第29話:追放系主人公の機転
どうもみなさんこんにちは。
異世界転生者です。
追放系主人公の観察力に救われました。
父上に猶予をもらってから2日が経ち、その間に二つの村を解放した俺は、憂鬱な朝を迎えた。
見慣れた天井が朝日で徐々に明るくなってくるのが、どうにも辛い。
今日という一日が始まるのが、どうにもこうにも憂鬱だ。
原因は、分かり切っている。
ここ二日で救った二つの村が、父上の言う通りの恩知らずの無礼者ばかりだったのだ。
それ自体には語るべき詳細も特になく、カイトたちとの連携を洗練させながら、最初にヴァレテルン領に踏み入ったときの村と同じように村を救い、救った村人から石を投げられた、ただそれだけ。
別に石を投げられるのはなんということはない。
一般人の投石程度でダメージを受けるほど、魔人はやわではない。
それに、魔人への一般人の恐怖はそんなものだ。
ドレイクロードと戦っている俺を後ろから撃たなかったフィンブルの者たちが異常なだけだ。
フィンブルはその危険性から必要とされる機会も多い冒険者の地位が他領に比べて高く、冒険者に多く混じる魔人の地位も比較的まし、という事情もあるのだろうが。
だが、またか、と思うたびに、息苦しさや焦燥感にも似た痛みが胸を吹き抜けた。
このままでは、俺は多くの民を殺さなければならなくなる。
魔人の俺がそれをすることは、フィンブルで冒険者をしている魔人たちの未来に暗い影を落とさないだろうか、など、数多の不安が去来する。
どっちに転ぼうと、今日の夕方には、結論が出る。
ヴァレテルン領の民が、救うに値しないか、値するか。
そして、今時点での天秤は、”値しない”方に大きく傾いている。
もし、このまま天秤の傾きが変わらなければ、俺は、自ら宣言した通り、大魔術でヴァレテルン領都を更地にしなければならない。
そして、奇跡が起こらない限り、きっとその天秤の傾きは変わらない。
そう。奇跡だ。
どんなに絶望的な状況でも、伝説、伝承に謳われる英雄ならば、それを確実に手繰り寄せ、望む結末を導くだろう。
だが俺ごときに、はたして英雄たる資格があるものか。
そうなると、そこにあるのは、打開に奇跡が必要なほどの、絶望的な状況のみ、ということになる。
「殺したく、ねえなあ…」
つい、ベッドに寝転がったまま、泣き言を漏らしてしまう。
売国奴なら喜んで殺せる。
蛮族なら平然と殺せる。
俺の命を狙ってくる敵なら憎んで殺せる。
だが、何の罪もない民を殺すのは、やはり気が引ける。
「ラグナ…」
隣で寝ていたセレスが声をあげる。
どうやら、起こしてしまったようだ。
「セレス、おはよう」
「おはようございます、ラグナ」
可愛い嫁さんに心配はかけられない。
憂鬱な一日を、必死に乗り切るとしよう。
最後の村を救った俺は、やはり村人に石を投げられた。
魔人に助けられるくらいなら、蛮族に捕らえられ奴隷扱いされているほうがいいという考え方になるのがよく分からないが。
魔人への忌避感というのは、それほどに大きいのだろうか。
魔人である俺としては、ちょっとへこむ。
「ラグナくん、一つ試してもいいかい?」
もう虐殺を受け入れるしかない、とため息をついた俺の肩に、カイトが手をかける。
「ああ、好きにしてくれ」
投げやり気味に答えると、カイトは一つの魔術を行使した。
「…”エリア・ディスペル”!!」
村を丸ごと包める程度の範囲に、恐らくはカイトの全魔力を注ぎ込んだ解呪の魔術がその効力を及ぼす。
「…あ」
ふらつくカイトをブランドルが支えるのと同時に、俺に石を投げていた村人が目を見開き、そして、土下座してきた。
「すみません!助けていただいた方にこんな…!」
それは、冷静に考えれば予想できたはずの結果だった。
自分自身の命の危機にあってなお、それでも差別を優先できるような奴はそうそういない。
いくら魔人が忌避される種族と言っても、蛮族に強制労働させられ動けなくなったら生きたまま肉を削いで焼肉にされたり、慰み者にされて飽きられたら生きたまま肉を削いで焼肉にされたりする状況から助けられてすぐに、助けたやつに石を投げるというのはあまりに不自然すぎる。
それならば、何らかの精神汚染の可能性を疑うべきだった。
母上や姉上から向けられた憎悪の大きさに目をくらまされ、そんなことすら思いつかないほど卑屈になっていたとは、間抜けな話だ。
「お、おい、どういうことだよ」
「私が見抜けないほど巧妙に隠蔽された精神汚染…ラグナ殿、敵の強さの見積もりをさらに高めねばならないようだな」
困惑するブランドルを尻目に、状況を理解したらしいカーティスに俺は首肯を返す。
「カイトの大手柄だな、こいつは」
カーティスでも気づかないような魔術隠蔽ができる敵というのは正直考えたくないが、目の前にあるのが現実だ。
解呪は適切に機能した。
つまり、これは、敵が魔術によって村人の精神をある程度操っていたという事だ。
それも、助けられたらなんでもいいから難癖をつけて石を投げるような方向に。
となると、相手は、ヴァレテルン領の民が恩知らずの無礼者ばかりだとこちらに印象付けるのが目的だった可能性がある。
恩知らずの無礼者に救う価値無しと見定め、ヴァレテルンを更地にする。その結末こそが敵の狙いだとしたら、こちらが民を虐殺したという事実を作られた瞬間、敵の勝ちが確定する。
おそらく、その証拠をどうやってか掴み、精神汚染をからめた方法で革命に近いことを起こし、王家と王家に与する貴族を排除するのだろう。
そしてその後釜に座るのは、蛮族の傀儡になる貴族だ。
…よくできた筋書きだぜ。
「すぐに戻って父上に報告する。俺がヴァレテルンを大魔術で更地にすることそのものが敵の狙いかもしれない」
「間違いなくそうすべきだな」
ブランドルを皮切りに、全員が同意を示してくれた。
「ふむ、敵の狙いはこちらによる虐殺、か。私もそう思う。…私の読みを更に読みきられるとは、なんてやつだ…」
報告を受けた父上は、自分の判断が敵の思うつぼだったという状況に、深刻そうに眉根を寄せた。
そして父上は目を閉じ、数分間の沈思黙考にふける。
「ラグナ、不可知魔術と飛翔魔術を用いて、即座にヴァレテルン領都に奇襲をかけ、転移封じの塔を破壊せよ。成否は問わない。ただし、領都内に蛮族を確認できなかった場合は、可能な限りの情報を収集し帰投せよ」
長考の末、父上はここで切り札の一つを、転移封じの破壊のために使えと指示してきた。
「奇襲に成功した場合、神官の二人は、奇襲直後に浄化魔術を全魔力で使用後、転移で撤退、こちらで魔力を補充後、塔の位置に転移し再度浄化魔術を使用、これを繰り返す。残る5人は、塔の位置を死守せよ。ただし、決して死者は出すな。その危険を感じた場合には撤退を許可する」
父上の作戦内容は、はっきり言ってごり押しにもほどがあるものだった。
知者が相手だからこそ、読み合いを拒否して力押しに切り替えるという事か。
「よかったですね、ラグナ!」
セレスが俺の手を握ってくる。
民を殺したくないと吐いた弱音を聞いていたセレスにとって、俺が苦しまないこととやるべきことの一致は喜ばしいことだろう。
「みんな、すぐ出発できるか」
俺はすぐにも出撃するため、メンバーのコンディションを確認する。
「問題ないよ。できれば魔力回復薬をいくつか飲んでおきたいけど」
解呪の魔術を使ったばかりのカイトの意見はもっともだ。俺は収納魔術から数本の魔力回復薬を取り出し、カイトに渡した。
「俺はいける」
ブランドルは肩を回しながら頷く。
「私も問題ない」
カーティスも静かに頷いた。
「私も行けるよ!」
リエルも力こぶを作って見せてくる。
「…行けます」
何故かものすごい決意を秘めた目で答えるエレナには、若干不安を感じるが。
「よし、行こう」
とにかく今は行くしかない。
…決戦だ。
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