第30話:転生者は甘え下手
どうもみなさんこんにちは。
異世界転生者です。
妖精さんに怒られました。
ヴァレテルンへの電撃的な攻撃作戦の実行のため父上の執務室を後にし、関所に転移するために転移室に向かう途中、俺たちは赤髪の女性に呼び止められた。
「これから出撃かい?ちょうどよかったな」
そう言って駆け寄ってきたのは、鍛冶師メイコ。
その手には、武器を包んでいるのであろう、長さのある包み。
「もうできたのか」
ついそんなことを言ってしまう俺。
鍛冶のことは不勉強だが、いくらなんでも3日は早すぎはしないだろうか。
「いやー、図らずも弟に再会できたのがよほど嬉しかったのだろうな。作ってみたらすぐに会心のものが出来上がったものでな」
そう言って笑う鍛冶師メイコは、一番長い包みをブランドルに渡すと、それより一回り小さい包みをカイトに渡した。
「へっ、いい仕事しやがる。刀身の質は実地で確かめるとして、長さ重さは間違いなく完璧だ」
ブランドルは早速包みを解き、そのまま鞘から抜いた剣を見上げ、口元を緩める。
「無論、質も、曲がりなりにも名工の称号を持つ私が会心の出来だと認めるものだ。期待するといい」
「そりゃ楽しみだ」
重剣の鞘を腰の後ろの位置でベルトに固定し、そこに剣を納めて抜刀の感覚を確かめるブランドル。
こういうところのチェックも、さすが熟練冒険者と言ったところか
「カイトも開けてみてくれ。姉からの渾身のプレゼントだ」
うきうきした様子を隠さず、鍛冶師メイコがカイトに勧めると、やや面食らった様子のカイトはゆっくりと包みを開いた。
入っていたのは、カイトが使っているのによく似た、恐らく材質が良いバックラー。
その裏には、剣の鞘が2つ括りつけられており、剣の柄も見える。
つまり、盾一枚に見えて、実質的に盾と剣2本の3点セットだ。
「すまん、二刀流なのか盾と片手剣のスタイルなのか分からなくてな、両方作っちまった」
想像以上に弟に再会して舞い上がってるな、この姉。
「ありがとう、姉さん。全部使いこなしてみせるよ」
そして想像以上に姉大好きだな、この弟。
2本しかない手でどうやって使いこなす気だという話である。
まあ、少なくとも使い分けることは可能か。
そんなことを考えていると、鍛冶師メイコはこちらに目を向けた。
「そうだ、忘れていた」
そう言って、鍛冶師メイコは俺の前まで歩いてくる。
差し出してくるのは、何か衣類が入っていそうな感じの小さな袋。
袋を開くと中に入っていたのはベルト。
「ほら、究極変身ベルトだ。これを巻いて、最高に格好良くて強い自分をイメージしながら魔神化するといい」
なんか恥ずかしい名前をつけられた魔術兵装を手渡された俺は、一度魔術師装束を脱いで、下に履いているズボンのベルトと差し替える形で腰に巻いた。
幸い、バックルの部分がおもちゃめいた飾りになっているということもなく、外見上はただのベルトだったので、格闘戦の邪魔になるということもなさそうだ。
あとは、性能だが。
「やって、みるか…」
最高に格好良くて強い自分。
よくわからん。
ブランドルやカイト、カーティスの格好いいと思うところを挙げろと言われれば言えるが、じゃあそれをコピーして自分に貼り付けたらそれは格好いい自分と言えるのかと言われるとなんか違う気がする。
強い自分というのも、魔神化のフィジカル以上の何かをイメージするのが難しい。
しいて理解できるものがあるとすれば、ドレイクロードとの戦いのとき、天魔の仮面によって至った高み。
「こ、う、か?」
魔神化。
起こる外見の変化は、近くの窓に映る自分を見る限り、普段の魔神化と同じ。
天魔の仮面をつけたときと変わらない、普段よりは能力が上がった魔神化ではあるが。
「ふむ、まだ解放の余地はあるようだが、イメージが追い付かないようだな。まあ、これからもがんばれ」
鍛冶師メイコの様子を見るに、ベルトの力を使いこなせてはいないようだ。
まあ、いいだろう。
イメージとやらが固まったときに、改めて効果を確認することにすればいい。
「じゃあ、これで納品も完了だ。カイト、たまには遊びに来るんだぞ」
決戦前に最高の餞別を持ってきてくれた鍛冶師メイコは、用件を済ませると颯爽と去っていった。
…炎のような髪色に似合わず、風のような奴だ。
関所に転移した後、
「究極!魔人キック!」
叫ぶのはフィーリング。
なんかこれでうまいことベルトの効果が起動して足が強化されたりしないかなとか淡い期待を抱いてキックしてみたわけだが、特段そんなことは起こらない。
が、並の魔人をはるかに凌駕する魔神化から得られるフィジカルで繰り出される急降下キックは、それだけで十分に転移封じの塔を粉砕するだけの威力を持っている。
「カーティス!リエル!」
「任せろ!」「任せて!」
即座に降下してくる仲間のうち二人は、俺がそれ以上言う必要もなく、左右4本ずつ計8本のククリにシャープネス、サーキュラーブーメランの魔術を付与して投擲攻撃を開始。
完全にこちらの奇襲の形で始まった戦闘は、まずはこちらに有利な形で推移する。
あとは、このアドバンテージをどこまで持たせられるかだ。
「ブランドルは寄ってくる大物の対処、カイトとエレナは浄化魔術の準備開始、セレスは俺と来てくれ!」
普段なら、なんだかんだ信頼する相棒であるカイトと動き回る俺だが、今回ばかりはそうもいかない。
そうなると、ドレイクロード戦の前半を俺とともに持ちこたえてくれたセレスが次点になる。
ブランドルは単独で防衛を任せられる最強戦力なので殿堂入り的な意味で除外。
妻を最も危険な場所に引きずり回すのはどうなんだと思わなくもないが、戦場に出てまでそういう配慮をされるのは、逆に不快だろう。
そして俺は、敵感知の魔術で見つけた最大の反応のもとに、蛮族をなぎ倒しながら走る。
やがて辿り着いた、謁見の間にも似た即席の部屋にいたその敵は、下半身が蛇の女、ラミア。
恐らく上位種、ドレイクロードと同格だと仮定すると、ラミアクイーンか。
この分だと、モロヴァレイで指揮を執っているのは、オーガキングだろうか。
「たった数人で、ここまで来るとは見上げた者たちだのう」
ラミアクイーンは俺とセレスにそんな言葉をかけ、しかし油断なく身構えている。
「さて、随分と強い魔人のほか、人間離れした少女か。だが、わらわの軍勢を相手にするには、不足ではないかえ?」
お優しくも、こちらの力不足を指摘してくださるラミアクイーン。
だが、その指摘は事実だ。
この適地のど真ん中で、浄化魔術を使うためとはいえ、俺とセレスしかいない状態では、足止めすらままならないだろう。
だが、やらなければならない。
そうしなければ、浄化魔術の発動準備中にこいつが乱入してきて何もできずに撤退という結末になる。
「ああ、不足だとも。それでも、やるしかない時ってのはあるもんだ」
だから、まず認める。
こちらが不利だと。
俺の知らない切り札をセレスが持っていれば、その分だけましな状況にはなるのだろうが、俺の最大の切り札である妖精さんの力はあてにできない。
これだけ蛮族に穢された地では、妖精さんも心地よく暮らせないのだ。
「そうか。では気高き愚か者よ、死ぬがよい」
ラミアクイーンは自らが動くのではなく、手で手下に合図を送ることで開戦の狼煙とした。
「くっ、さすがにきついか…」
何十体かの蛮族を蹴り砕き、または斬り倒し、セレスと背中合わせにひと息ついて、しかし俺は舌打ちする。
俺たちは雑魚の蛮族を大量に倒したが、しかしラミアクイーンとの間合いを詰めることは一切できていない。
見事に阻まれているのだ。
そして、それは仮にラミアクイーンがカイトたちのもとに向かおうとした場合、止められないということを意味する。
移動に関するイニシアチブを完全に握られているのだ。
「でも、まだ大地を踏みしめる足と、剣を握る手、敵を見る目は残っています」
「そうだな、やれるだけやるしかない」
俺たちは僅かな言葉で励まし合うと、また襲いくる蛮族の群れを迎え撃った。
が。
「魔人さん!魔人さんはどこだぁぁぁぁぁ!」
ものすごい雄叫びをあげながら、凄まじい数の妖精さんが突っ込んできたことで、その機先を制された。
幸い、蛮族もその影響で俺たちに近づくことはできずにいるが、一体何なのだろうか。
圧倒的な数の暴力による壁ができたことで、今この瞬間は妖精さんと対話する時間もあるが。
妖精さんが俺に向ける感情は、どちらかと言えば怒りに近い。
ヤバイ。マジでヤバイ。
はっきり言ってこの状況で妖精さんが敵に回ったら死亡確定だ。
「ええと…」
どうやって懐柔したものかと頭を悩ませる俺に、妖精さんたちは口をそろえて詰め寄ってきた。
「「「「どうして僕たちを頼らない!水くさいぞ!」」」」
「アッハイ。スミマセンデシタ」
今回も協力する気満々でぷんぷんしている無数の妖精さんに、俺は白目をむいて頭を下げた。
これだけの妖精さんの力が借りられるなら、もはやラミアクイーンは放置でいい。
「一緒にこっちに来てください!セレスも、一旦転移封じの塔まで退く!」
「わー」「わー」「わぁぁーい」
「分かりました!」
俺たちはもはや数えるのも億劫な妖精さんたちを伴って、ラミアクイーンの玉座の間から全力疾走で逃亡した。
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