第32話:王の威厳

どうもみなさんこんにちは。

異世界転生者です。


陛下が本気で恐いです。



ヴァレテルンを制圧したその日の夕方、俺たちは王城に呼び出された。


陛下の時間を頂けるまでに、最低でも1週間は待つことになると思っていたが、陛下もこの件で事態の収束が近づいているというアピールを急ぐ必要があるのかもしれない。


それとも、別の理由だろうか。



急いで王城に転移すると、待ち構えていた侍従たちの手によってすぐに謁見の間に連行される。


すでに数多の貴族が整列している謁見の間の中央、玉座に続く絨毯が引かれているところを通るように指示され、俺たちは玉座の前まで進み、拝跪した。


「急な呼び出しにも拘らず、この場に集まってくれた皆の者に感謝する」


俺たちがあるべき位置についたことを確認してから、陛下はまず、形式的な挨拶から始めた。


「ラグナ・アウリオンよ、此度の働き、実に見事である。蛮族を手引きした逆賊スディニ・ヴラギティール・モロヴァレイ及びヴァイコック・ドナノ・ヴァレテルンの捕縛、フィンブルを襲ったドレイクロードの討伐、そして、ヴァレテルンを占領していたラミアクイーンを含む大量の蛮族を殲滅し、見事ヴァレテルンを解放した功績、褒めてつかわす」


「ははぁ!」


こうして並べられると、俺、成人してすぐで、なんかわけわからない武勲上げてるな。

2人の逆賊を捕縛したのは俺ではないのだが、いや、兵士に捕縛されろといって蹴り倒した時点で捕縛判定なのか?


それをさておいても、その手柄はすべて内紛であげたものという事実が、なんとも虚しい。


「配下、いや、仲間にも恵まれたようだな」


俺の後ろに連なる仲間を見て、陛下は確かに、慈愛を含んだ声で彼らのことを仲間と呼んだ。

俺は、それを心底嬉しく思う。

貴族と平民だから彼らは俺の配下、などという決めつけではなく、恐らく父上から聞いた俺と彼らの関係を考慮して、そう言いかえてくれた陛下の心遣いが、胸の中に温かいものをもたらしてくれる。


元より俺には為政者たる資格はなく、名を伏せて平民ラグナとして生きていくつもりだった。


国難によってそうできなくなったが、それでも、陛下が俺の生き方を認めてくれたような気がする。


「ははぁ!」


嬉し涙がでそうなのをごまかすため、俺は大げさに低頭する。


「褒美をつかわす。此度の功績をたたえ…」


「お待ちください陛下!」


陛下が褒美の話をしかけたとき、人垣の中から一人の貴族が進み出た。


「ヴェツニエ、異議があるのか。申してみよ」


ヴェツニエ・ラクナイ・フシアーナ男爵。

何かと平民相手に偉ぶる下級貴族で、父親が侯爵だからお情けで村ひとつ分程度の領地を与えられ、その手腕を試されているが、40歳になってもその成果は芳しくないという、まあ、あまり尊敬に値しないやつだ。

冒険者になるという人生設計において、そういうところでの仕事を受けるとろくなことにならない、と、父上から教えられたブラックリストの中にあったので覚えている。


「こんな成人したての小僧が、陛下の号令に応えて集まった軍勢がモロヴァレイを制圧するより早く、たった数人の手勢でヴァレテルンを解放したなどありえません!何か不正をしているに違いない!さらには、こいつはかの汚らわしく忌まわしい魔人だという噂ではありませんか!そのようなものに褒美を与えるなど…」


「もうよい。下がれ」


ラクナイ男爵の言葉を、陛下は冷たく遮った。


「しかし陛下…」


「聞こえんのか!下がれと言ったのだ!」


「くっ…」


声を荒げた陛下に気圧され、ラクナイ男爵は列に戻った。


やはり、こうなったか。

幸い、雑魚男爵がしゃしゃり出てくれたことで多少陛下に有利な流れにはなっているが、やはり、俺が魔人であること、そして、ヴァレテルン制圧の方法に関しては、問題にならないほうがおかしい。

さて、陛下はどう動くか…。


「ラグナ、まずは魔神化して見せよ。本来は抜刀に準ずる行為だが、この場でそうすることを許す」


「は、はっ!」


落ち着いた様子の陛下の指示に俺はやや驚いたが、立ち上がり、魔神化する。

俺にとってはいつもの感覚である、魔力が内側から膨れ上がり、力が満ちる感覚と同時に、俺の目元の涙のような紋様が赤く光り、青い炎のようなオーラが俺の体を包んだ。


「見ての通り、ラグナは確かに魔人だ。それは余も承知しておる」


どよめく貴族。


「だからこそ!」


そのどよめきを鎮めるように、陛下は再度声を張り上げる。


「だからこそ、ラグナは成人の日に冒険者として出発しておったのだ。本来なら、その後忘れるころを見計らって、アウリオン家からラグナは抹消されておっただろう。そしてそれはラグナ自身も望んでおったことだ。そうだな?ラグナ」


「はっ。陛下のおっしゃる通りです」


陛下がそこまで知ってくれていたことに驚きながら、俺は低頭する。


「しかし、他ならぬ余が、国難への対応のために、若人の人生を、その静かな自己犠牲を踏みにじる決断をしたのだ。魔人の力を忌むべきとする事にも意味はあるが、今はその力こそが必要なのだと理解せよ」


それほどに俺を理解してくれている陛下をして、魔人の力を忌むべきとすることに意味があると言わしめるものは何か。

簡単だ。

魔人は魔神化によって得られる強大な力を、子供同士の喧嘩に使うことだって強盗に使うことだってできるのだ。

特に食糧が乏しい、貧しい村に生まれた魔人などは、幼少期に食べ物の奪い合いで殺人を経験し、それによって村を追われて冒険者となることも少なくない。そういう冒険者は、殺人慣れしていることから、盗賊の討伐などで生計を立てる傾向にある。

しかしそれは、数多の民にとっては、いつ自分に暴力が向けられるか分からない不安の種でしかない。

生活に困窮したら、殺人で糊口を凌ぐのではないかという疑念が払えない。

人は結局、最終的には自分自身以外の誰の味方でもないのだから。


俺はそれを分かっているから、分かるだけの教育を受けられたから、今こうしていられるだけだ。


そんな俺の思索をよそに、陛下は言葉を続ける。


「そして、ヴァレテルンを制圧した方法についても、詳細の報告を受けておる。ヴェートからの書状によれば、カイトなる青年とエレナなる少女が共同で行使した大規模の魔術に、ラグナが妖精の力を与えたということらしい。カイトとやら、エレナとやら、立つことを許す」


陛下の言葉に従い、俺の背後でカイトとエレナが立ち上がった。


「誰でもよい。人物鑑定の魔術を使える者はその3人が今日倒した蛮族の数を見てみるとよい。それ以外の魔術を行使した者は抜刀と同罪とするので、気を付けるように」


数人の貴族が魔術を使う気配の後、貴族の大半が平伏した。

陛下に少しでも疑心を持ったことを詫びる、ということなのだろう。


さすがに貴族より頭を高く上げている状態が気まずいのか、エレナ、続いてカイトが拝跪の姿勢に戻った。

俺も、魔神化を解いてそれに倣っておく。


ちなみに謁見の間での抜刀は即、死罪だ。


「どうやら、納得してもらえたようだな。だが、これだけでは遺恨が残ろう。ラグナよ、お前への褒美は、モロヴァレイの制圧後でも構わぬか」


「無論です」


「では、お前もモロヴァレイの制圧に参加せよ。フリーハンドを与える。誰よりも早く蛮族の首魁を討ち取って見せよ」


「ははぁ!」


陛下が用意していた落としどころは、実に見事だった。


「では、下がってよいぞ。ラグナは後で応接室に来るように」


そして、謁見は終わり…。



「ぬぁぁぁぁに勝手に側室を2人も増やしとるんじゃ!結婚から数日で!2人も!」


「いやもうほんと申し訳ありません義父上…」


俺は応接室で、夜更けまで陛下に関節技をかけられ続けた。

サブミッションこそ王者の技よ、などという電波が聞こえた気がする。

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