贈ったのも、風習を失念し、ただ戦力のみを目的としてのことだ。そんな奴に尽くして、幸せになれるものか…」


エレナやリエルが俺に好意を向ける程度には俺を見ていても、俺はエレナやリエルにほとんど目を向けていない。

気づかずに求婚するなどという過ちを犯すほど、すべきことに追われ、相手を見る余裕など微塵も持ち合わせていない。

そんな関係が、うまく行くものか。


否。断じて否。


彼女たちの幸せは、俺のもとになど存在しないのだ。


「ん-、ラグナ、もしかして勘違いしてないかなって思うんだけど」


リエルがそう言いながらのぞき込んでくる。


「エレナと私は、別に愛してくれなくてもいいっていうか、傍にいて支えてあげられたらそれで幸せだなーって感じなんだよね」


「んなわけあるか」


リエルの言葉に脊髄反射で否定を返すと、リエルは俺の頬をつついてきた。


「ほらぁ!勘違いしてるー!」


勘違いだと前置きされたうえでついそう返答してしまったのは、確かに俺の勘違いとやらを指摘したいリエルにとっては、そう映るだろう。


「じゃあ聞くが、愛以外の何が欲しくて側室になるんだ」


絞り出した問いの声は、自分でも驚くほど苛立ちに満ちていた。


「お揃いの服とか?」


「俺は真面目に聞いてるんだ」


危うく怒鳴りかける俺の頬をもう一度つつき、リエルは寂しそうに笑った。


「だってさ、ラグナが自分でこれは愛だと認めてあげられる何かって、すっごく貴重でしょ?」


それは、そうかもしれない。

俺は愛と呼べる何かを、自分が持っているのかどうかすら分からない。

何なら転生の時に魂が憎悪に染まって愛がなくなりかけているとか、そんな感じの理由で魔人にされたのを今でも覚えている。


ならば、俺に愛という奴があったとしても、それはほんの、ごくわずかだ。


「だからね、それは全部、セレス様のものだと思うんだ。獣人の文化とはだいぶ違うから間違ってるかもしれないけど、人間の文化でいうところの正室と側室って区別は、そのためのものでしょ?」


俺バカだから分からねえけどよと言いながら本質を突くかのようなムーブを決められては、転生者としてはもはや反論の余地がないことを認めなければならない。


「でもさ、ラグナが愛だと認めなくても、私やエレナには愛に見えるものだってあるんだ。たとえば、お揃いの服とかね。だから、さっきのラグナの質問に答えるとしたら、私やエレナが欲しいのは、それかな」


「そういうもんか」


確認の意味で、エレナに目を向ける。

エレナは、泣きだすのを必死にこらえているような笑顔で俺の手を握った。


「そういうもん、ですよ。ラグナくん。ラグナくんがくれた、罪を一緒に背負って、神の罰を一緒に受けてくれるって言葉、あれ以上に愛を実感することなんて、これまでも、これからも、絶対ないと思います」


「え、それだけ!?」


それだけのことでエレナの好感度がすげーことになってるのが若干怖いが。


「もちろん、その前に気になっちゃうきっかけはありましたけど、完全に落ちたのはその時ですね♪」


なんかさらに怖いことを聞いた気がする。

まあ、エレナが楽しそうなのでよしとしよう。


「だから、さ。今は、絶対にラグナを見捨てない、裏切らない女が3人いるってことだけ覚えててくれたらいいよ。いい家族になれるか、なんてのは、これから試せばいいじゃん。だってまだ私達、出会って数日だよ?」


にこにこと笑いながら俺の頬をつついてくるリエル。


「出会って数日で3人と婚姻しているという異常事態を思い知る時点でフォローとして成立してないフォローはNG」


つい、転生者的痛々しい発言を返してしまう。

どうやら俺は相当余裕を失っているらしい。


「にはは。そうそう。そうやって、肩の力を抜いたラグナを見せてよ。私だって、血だらけになっても絶対にドレイクロードから逃げなかったラグナに一目ぼれしたっきり、ラグナのことはほとんど知らないんだから」


それだけで、とは、もう聞けなかった。


そして、セレスが俺の前まで歩み寄り、微笑みを向けてくる。


「だから、お父様からの罰も、次からは一緒に受けてくださいね、ラグナ?」


さっき、エレナが愛を実感したと言った言葉と同じ言葉。

それが、セレスによる愛のアピールだということは、はっきりわかった。

セレスは俺の察しの悪さを知っている。

だから、俺でもわかるように、伝え方を選んでくれている。


俺は、セレスを抱きしめた。


「ありがとう、セレス…」


気づけば流していた涙を、セレスにだけは見られたくなかったのだ。

どうしてか、セレスにだけは。


「しょうがないですね、ラグナは」


慈母のような優しさで抱き返してくるセレスに縋り、俺はしばらく泣き続けた。

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