第20話:転生者はレベリングがお好き

どうもみなさんこんにちは。

異世界転生者です。


修行するぞ修行するぞ修行するぞ。



ブランドルとカイトの和解を見届けた俺たちは、さらにヴァレテルン領を進む。


地図通りなら、寄り道できる村はいくつかあったが、誰も、村を救おうとは言いださなかった。

昨日は誰が言い出すでもなく、自然と村に足が向いていたことを思えば、おそらく、助けた村人に石を投げられた俺への配慮と考えるのが妥当だろう。


俺は気にしていないのだが…いや、気にしなかったら気にしなかったでまた父上に説教されかねないから気にするべきなのだろうが。


とはいえ、会ったことがない者達を恩知らずと決めつけて見捨てるのも気が引ける。

それと同じくらい、仲間の気遣いを無にするのも気が引けるわけだが。


こうなると、一刻も早く領都を制圧することが、もっとも多くの民を救う方法だと自分に言い聞かせるしかない。

俺は異世界転生者ではあるが、神のごとき力を与えられたチートキャラではないのだ。

魔神化せずに、時間をかけずに全ての村を救う、などという無限の高望みはできない。


己にできることの限界は、認めなければならない。


「俺にできることか…」


自分にできることがどこまでか考えてみるが、実はそんなに多くなかったりする。


まず、魔神化によるフィジカルのごり押しを考えないなら、俺は、広義には俺と同じ魔術戦士の分類になるカイト、カーティス、セレスに劣る。

軽装でありながら、回復魔術を使いきればレッサーオーガを単独で止められるカイト、明らかに高位の魔術師でありながら節約戦闘しようとするとメイスでカイト並みに蛮族を蹴散らしはじめるカーティス、そして魔神化した俺に迫る戦力のセレスに魔神化なしで並ぶには、想像を絶する鍛練を武術、魔術共に継続しなければならないだろう。


さすがに接近戦の心得がないエレナに接近戦で、魔術の心得がないブランドルに魔術では負けないだろうし、その両方の心得がないリエルにもその分野では勝てるが、それはなんの自慢にもならない。

むしろその三人は一芸を極める方針なので得意分野では俺など足元にも及ばないし、そんな三人に苦手分野で勝ったからなんだという話にしかならない。


ともあれ、こうして比較してみると、俺が持つアドバンテージは何か、明確になってくる。

まずは、魔神化によるフィジカルのごり押し。

そして、妖精さんの気分によるが、うまく行けばそれだけで戦局を変えられる妖精魔術。


このうち、妖精魔術は妖精さんの気分に依存しまくるので、運が良ければ楽に勝てる時がたまに生まれるという程度で、困ったときに必ず頼れる切り札にはなりえない。


そうなると、平均的な魔人よりはるかに能力強化幅が大きい魔神化くらいしか、いざというときに頼れる俺固有の強みは残らない。

その魔神化を生かすには、魔神化で増強される身体能力と魔力をいかにうまく使うか、この一点に尽きる。


言い換えれば、魔神化なしでもセレス並みに戦える魔術戦士となり、そこに魔神化を乗せるというのが、ゲーム的に表現するなら、ラグナ・アウリオンというキャラクターの運用、育成方針ということになる。


そうなると、必要なのは修行だ。

カイトに必要なのは精神的な成長だったが、俺に必要なのは能力的な成長というわけだ。

ブランドルに夜通し食らいつく主人公ムーブをするほど熱くはなれないが、やれる限りのことはやるべきだろう。


「カーティス、魔術について修行をつけてくれないか。できれば道中歩きながらできるやつで」


唐突な俺の頼みに、イケメンエルフ魔術師カーティスは腕を組んで少し考え込んだ。


「敵地でやることでもない気がするが、そうだな。無害な魔術を地水火風の全属性について垂れ流すのが、経験則上、もっとも近道だ」


魔術垂れ流しか。確かにそれは有効だ。歩く時間全てが修行になる。


「ありがとう。やってみる」


早速、地水火風の4属性に対応する強化系の魔術を仲間全員に向けて、連続してかけ続ける。

神官魔術にも同じように応用が利くと思われるので、ヴァルタギアス神官としての魔術も上乗せだ。

これだけの強化特盛状態となると、ゲームならボス戦前の戦闘準備くらいでしかやらないだろうが、逆に言えば、そういうことをするときに匹敵するペースで経験値を獲得できる。


「そんなペースで魔術を使ってはすぐに…いやすまない。ラグナ殿の魔力量なら問題ないか」


俺を制止しかけたカーティスの言葉を素直に解釈するなら、おそらくカーティスが想定していたのはもっと低位の、マッチくらいの火を起こしたり飲み水をちょろちょろ出したりするレベルの魔術だったのだろう。


そして、カーティスの言葉の後半が意味するのは、俺が気づいていなかったもうひとつのアドバンテージだ。

カイトとともにラミアを倒したときはすぐに魔力切れを起こした記憶があるが、成長期という奴だろうか。それとも、ドレイクロード戦で、天魔の仮面をつけて一時的にとはいえ魔神化の高みを認識したことが原因だろうか。

原因がどうあれ、魔力量の多さは、魔術師の継戦能力そのもの。これを生かさない手はない。


さて、一旦、魔術の修行方針は固まった。次は武術だが、こっちは歩きながらというのは難しい。加えて、この場に無手の戦闘のエキスパートはいない。


となると、やれることは大分限られてくる。


俺は強化魔術を垂れ流しながら、獣人少女リエルのもとに向かった。


「リエル、隙をついて俺に石を投げつけてほしい。不意打ちを回避する訓練がしたい」


行軍しながらの魔術の垂れ流し修行と並行しても、少なくとも回避の訓練はできる。


「いいけど、急にどしたの?」


リエルは心配そうにこちらを覗き込んでくる。

そういえば、リエルは投石でゴブリンの頭を水風船のように粉砕できる凄腕投擲手だったな。頼む相手を間違えたかもしれない。


「俺は、運が良ければ妖精さん頼み、そうでなきゃ魔神化頼みの戦いしかできないから。それが理由で足手まといになるのは避けたいんだ。石がダメなら他の方法でもいい」


石投げの手加減が難しいなら水風船とかでも別に構わないのだ。

とにかく、鍛練になりさえすれば。


「そっか。石は危ないから、不意打ちで後ろから抱きつくね。うまく避けないとお嫁さんが怒っちゃうよ?」


納得した様子のリエルは、そう言っていたずらっぽく笑った。

婚姻の貞節問題を考えるなら断るべきなのだろうが、貞節のためにも死に物狂いで修行できると考えよう。

ハイリスクハイリターンというやつだ。


「それは怖いな。頑張るよ」


「にはは。頑張る男の子って好きだぞ♪」


リエルは楽しげに、しかしどこか寂しげに笑った。


「ラグナ…もう少し女心というものを勉強すべきだと思います」


普段より冷たいセレスの声に振り替えると、笑顔なのにすさまじく怖い表情のセレスが顔を近づけてきた。

圧が凄い。もしかしたら父上以上かもしれん。


「すみません浮気するつもりはないんです。リスクが伴う方が修行に身が入るかと思っただけで…」


弁解する俺にはため息だけを返し、セレスはリエルに肩を寄せた。


「リエル様、私は、側室が増えることは喜ばしいと思っています。ぶっちゃけ10人以上欲しいです」


セレス急になに言い出すの!?


「ですから、協力は惜しみませんよ。あなたにも、エレナさんにも」


修行にセレスも協力するの!?

魔術で気配消されたらさすがに分が悪すぎるんですけど!?

あとエレナも共謀するってさらっと言ってるけど何やる気だ!?


「おいカイト、お前が夜通し剣術修行やるとか言うからラグナが変な影響受けてる上になんか変な空気になってんじゃねえか。どうすんだよ」


ブランドルがカイトの襟首を掴む。

が、カイトはそれを気にした様子もなく、神官少女エレナに一度目を向け、笑った。


「でも、回復はエレナがいてくれるから、安全なうちは僕も魔術垂れ流し修行やってみたいかも」


まーたフラグ建築に余念がないよこの追放系主人公は。

もげろ。(純度100%の嫉妬)


「ラグナさん、神官としての一般的な部分でしたら、私からお伝えできることもあるかと思いますよ」


カイトとフラグ立ってるはずなのにそう申し出てくれるエレナには頭が上がらない。


「ありがとうございます。お世話になりっぱなしですね」


「気にしないでください。私なりに下心あってのことですので」


不穏なこと言うのやめてくれないかな。

まあ、エレナのことだから、あとでカイトとの仲を取り持ってほしい、くらいの『下心』だろう。

そのくらいはお安い御用である。

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