第25話:転生者も鈍感

どうも皆さんこんにちは。

異世界転生者です。


もげるべきは俺の方だったかもしれません。



ヴァレテルン領の強行偵察を終えてフィンブルに戻った俺は、仲間のいるところに案内してもらおうと近くのメイドを呼び止めるなり、すぐ礼拝堂に行くよう促された。


かなり焦った様子のメイド達に、一体何があったのか、と心配しながら礼拝堂に入ると、俺と同じ装束に身を包んだ誰かが、祭壇の前で泣いていた。


「この恋を忘れさせてください…この悪を私の中から取り去ってください…」


俺と同じ服は、神官少女エレナに投資として差し出したもの。

そして、声も神官少女エレナのものだ。


ならば、泣いているのは神官少女エレナで確定。

だが、なぜ。


それを知るには、きっと、彼女が取り去ってくれと願った悪がなんなのかを知るべきなのだろう。


「その悪の名は、何ですか」


問いを口に上らせると、神官少女エレナはびくりと身を震わせた。

そして、振り返った神官少女エレナは、俺の胸に飛び込んできて、声をあげて泣いた。

その姿は、数時間はぐれていた迷子が親を見つけたときのようで。


「どうして…」


そして、神官少女エレナの言葉は、俺をなじるものだった。

不安がり、すぐ見つけてくれなかったことで親を責める小さい子供のような、共感も同情も容易な姿だ。


「どうして、一番助けて欲しい時に限って来ちゃうんですか!」


しかし、その罵倒の意味が分からない。

一番助けて欲しい時に限って俺が来たのが、なにかいけなかったらしい。


カイトでないからだろうか。

助けて欲しい時に来てくれるのは、やはり想い人であって欲しい乙女心だとすれば分からんでもない。


「すみません今すぐカイトを呼んできます」


礼拝堂を出ようと踵を返した俺だが。


「なんでカイトが出てくるのか分からないです」


なぜか急に冷静になったエレナに服の裾を掴まれた。

どうやら、なにか勘違いしていたようだ。


「一番助けて欲しい時に俺が来たのが、なにかまずかったんですよね」


「ええと、その、はい…」


エレナは気まずそうに首肯する。


「それは、カイトに来て欲しかったからですよね?」


次の確認には、エレナは首をかしげた。


「なんでカイトなんですか?」


まさか、そんなはずはあるまいが。

念のため確認しておく。


「エレナさんはカイトが好きなのでは?」


確認すると、神官少女エレナはギャン泣きした。


「ラグナくんですぅ!」


「俺ぇ!?」


どの辺が!?

好かれる要素も好かれてる素振りも1ミクロンたりとも心当たりがないんだが!?


「じゃあ悪って…」


横恋慕とかだろうか。

略奪婚は確かに悪徳だ。

俺が複数の妻を娶るような甲斐性もないことを加味すれば、俺をほしいと思うこと自体が確かに悪徳になってしまう。

この世界では一夫多妻は違法ではないが、実現するには正室の許可とかもろもろの問題がある。

何より面倒なのは、そんな人数で家庭を作って崩壊しないように維持する努力だ。

マジで俺にそんな甲斐性はない。


だが、俺の予想に反し、エレナは自分が着ている服を見下ろし、また目に涙を浮かべた。


「この服をもらって…正妻の王女様も持っていないお揃いだって、暗い優越感を覚えてしまったから…」


俺は全身から脂汗が噴き出すのを感じた。心なしか腹痛も感じる。

たしかにこれは、セレスに逆さ吊りにされても文句は言えない。

側室娶るとかめんどくせーとか言ってる場合ではない。

即死案件だ。


「メイドさーん!誰でも良いから今すぐセレスにも俺の魔術師装束仕立て直してあげてぇ!」


俺の悲鳴に応え、天井からメイドが1人、降ってくる。


「お任せください!そうおっしゃると思って、すでに用意がございます!」


降りてきたメイドは、そう言って既にサイズを補正され一回り小さくなった魔術師装束を広げて見せてきた。

そんな芸当(天井に潜む&先読みしてフォローしてくれる)ができるのは、俺にとっては半ば姉のようなメイドただ1人。


「ナイス!シルヴィア!」


シルヴィアのお陰で命拾いした。

冗談抜きで。

王家から嫁をもらっといて正室としてきちんと遇しなかったとかマジの斬首モンなのだ。


「相変わらず、こういうところはまだまだフォローが必要ですね、ラグナ様は♪」


めっ、ですよ、と人差し指をたててウインクしてくるシルヴィアに、俺は深々と頭を下げた。


「心の底からごめんなさい」


女性に揃いの装束を贈る意味も忘れ、戦力のみを求め、こうして悲しませ、侍従に命を救われている。

全く、なんと最低な、貴族の風上にもおけない男であることか。

いや、俺のことなんだけども。


ともあれ。


「とまあ、こういうわけで、その悪徳は俺の悪です。エレナさんに罪はないし、もしそれでも神が許してくださらなければ、俺がその罰を肩代わりしますよ。俺のせいだし」


そう言ったらまたエレナが俺にしがみついてギャン泣きした。


「何故ぇッ!?」


頭を抱えるしかない俺の姿は、さぞ滑稽だっただろう。


「やれやれ、ラグナ様が女心を理解するには、あと10年要りそうですね」


シルヴィアにも呆れられてしまった。


「何が、いけなかったのだろう…」


「何もかもです」


ぬるい、やや弛緩した空気が礼拝堂に流れた直後、勢いよくドアが開け放たれた。


「ラグナに呼ばれた気がして!」


入ってきたのはセレス。

地獄耳、という失礼きわまりない単語が脳裏をよぎる。


「はい。ラグナ様がやらかしました。お説教タイムをどうぞ。その後セレス様はこちらに着替えていただきます」


シルヴィアがあっさり俺を売った。

いや、これが一番ダメージが少ないと計算してのことかもしれないが。


「え、ラグナは何をやらかしたんですか?」


戸惑うセレスに、俺は正直に白状しながら自主的に正座する。


「…戦力のことしか頭になく、エレナさんにお揃いの服をプレゼントしてしまいました…」


セレスは頭を抱えた。


「ラグナらしいというかなんというか…」


そして、セレスは俺に詰め寄り、聞いてきた。


「それで、エレナさんの気持ちを受け入れる気はあるんですか?…ちなみに私は側室大歓迎ですよ」


できればセレス一筋で、と言い掛ける俺の機先を制してそう言ってくるのは、周辺事情は気にせず1人の男と女として向き合えと言うことだろう。


だが、悲しいほどに俺は神官少女エレナを知らない。


セレスがどんな女性か?多少は語れる。

カイトがどういう青年か?語れる。

ブランドルがどんな男か?語れる。

カーティスは、リエルは、少なくとも、冒険者としての明確な、固有と言えるだろう強みは知っている。

だが、エレナは。

専業神官という、それだけで十分価値がある役割ロールしか知らない。

それ以上の何も知らない。

カイトが好きなんだろうと思っていたがそれすらも読み違えだった今、俺がエレナについて語れることはないのだ。


「エレナさん、俺はあなたのことを何も知らない」


俺が最初に口に上らせた言葉は、きっと拒絶の前置きに聞こえたことだろう。

涙を必死でこらえるエレナの目を見て、俺は言葉を続けた。


「だから、教えてください。エレナさんのことを。何が好きとか嫌いとか、これまでどんなことがあったとか、そう言うことを聞いて、エレナさんのことを知りたい。今はそれしか言えない」


きっとこれは、最低最悪の情けない保留だ。

それでも。


「良くできましたラグナ」


セレスは俺の頭を撫でてきた。

きっとセレスは分かっているのだ。

俺が、戦力ばかりを考えてしまう愚か者なのだと。

この程度が精いっぱいの、情けない奴なのだと。


「さて、それではラグナは中庭に出て皆さんと合流してください。私もエレナさんと少し話したいので」


お説教がないお説教タイムが終わり、俺は礼拝堂から叩き出された。

後のフォローはセレスに任せて良いだろう。

俺は、言われたとおり中庭出ることにした。


「さて、あとは…」


かき集めた戦力と実行可能な戦術を確認し、明日の武運を祈って寝るだけだ。


…などと、甘く考えていたことを、俺は深く後悔した。

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