第24話:転生者のいない閑話
どうもみなさんこんにちは。
異世界転生者です。
今回、俺の出番ないです。
ラグナ・アウリオンから受け取った手紙を手に、冒険者協会の応接室に入ったブランドルは、テーブルに並べられた食事を前に舌なめずりする赤い髪の女性がくだんの鍛冶師であることを信じられなかった。
鍛冶師にしては、あまりにも線が細いのだ。
「やあ。君がブランドルか。せっかくだし、一緒に食べるかい?」
しかし、入ってきた金髪角刈りの男を”ブランドル”だと理解する初対面の人物は、少なくともブランドルという名前とその外見を誰かから聞いていることが確定する。
「いいのか?遠慮しねえぜ?」
ブランドルの答えに、女性はフフッと笑った。
「気持ちのいい答えだ。やはり、作品を預けるなら、遠慮なく食卓を囲める奴の方がいい」
「そうかい」
女性に手で促され、ブランドルはその対面につき、手近な肉を口に運んだ。
「素晴らしい筋力だね。剣の重さの基準は、今日持ってきている一番重いものでも足りなそうだ。お好きな剣はどんな剣かな?」
その動きを見て、鍛冶師の女性はブランドルの筋力を認めた。
単なる食事の動作のみで。
「とにかく威力だな。それと頑丈さ。それを追求すると重くなるが、そこは構わん。魔術的な加工ってのはあまり好かんが、俺向きのがあれば教えてくれ」
対するブランドルは気にした様子もなく、聞かれた剣の好みを答えるのみ。
「いいね。シンプルで。そして、真理でもある。後でこれとか、この剣を振って見せてくれ」
鍛冶師の女性はにこりと笑って、収納魔術にしまってあるいくつかの剣をブランドルに見せ、すぐにしまった。
応接室は剣を振れるような広さではないのだ。
「そこまでしてくれんのかい。名工ってのはずいぶん至れり尽くせりなんだな」
感嘆するブランドルに、鍛冶師の女性は芝居がかった仕草で額に手を当てた。
「おっと、申し遅れた。私はメイコ。確かに名工なんて呼ばれてるが、師匠に恵まれただけの小娘だよ」
そう言って会釈する女性に、ブランドルは目を丸くする。
「奇遇もあったもんだな。知り合いの姉があんたと同じ名前だ」
姉、という言葉に、鍛冶師メイコの眉がピクリと動いた。
「そうか。その人の名前はカイトで、髪は青色かな?」
急に真顔になった鍛冶師メイコに、ブランドルもまた真剣な表情で返す。
「何故知ってる」
その答えに十中八九の察しがついていながら、ブランドルはあえてそう訪ねた。
予想はあくまで予想にすぎないのだ。
その、ともすればすっとぼけているともとれるブランドルの態度に、鍛冶師メイコはプッと噴き出した。
「君の知り合いなんて知らないさ。私は生き別れの弟の名前と髪色を告げたにすぎない。彼とその姉の生まれはヴァレテルンかな?」
芝居がかった調子を取り戻した鍛冶師メイコに、ブランドルも肩の力を抜いてまた食事を口に運び始める。
「カイトは今も、あんたはヴァレテルンで娼婦やらされてると思ってる。…どういう手品だ?」
メイコも、食事を再開しながら応じる。
「簡単なことさ。娼館に売られたあと、何十人目か、何百人目かの客が私の師匠で、弟子として身請けされた。私には、見る人が見ればすぐ分かるくらいに、鍛冶の才能があったらしい」
明らかに食事中にするような話題ではないが、メイコはそれを気にする様子もない。
「そうか。運が良かったな」
そのあっけらかんとした態度に、ブランドルはそんな言葉しかかけられる言葉を見つけられなかった。
が、提案できることはあった。
「領主様の屋敷に行こうじゃねえか。今はとある依頼で、そこを拠点にしてるんだ。カイトもそこで寝泊まりしてる」
どうせ剣を振れる場所には行かなければならない。
ならば、領主屋敷の庭を借りるのだ。
「これで同名の別人だったら面白いよね」
生き別れの姉弟を引き合わせようというブランドルの気遣いを正しく理解し、しかしメイコはそれをぶち壊しにした。
「あんた、いい性格してるぜ」
ブランドルは肩を竦めながら、しかし口許を緩めた。
いい性格してる女は、昔から嫌いではないのだ。
義娘セレス・アウリオンからのヴァレテルン領での蛮族の待ち伏せの報告を受けたヴェート・アウリオン・フィンブルは、天井を仰いだあと、ベルを鳴らしてメイドを呼んだ。
「お茶の用意をしてくれ。これから庭に下りる」
「かしこまりました」
短いやり取りのあと、ヴェートはセレスを連れて庭に出る。
これほど疲れた嫁に報告を任せてほっつき歩いている息子に言いたいことはあったが、その嫁から語られた戦況から、息子が何をするかの予想がついたのだ。
そして、その予想が正しければ、息子は今、最大級に危険なことをしているだろう。
そして、その危険を冒す意味を無にしないためには、嫁をしっかりと休ませなければならない。
武人肌の息子にはまだ、婦人への気遣いというものは難しかろうが。
ここは父として、一肌脱ぐところだろう。
「ラグナの様子はどうですか。戦いに必死になりすぎて、妻をおろそかにするようなことをしていないとよいのですが」
セレスは少し考え込んでから、首を横に振った。
「ある面では、今がそうですね」
ヴェートは失笑し、メイドが注いでくれたお茶の香りを楽しむことで表情を取り繕う。
「確かにそうですね。私からも叱っておきましょう」
ヴェートの提案に、しかしセレスは首を横に振った。
「でも、私たちの関係はそれでいいんだと思います。民を守る義務を誇りに思い、必死に前に進もうとするラグナと肩を並べて、その隣で戦う今が、私は好きです」
その答えに、ヴェートは満足げに頷いた。
「そうですか。至らぬ息子ですが、これからもよろしくお願いいたします」
「はい」
そうして、義理の親子はしばしの茶会を楽しんだ。
魔術師協会から魔力水晶を仕入れて領主の屋敷に向かう途中、イケメンエルフ魔術師カーティスは薬学協会に立ち寄った。
カイトがまだいるかもしれないと考えたためだ。
「やっほー。カーティス」
なぜか、獣人少女リエルがカーティスを迎え入れた。
リエルも同じ考えだったのかもしれない。
「カイトはいるのか」
「んーとね、あっち」
カーティスがリエルの示した方向を見ると、仁王立ちした薬学協会の店員ミミーと冒険者協会の受付嬢の前に正座しているカイトが目に入った。
「もう!もう!もう!急に来なくなってすごく心配したんだからねっ!」
「いるなら顔を出すだけでもしてください!心配になります!」
などと、2人の女性から説教を受けるカイトの背中は困惑で満ちている。
領主からの依頼で、領主の屋敷に寝泊まりしながら隣の領地の蛮族を狩る仕事をしていることが伝わっていなかったというのは、カイトにとって意外なことだったらしい。
そんな重要な任務が末端にまで伝わるはずもない、と理解するには、カイトはまだ若すぎる。
そんなことより、よほど度しがたいのは。
「朴念仁だね」「朴念仁だな」
リエルとカーティスが顔を見合わせる。
カイトは薬学協会店員ミミーが自分に好意を持っているなどとは思っていないし、冒険者協会の受付嬢に至っては個体識別すらできていない。
その朴念仁ぐあいは、仲間であるカーティスやリエルをして、度しがたいものであった。
「ところで、武器は何を買ったんだ」
そんな筋金入りの朴念仁に恋する乙女2人を見ていられなくなったカーティスは、リエルに別の話題を振る。
「刃渡り長めのククリ8本。あの魔術使ってくれるなら刃渡りある方がいいかなーって」
リエルは呑気に見えて、見るべきところをきちんと見ている。
仲間の慧眼に感嘆したカーティスだが、続くリエルの問いには感動すら覚えた。
「カーティスもあの魔術は使えるの?」
「良いところに気づいたな。使えるとも」
ラグナとカーティスを比較したとき、魔術師としてはカーティスが上だが戦士としてはラグナが上、という相補の関係にある。
ただし、これほどに魔力の効率が良い範囲攻撃手段を編み出す機転は、カーティスにはない。
ここぞというときのために魔力を温存し戦士として戦うことも少なくなかったカーティスにとって、今回のラグナの発明は福音だ。
発明はできなくとも、模倣はできるのだから。
「是非ともラグナ殿には、こうした新たな戦法をたくさん編み出してもらいたいものだ」
「そだねー」
雑談も終わり、と言わんばかりにリエルが一歩、前に出る。
「そろそろカイトを助けてあげよ?」
「そうだな」
カーティスもまた、カイトに向かって一歩踏み出した。
屋敷のメイドに頼んでラグナ・アウリオンの魔術師装束を仕立て直してもらった神官少女エレナが着替えを終えたとき、すでに中庭にラグナとブランドルを除くパーティメンバーが揃っていた。
この屋敷の主である領主ヴェートの気さくさによって、茶会をともにすることを許されている様子だが、エレナはその中に入る気にはなれなかった。
「あの、この屋敷にも礼拝堂はありますよね?」
着替えさせてくれたメイドに案内をたのみ、エレナは礼拝堂で一心不乱に神に祈りを捧げた。
正義と裁きの神グラムスに懺悔するは、彼女自身が許せぬ彼女の悪。
横恋慕だけなら、彼女はこうも苦しまなかった。
正室の許しを得て側室になることは決して禁忌ではない。
しかし、正室のセレスすら持っていない、お揃いの服、という
「いっそ、忘れてしまいたい…!」
祈りながら、エレナは涙した。
泣きながら、全てを吐き出す。
追放されるカイトをかばえなかった自分に引き換え、颯爽とカイトを連れ出し、たった1日でカイトを頼もしい戦士に変えてしまった少年への憧れも、エレナが死を覚悟した強敵、オーガ三体に雄々しくも無手で挑み、見事に撃退の契機を掴んで見せた闘士に感じた頼もしさも、人々を守るために自らの正体を明かすことを厭わず、ドレイクロードに何度打ち倒されても立ち上がり続けた魔人への恋慕も、そんな少年に、短期間で相棒のように扱われている青髪の青年への嫉妬も、何もかも、忘れてしまいたい。
吐き出した懺悔は礼拝堂に静かに響き。
しかし、その懺悔を聞いていたのは、神だけではなかった。
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