第19話:追放系主人公の成長

どうもみなさんこんにちは。

異世界転生者です。


追放系主人公の王道っぷりがちょっと妬ましいです。



夜明け前、ようやく父上の説教から解放された俺は、仮眠を取ろうと自室に向かう途中、激しく木剣がぶつかり合う音を耳にした。


…朝っぱらから精が出る近衛もいたもんだ。寝るのは労ってからにするか。


「お疲れ様です。精が出ますね」


そんな声をかけながら庭に出ると、目に入ったのは近衛ではなかった。


「ラグナか。交代してくれ。カイトの野郎一晩中くらいついてきやがるんだ」


そこにいたのは、疲労困憊した様子のブランドルと。


「頼むブランドル、もう一本!もう一本だけ!」


何度も地面に倒されたことを物語る土にまみれた全身のまま何度もブランドルに木剣で切りかかるカイト。


「もう聞き飽きたよそのもう一本!!!」


カイトはブランドルに一発で地面に倒され、そしてすぐに、何度でも立ち上がるという、あまりにも少年漫画の主人公じみたムーブで特訓を続ける。


どうやら、カイトがブランドルに頼んで稽古をつけてもらっていたら、なんかカイトのやる気が天元突破して一晩中続ける羽目になったという状況らしいが。


「2人とも今すぐ風呂に入って仮眠をとれ。俺もそうする」


俺は魔神化して2人にヘッドロックをかけ、風呂場に連行した。


飯食って風呂入って寝る。

これができないならどんなに気合で頑張っても成果は出ないのだ。

種族的に生存にはそれらを必要としない魔人の俺ですらそうなのだから、普通の人間であるカイトやブランドルについては、なおさらだ。




「…で、なんであんなことになってたんだ?」


数時間後、僅かな仮眠だけを取り、若干の寝不足を感じながらヴァレテルン領内を進撃する傍ら、俺はカイトとブランドルに水を向ける。


俺の問いに、最初に口を開いたのはカイト。


「夕食の後、僕がブランドルに頼んだんだ。鍛え直してくれって」


まあそうだろうという気はする。

問題は、何故それが翌朝まで続いたのか、だ。


「カイトの野郎、ドレイクロードを殺しきれなかったことやら、村の救助の時にお前ひとりを囮にしたことを気にしててな、俺から一本取るまでやめないって意地張りやがったんだよ」


ブランドルの応えに、俺はしゃがみこみたくなった。


「別に、ドレイクロードの時はちょっと押し込めば殺せるところまでは刺さったんだし、村の時も単なる役割分担だし、十分だろ」


そんなことを気にして寝不足になられたら、ちょっと困る。


「俺もそう言ったんだがな…」


眠気を吐き出そうとするかのようにため息をつきながら後頭部をがしがしとかくブランドル。


「十分なわけないだろ!ブランドルに追放されてから数日でそんなに一気に強くなれるもんか!」


急に、カイトが激昂した。

神官少女エレナや獣人少女リエルが目を見開いてこちらに目を向ける。

王族として場数を踏んできたセレスや、エルフの長い寿命によって人生経験が豊富なイケメン魔術師カーティスは落ち着いたものだが、逆に言えばそういう事情がなければ驚いてしまう程度には、その怒鳴り声は唐突だった。


「僕は神官としても戦士としても中途半端なままさ!はっきり言ってくれよ!僕が未熟だから僕の剣はドレイクに届かなかったし、村でも人探しくらいしか割り当てられなかったんだろう!」


俺とブランドルは顔を見合わせた。


なんだか情緒不安定な若者だなあという感想が脳裏をよぎる。

俺の精神の年齢は15歳+生前の年齢なので、若い肉体に引っ張られる部分はあれど、それなりに老いて、老いたなりの落ち着きのようなものを持っているが、カイトは見た目通りの若く不安定な精神を持っている。


ましてや、断片的に聞く限り、悪政をしく領主に何か、精神的外傷を負わされている様子でもある。


情緒不安定なのは、考えてみれば当然だ。


だが、問題はそこではない。

問題は、カイトの認識が根本的に間違っていることの方だ。


組んだ初日にはもう感じていた、カイトの判断と行動の遅さ。

ブランドルがかつてカイトに言った、お前は自立心が足りない、という言葉。


これらを踏まえるまでもなく、ある程度予想はついているが、カイトがブランドルのパーティから追われた理由は、技量の問題ではない。


「ブランドル、任せていいか」


俺は、カイトが抱える問題は俺ではなく、カイトを追放したブランドルにこそ、解消できる問題だと判断した。

そしてブランドルは頷き、カイトに向き直る。


「カイト、1日でも大きく成長できる部分ってのはあるんだ。少なくとも、オーガ三体との戦いのとき、俺はお前を見違えたよ」


ブランドルは努めて優しく言った。


「それまでのお前はよ、敵の前で棒立ちすることが多かったが、まさか手ぇ抜いてたわけじゃねえだろ?」


優しい口調ではあるが、問い自体は、少し厳しい言い回しだ。


「そんなわけないだろ!何をしなきゃいけないのかわからなくなって、頭が真っ白になって…」


抗弁するも、やはりそのころ役立たずだった自分を思い出すのはつらいのか、カイトの声はしりすぼみになっていく。

悔し涙を流すカイトの肩を軽く叩き、ブランドルは続けた。


「そうだ。神官戦士ってのは、目の前の敵とどつき合いながら、誰にどういう魔術で支援するか、それとも回復するかも考えなきゃいけねえ難しい役割だ。迷うのも仕方ねえこった」


でもな、と言いながら、ブランドルはカイトの両肩を掴み、正面からカイトの目を見た。


「一番やっちゃいけねえのは、迷いすぎて動きが止まることだ。それがあまりにも増えすぎて、お前を戦力として数えるわけにはいかなくなったから、俺はカーティスやリエル、エレナの命を預かるリーダーとして、お前を叩き出すことにしたわけだ」


「分かってるよ!だから僕だって…」


悔しそうに嗚咽を漏らすカイトの頭を、ブランドルは軽く撫でる。


「つまりだ、お前が仕事できない神官戦士だったのは、神官として戦士として強くないからじゃあない。そもそも動かない案山子だったからだ」


そして、カイトの頭から手を放し、カイトに背を向けてブランドルは空を見上げた。


「だがよ、お前は見違えるほど変わった。ラグナのおかげか、それとも、パーティから離れたのがよかったのかはわからねえけどよ。今はまだ実感が追い付いてねえだろうが、今くらい動けるなら、呼び戻したいくらいの実力派神官戦士だぜ?お前はよ」


振り返り、にかッと笑うブランドルを見て、カイトは、その場に泣き崩れた。


「まあ、なんだ。バカなことだと思いながらお前の訓練に一晩付き合ってたのも、的外れでもとにかく行動できるようになったお前の成長が嬉しかったからだ。…言わせんな照れくせえ」


嗚咽を漏らすカイトの背中をポンポンと叩くブランドルの姿は、何処か父性を感じさせた。


「…すまんエレナ、カイトを慰める役回りは頼んでいいか」


どうやら、お父さんの手に負えないときのお母さん役はエレナらしい。

いや、ブランドルには別に、想う女性がいたのだったな。


となると、亡き母の代わりに弟の面倒を見るお姉さんといったところか。


…寝不足のせいか、思考回路がおかしい。


俺は、今夜は早く寝ようと決意した。

くどいようだが、食事、風呂、睡眠をおろそかにするやつは成果を出せないのだ。

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