第22話:転生者の妻と友
どうもみなさんこんにちは。
異世界転生者です。
可愛い妻とあてになる相棒、これ以上望むものはありません。
その夜、いくつかの質問の結果、俺が浮気などしていないということに納得したセレスは、しかし異常なほど寝つきが悪かった。
何度も寝返りを打っているようだが、寝息がたつ様子は全くない。
「眠れないのか、セレス」
同じベッドでごそごそ動かれるせいで眠れなくなった俺が尋ねると、一度セレスはびくりと体を震わせ、しがみついてきた。
「あの光景が頭から離れないのです。大切な人の子どもを授かるための行為を、あんな風に強いられるなんて…」
セレスはどうやら、あの村での光景がトラウマになっているようだ。
もしかしたら、昨夜も眠れなかったのかもしれない。
無理もない。
セレスはまだ13歳の少女なのだ。
だが、参ったな。
俺はこれからヴァレテルンの女衒街を歩き、カイトの姉を探さなければならない。
それは、既にセレスにトラウマを植え付けているあの光景を、何度も見なければならないということを意味する。
そうなると、セレスを置いていく口実が欲しいが、聡明なセレスをごまかせるような言い訳は、俺の頭では思いつかないだろう。
いや、今はそっちじゃない。
俺が考えるべきなのは、どうにかして、セレスを安心させられないか、だ。
俺は君が守る、とか言いたいところだが、残念ながら、そんな約束ができるほど俺は強くない。
今、俺が約束できることは、何か。
少し考えて、死に物狂いで絞り出せたのは、最低最悪の約束。
「最悪の場合でも、死に際に君を殺してやる。それだけは約束できる」
それが、俺に言える精一杯だった。
「これがほんとの、殺し文句、ですね…」
そう言って俺を抱きしめるセレスが泣いているのか、笑っているのか、暗闇の中では分からなかった。
こんな物騒な殺し文句があるものか、と自分でも思う。
それでも。
「ごめんな。女性の扱いには慣れていないんだ」
力を抜いて体を預けてくるセレスが少しでも安心してくれたらと願いながら、俺はその小さな体をそっと抱きしめた。
…この小さな体で俺より強いって、この世界の王族の人体構造はどうなってるんだろうか。
「今、ムードぶち壊しなこと考えましたよね」
セレスの勘の良さはなんなのだろうか。
王族には読心スキルが先天的に備わっているのだろうか。
「…すみません」
目をそらす俺の視線に回り込み、しばらく俺を睨んだセレスだが、諦めたようにため息をひとつつくと、
「頭を撫でてくれたら許してあげます」
そう言って、甘えるように抱きついてきた。
どんなに聡明でも、やはり彼女はまだまだ子供だ。
誰かが、安心させてやらなくてはならない。
そしてたぶん、その役割は俺のものなのだ。
「仰せの通りに」
それからしばらく頭を撫でていると、セレスはすぅすぅと寝息をたて始めた。
安心してくれたなら、嬉しいな。
セレスの寝顔をみていると、俺も大分眠気が戻ってきた。
「おやすみ、セレス」
聞こえていないと知りながらそう告げ、俺は目を閉じた。
翌朝、朝食を済ませてヴァレテルン領に転移すると、いきなり嫌な気配を感じた。
いや、そんな生易しいものではない。
死の予感すら伴う、危機感。
「ラグナ!」
ブランドルに警告されるまでもなく、俺は使える全ての強化魔術を仲間全員にばらまいた。
「まさかこっちの転移位置を読んでいたとはね…」
カイトが忌々しげに舌打ちする。
嫌な気配の正体は、蛮族の大群による待ち伏せだ。
「それだけの知恵がある上位個体が残っているという事だろう。厄介な…」
イケメンエルフ魔術師カーティスの懸念は正しい。
あのドレイクロードが首魁だと思っていたが、こうなると真打か後釜がいるのは間違いない。
こちらを領内で泳がせ、短期間で転移を使っていることを読み切り、転移位置まで完璧に予測して待ち伏せができるほどの、知恵者。
とんだ強敵もいたもんだ。
だが、それは今考えることではない。
「作戦は、とりあえずエレナを守りながら寄ってくる奴を倒すでいい?」
獣人少女リエルが確認してくる、今ここを生き残るための算段こそが、今すべきことだ。
回復は大切だ。そして、回復を最も得意とする神官少女エレナを守るのに最適なのは、確かに獣人少女リエルが神官少女エレナの近くにいて、寄ってくる奴を撃ち落とすことだ。
ならば。
「問題ない!カイト!俺と一緒に突っ込むぞ!ブランドル!防衛側の指揮は任せた!みんなはブランドルを中心にその場で耐久!」
俺は即座に魔神化を発動し、最も敵の圧力がある方向へ突撃した。
「死ぬ気かラグナくん!?」
「そんなつもりは毛頭ない!」
あいにく、ここは領都からもそこそこ離れ、近くに村もない荒地。
妖精さんも頼ろうにも、呼べる数はそう多くないだろうし、何より、のんびりコミュニケーションをとっている時間がない。
ゆえに、あてにできるのは己のフィジカルのみ。
「平和主義者クロー!かーらーのー…」
手近なゴブリンの頭を掴み、別のゴブリンの頭に叩きつける。
「人畜無害クラッシュ!」
こうすれば、一度に二体ぶっ殺せる。
ちょっとお得だ。
が、焼け石に水。
必要なのは、効率よく目の前の敵を処理する方法ではない。
もっと根本的に、敵の数を効率よく減らす手段だ。
「カイト!盾を思い切り敵に投げつけろ!」
「わ、分かった!」
カイトがフリスビーのように投げたバックラー。
そこに、魔術を重ねる。
”シャープネス”
本来は剣の威力を高める、鋭利さを増す魔術。
”サーキュラーブーメラン”
そして、投げたものが大周りの円軌道を描いて手元に戻る魔術。
「これで軌道上の敵は全部首スパだァ!ヴェハハハハハ!」
血しぶきをあげて飛翔する盾を見ながら近付く敵の首を引っこ抜き、その背骨を鞭代わりにぶんまわしつつ俺は爆笑する。
「魔術の使い方も戦い方も邪悪すぎるよラグナくん!?」
「次は剣だカイト!」
ドン引きするカイトに、俺はさらに剣を投げろと要求する。
先に盾を投げさせたのは、万一魔術が失敗しても剣が残っていれば敵を斬り殺すことだけはできるからだ。
「これやるならリエルを連れてくればよかったんじゃないかい!?」
言いながらも、カイトは剣を投擲する。
使う魔術は先程と同じ。
「リエルさんは防衛の要だ!そして俺の無茶に応えてくれるのはカイトくらいだろ!」
カイトの質問にもちゃんと答えておく。
カイトはそういう意味では、今のところ最高の相棒と言える。
さすがにセレスにこんな無茶苦茶はさせられないし。
「嬉しいこと言ってくれるね!盾もう一回行くよ!」
「任せろ!」
カイトの飛翔する剣と盾が、蛮族の群れを片っ端からなぎ倒した。
「これで最後か!」
カーティスが振るうメイスが、最後のレッサーオーガの脳天を砕く。
「お疲れさん」
肩で息をするカーティスに、ブランドルが労いの言葉をかける。
「疲れたよー」
途中から足元に石がなくなり、ゴブリンの死体とか棍棒とかぶん投げてた獣人少女リエルがその場に座り込む。
「この数は、さすがに堪えます…」
セレスも辛そうだ。
いや、13歳児がベテランの冒険者と並んで蛮族の大群をなぎ倒せていること自体がすでに異常なのだが。
「ラグナさんとカイトは元気そうですね…」
魔力を使い果たしたのか、杖に寄りかかって立つ神官少女エレナが俺とカイトを見るが。
「まあ、魔人だし」
「まあ、剣と盾投げてただけだし」
俺達はそっと目をそらした。
とにかく数を減らすのを優先したため、討ち漏らしの多くがレッサーオーガのようなやや手ごわい敵になってしまったのは間違いなく失策なのだ。
「うぅー、ラグナくん、おんぶしてください…」
手近だったからか、俺の服のすそを掴む神官少女エレナ。
カイトのところまで行く気力すらなかったらしい。
セレスに目をやると、背負えというジェスチャーが返ってきた。
嫁さん公認ならまあ、運ぶくらいはいいか。
むしろ、俺たちの討ち漏らしをきっちり処理してくれたみんなには感謝してもし足りない。
背負うくらいはお安い御用だ。
そして。
「とりあえず退却しよう。ヴァレテルンへの侵攻方針を見直さなければならない」
カイトの姉をさらなる危険にさらす行為だと理解しながら、俺は退却を宣言し。
「そうだね」
真っ先にカイトが同意した。
カイトは優先順位を心得ている男だ。
仲間の命を危険にさらしてまで、生きているかどうかも分からない姉に拘泥するようなことはなかった。
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