第28話:転生者の教育

どうもみなさんこんにちは。

異世界転生者です。


悲しいけど、俺は貴族なんだなと痛感しました。



俺たちの注文を受け付けた鍛冶師メイコが帰っていったあと、屋敷の庭には、俺にとってはすっかりいつもの出撃メンバーになった7人と、父上、それとメイドのシルヴィアの計9人が残った。


「ラグナ、殿下から状況は伺っているが、敵は手強いようだな」


おもむろに口を開いた父上の言葉は、戦況に関する確認。

俺たちが揃っている今、ちょうどいいということだろう。


「はい。大兵力での待ち伏せを、転移位置を読んで仕掛けてくる程度には手強い者が指揮を執っている模様です」


俺が状況を手短に伝えると、父上は鷹揚に首肯した。

少なくともその状況を犠牲者無しで生き残ったのは、誉れと言っていいだろう。


「うむ。そしておまえは見事、仲間と共にそれを切り抜けて戻ってきた。敵戦力もかなり削れただろう。それがうまく行った理由は分析できているか?」


父上の問いは、指揮官としての俺の資質を問うもの。

その意図は明白だ。

いずれ俺も貴族として屋敷や村程度の領地をもらい、人を使うようにならねばならない。

俺が望むと望まざるとにかかわらず、そうなる。

今回の戦いは俺への、貴族としてうまくやれるかどうかの試金石としては願ってもない機会なのだろう。


「こちらの戦力が敵の想定を上回っていたためです」


俺の答えに、父上は額にしわを寄せた。

どうやらダメな答えだったようだ。


「間違いではないが、最も重要な要因は、お前の機転で編み出した新たな戦術が、幸運にも圧倒的な殲滅力を持っていたということだ。もし、あの戦術が失敗していた場合、お前は撤退を選んだのではないか?」


父上の指摘は正しい。


「お前なら、撤退のタイミングを逃すことはしなかっただろうが、それでも、お前が勝てたのは、実力以上に幸運が味方していることを忘れるな」


「はい。肝に銘じます」


その訓戒を受け止め、俺は頭を下げた。


俺が頭を上げるのを待って、父上は尋ねてくる。


「さて、明日はどうなると読み、どう対策している?」


この問いは追試だ。

だからこそ、変にごまかさず、俺は今やっていることをそのまま答えることにした。

正直に答えるからこそ、それが合格にせよ、不合格にせよ、自分の正しい立ち位置が確認できるというものだ。


「敵が更なる戦力で待ち伏せすると読み、戦力増強を行っております」


父上は首を横に振った。


「不合格だ。我が息子ながら、どうしてこうも猪武者に育ったものか…」


どうやら、俺はまだ指揮官としては落第のようだ。

まあ、自分でも一介の魔術師、闘士に過ぎないという自覚はある。


さて、ここからは講義の時間だ。

待っている俺の様子を察してか、父上も丁寧に説明してくれる。


「私自身が、転移位置が読める敵で、かつ一度待ち伏せをして敗北したのなら、次は罠を張る。そうでなくとも、正面からやりあっても勝てないと分かったのだから、とにかく卑怯の限りを尽くす。ラグナ、お前の準備はその全てに対応可能か?」


卑怯の限りを尽くす。

その重さは大きい。

例えば、蛮族が捕らえた女性を木の板にはりつけて盾にしてきたような場合、間違いなく同じ女性であるセレス、リエル、エレナや、心優しいカイトは戦意喪失するだろうし、俺もちょっとは殺すのに躊躇する。

その躊躇が命取りになるくらいの攻撃力とセットにすれば、俺たちを仕留めることが可能になるわけだ。


「いえ。不十分です」


その答えに、父上はさもあらんとばかりに頷いた。


「うむ。それなら転移での侵攻は禁止だな。退却に転移を使うのは問題ないが。…となれば、如何する」


現在の方針を変えなければならなくなった以上、当然必要なのは代案だ。

本来は時間をかけて考えるものなのかもしれないが、今なら父上の添削が受けられる。

とにかく思いついたものを並べるしかない。


「一回きりの奇策ですが、不可知魔術と飛翔魔術での電撃作戦など」


父上は頷いた。これは悪くないらしい。


「悪くないな。それを切り札とするか、見せ札とするかは任せる。他には?」


「魔術爆弾を転移させ、待ち伏せの兵を殲滅するとか」


今度は父上は首を横に振った。


「悪くはないが、相手が同じ手を使ってくるという前提でのみ成立する作戦だ」


確かに俺は、手の内の読み合いなんぞという高等芸術には向かない。


「いっそ大魔術で領都周辺をごっそり更地に…」


そろそろネタ切れになってきた。


「うむ、現状では最も良い案だ」


まさかの、苦し紛れの案が一番良い案だったとは。


「生き残りを救助できなくなるという問題がありますが」


一応父上に確認してみるが、恐らく、もうそういう段階ではないのだろう。


父上は案の定、悔しさをにじませる暗い顔で天を見上げた。

陛下の厳命がなければ、父上も援軍を出したいところなのだろう。

しかし父上が語ったのは、その感情を省いた、シンプルな事実の要約。


「うむ、実はモロヴァレイも、蛮族のゲリラ的な奇襲が繰り返されていて、行軍が思わしくないという状況でな。このまま両方の領土で長期間手こずると、陛下のお立場が苦しくなってしまうのだ」


そしてそれは、俺に為すべきことを理解させる。

今は乱暴な方法であったとしても、どれほど犠牲を伴う方法であったとしても、ヴァレテルンかモロヴァレイのどちらかが速やかに制圧されたという実績を作らなければならない。

そして、それを可能とする手段は、俺の手の内にある。


今から準備してぶっ通しで儀式をやれば、明日の夜にはヴァレテルンを消し飛ばすに十分な妖精さんを集められる。

カーティスの助けを借りればもっと早くやれるだろう。


「まだ、民を虐殺する決心まではつけられません」


俺が自分の甘さを、未熟さを捨てられるのなら、という条件が付くわけだが。


泣き言をいう俺に失望したかのように父上は腕を組み、しばらく目を閉じたあと、尋ねてくる。


「では、こうしてみるのはどうだ?関所から徒歩ですぐ行ける範囲の村があと3つほどあったはずだ。その住人全てが先日報告を受けたような恩知らずの無礼者であったなら、生き残り全てに、救う価値無しと判断する」


父上の案は、一見優しく見えて、かなり厳しいものだった。

いくつかの村をサンプリングして、その結果をもって、全てを判断せよというもの。

結果など、見えている。


俺は石を投げつけられ追い回される、忌み嫌われる魔人。

魔人の俺を当たり前のように受け入れている仲間たちやセレスの方がおかしいのだ。


魔人であることを隠して救えるほどぬるい状況でもない以上、3日後には、俺はヴァレテルンを更地にしなければならない。


転生者的には気が引けるが、恐らく、甘ちゃんである俺に、為政者として必要な厳しさを覚えさせるための試練なのだろう。


それを理解した俺は、仲間に向き直り頭を下げた。


「すまん、俺の甘さのためにみんなの時間を3日使うことになりそうだ」


誰かが、俺の手を握った。

いや、誰かなんて確かめるまでもない。

俺にとって、今や最も大切な人だ。


「支配者は慕われるより恐れられるべきです。でも、その両方ができるなら、それに越したことはありません。一緒に頑張りましょう、ラグナ」


「ありがとう、セレス」


もう、劣等感すら感じない。

この尊敬すべき女性を伴侶に得られたことは、俺の誇りだ。


「大丈夫ですよ、ラグナ様ならきっとできます」


激励してくるシルヴィアの笑顔が眩しい。

魔人である俺を忌避する母上や姉上の代わりに、女親めいた役割をほぼすべて演じてくれたシルヴィアには頭が上がらない。


「君が甘い奴なのは僕も同意するけど、でも、その甘さがなければ、君は僕を拾ってくれなかったんじゃないかい?」


誇るべき相棒、カイトがそう言って苦笑する。

確かに、カイトを追放系主人公と認識した、などという、俺の転生者的な特殊極まる行動原理を理解することが難しい異世界人の目線では、俺がカイトを相棒に選んだのは甘さによる行動と見えるだろう。


「私も、精一杯支えますから」


服のすそを掴んでくるエレナと。


「私もー!」


飛びついてくるリエル。


何故好かれたのかすら理解できていない、気が付けば側室になっていた二人。

無意識に口説くようなことをやらかしていたということなら、きっとそれも俺の甘さだろう。


「まあ、お貴族様にも若造のころはあるって話だわな」

「若人の成長のため以上に有意義な時間の使い方もあるまい」


ブランドルやカーティスも、見守ってくれている。


俺は自分の掌を見下ろした。

既にこの手には、溢れるほどに多くの人の思いやりが注がれている。

ならば俺は必ず、その献身に報いなければならない。


「今日は夕食までの間、訓練の時間を取ろう」


俺はまず、今すぐできることから取りかかることにした。

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