第21話:追放系主人公の覚悟
どうもみなさんこんにちは。
異世界転生者です。
追放系主人公が覚悟ガンギマっててちょっと恐いです。
一日ずっと歩いただけで特に何事もなく屋敷に戻った俺たちは、とりあえず風呂に入ることにした。
この後夕食を済ませてとっとと寝る。今日の予定はそれだけだ。
7人中3人が寝不足の今日、敵に遭遇しなかったのは僥倖だ。
この進軍ペースなら、明日か明後日には、領都周辺を防衛している蛮族に遭遇するだろう。
今日寝不足になるわけには、絶対に行かないのだ。
「寝不足で風呂に入るとそのまま眠りそうになるよね」
湯船に浸かったカイトが縁起でもないことを言い出す。
「溺死するぞ」
言いながら、俺も湯の温かさに導かれた眠気に、つい欠伸を漏らしてしまう。
「そいつは勘弁だな、だが…おぉあー…気持ちはわかる」
「おっさんくさいぞブランドル、まだそんな年でもないだろう」
ブランドルもくつろいだ声を漏らし、唯一寝不足でないカーティスも、やはり一日歩き詰めだったからか、何処か気が抜けているように見える。
「そういや、カイト、ヴァレテルンの街に行くのは、平気か?」
おぉあー、という息を漏らしつつ、天井を見上げたブランドルの質問の意味を、俺は理解できなかった。
カイトは、何かあの街に思うところがあるのだろうか。
「割り切ったつもりでは、いるよ」
カイトはそう言いながら、俯いた。
強がっているのは明らかだが、踏み込んで聞いてもいいものだろうか。
「…ラグナに話してやれよ」
俺が気にしているのを察してか、ブランドルがそう促す。
「そうだね」
カイトはブランドルに頷いた後、また俯いた。
俯いたまま話すような、気が滅入る話らしい。
「僕は、もともとヴァレテルンの街に住んでいたんだ。数年前に姉さんが領主に誘拐されたときに口封じに殺されかけて、なんとかフィンブルまで逃げて、ブランドルに拾われて今日まで冒険者として生きてきたけど、もしかしたら姉さんが今もあの街で酷い目に合っているかもしれないと思うと、ちょっとね」
無理やり笑顔を浮かべるカイトの話は、途方もなく気が滅入るものだった。
ヴァイコック・ドナノ・ヴァレテルン伯爵が気に入った平民の少女を誘拐して、散々もてあそんだ挙句娼館に売り飛ばす外道だという噂は聞いたことがあるが、こうしてその実例を耳にするのは、こちらまで気が滅入る。
「現実を受け入れる覚悟は、できているつもりだよ」
そう締めくくったカイトの声は、暗く沈んでいた。
カイトの言葉が真実なら、恐らくカイトの姉は娼館に売られているだろう。
ドナノ伯爵の悪名を考えれば、一人の女を数年囲い込むということはまず考えられない。
一人の女に数年執着できるなら、証拠隠滅を丁寧にやれる程度の件数しか誘拐の必要もなく、すなわち悪名が広まることもあり得ないのだ。
いや、特に気に入った女は囲い込んで、そこまで執着できなかった者を娼館に売りながら囲う女を増やし続けているという、さらなる外道である可能性も考えられるか。
前者の前提で考えると、カイトの姉を助けるのはきっと無理だろう。
どこの街にも、それこそ、このフィンブルにもあるような裏通りの娼館が、蛮族の襲撃にあたってどのような目に合うかは、想像に難くない。
そして後者の前提である場合、ヴァイコック・ドナノ・ヴァレテルン伯爵の子供を産み育てている可能性がある。
こちらの場合、蛮族に捕らえられるよりはましな状況であるとは言えるが。
仮にそうであったとしても、ろくな状況ではないのは違いない。
最悪、俺は母親の目の前で子供を殺さなければならない。
ヴァイコック・ドナノ・ヴァレテルン伯爵の血脈を残すわけにはいかないのだ。
冷静、いや、冷酷な理性の計算を、感情が押し留める。
そんな残酷な事実を口にしたところで、カイトの救いにはならない。
ならば、如何する。
どうすれば、カイトの無念を晴らせる?
心当たりは、一つだけあった。
俺は無言で立ち上がった。
「…ラグナくん?」
不思議そうにこちらを見るカイト。
「ヴァイコック・ドナノ・ヴァレテルン伯爵の処刑執行人をカイトにできないか父上に掛け合ってみる」
それを聞いたカイトは立ち上がり、湯船から出ようとする俺の肩を掴んで座らせた。
「ありがとう、僕のために怒ってくれて。だけど、それはしちゃいけないことだと思う」
穏やかさを取り戻したカイトの言葉で、いつの間にか自分が怒っていたことに気づかされる。
「…すまん」
カイトの言う通り、これは、やってはいけないことだ。
”えこひいき”というやつだ。
個人的な事情でヴァイコック・ドナノ・ヴァレテルン伯爵の首を斬りたいやつは、カイト以外にも山ほどいる。
それを、俺の一存でカイトにするということは、許されてはならない。
程度の差はあるが、それはヴァイコック・ドナノ・ヴァレテルン伯爵が私欲のために平民の少女を誘拐したのと本質的には変わらない、権力の濫用だ。
権力とは、国家全体に奉仕する義務の実行のために、貴族に預けられている権限に過ぎない。それを自らの感情のために使用するのは、論外だ。
「いいんだ。それより、もし姉さんが生きていたら、姉さんに、選択のチャンスをあげてほしいんだ」
覚悟をたたえた目で、カイトは一つ、深呼吸をし、そして、カイトにとっても残酷な覚悟を口にした。
「子供を殺してでも生き延びたいか、僕の手で殺すか」
その意味が分からない俺ではない。
つい先ほど自分で考えたことだ。
だが、カイトがそれを理解していることは、あまりにも予想外だった。
「カイト、お前は…」
「最悪の可能性も、覚悟しているつもりだよ」
俺を遮って、驚くほど優しい声で言ったカイトに、もはやかけるべき言葉が見つからなかった。
風呂から上がると、父上が大好物のフライドポテトと焼き鳥をつまみながらビールを流し込んでいた。
転生者的感覚では、酒クズ極まる姿だが、この世界では違う。
以前ブランドルがクリームシチューをバランスのとれた食事と称したように、この世界では地水火風の4属性をバランスよく摂取するのがよいとされている。
その観点で見ると、土属性のジャガイモに土&風属性ただし風属性強めの小麦をまぶし、土&水属性ただし水属性強めの油で揚げた(加熱によって火属性を補強した)フライドポテトは単体でやや土に偏るものの全ての属性を摂取できる健康食だ。
そして、土以外の属性を補う食事という観点で焼き鳥とビールを見ると。
飲料という時点でほぼ水属性、さらに原料も風属性強めの麦であるビールは風と水、鳥類の肉は風属性とされるのでそれを焼けば風と火、と、見事に土以外の属性を補うことができる。
つまりこの、転生者的感覚ではジャンクな酒クズセットにしか見えないメニューは、この世界ではバランスが完璧に取れた素晴らしい美食なのだ。
「長風呂だったな。さあ、お前達も食べるんだ」
父上の指示を受け、メイドたちが俺たちの分の食事を運んできてくれる。
メニューは父上と同じ、焼き鳥とフライドポテトに、ビール。
酒が苦手な俺には、ビールではなく果実ジュースが配膳される。
そして、皿に乗っているものも、少し違った。
「ラグナ様はフライドポテトが苦手でいらっしゃいましたから、ザワークラウトもつけております。でも、このお皿にある分のフライドポテトはちゃんと食べてくださいね?」
「ありがとう、シルヴィア」
母親か姉のような距離感の、子供のころから世話になっているメイドの気配りに、俺は感謝した。
…この世界では、俺の方が偏食家だったりする。
「ラグナくん、15歳なのに好き嫌いがあるんだね」
カイトがビールを呷り、フライドポテトをつまみながら、からかうように言ってくる。
「ああ、恥ずかしいことにな」
俺はフライドポテトとザワークラウトを口に運ぶ。
別に嫌いではないんだ、うん。
むしろうまい。
ただ、それはそれとして芋と肉があったら菜っ葉も食いたくなるのだ。
転生者的な意味で。
「だが、妙な好き嫌いだな。普通は安い菜っ葉の方が嫌いで、高いイモの方が好きなもんだろ」
ブランドルが首を傾げ、まあいいかとばかりに焼き鳥をかじった。
「ふふっ、冒険ではとても頼りになるラグナくんにも、そんな可愛いところがあるんですね」
神官少女エレナが笑う。
子供好きなのだろうか。カイトとくっついた後はきっといい母親になることだろう。
「むむっ、何かラグナが的外れなことを考えている気がします!」
「…セレス?」
セレスって、こんな電波系少女だったっけ。
「あー、ちょっとわかるかも」
リエルまで!?
まあ、確かに俺の食事へのこだわりは、この世界の栄養学的には的外れか。
なお、その後自室で寝ようとしたら、当たり前のように同じベッドに寝ているセレスに、昨晩誰とどこにいたかを問い詰められた。
昼間に浮気を疑うようなことを言っていたのは、結局夜通し自室に戻らなかったせいらしい。
つまり父上のせいである。
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