第18話:転生者は甘ちゃん

どうも皆さんこんにちは。

異世界転生者です。


そして、忌み嫌われる魔人です。



村の解放のための作戦は、もしこの村がまともな状態であったなら、迷惑以外のなんでもないレベルの破壊工作バイオテロと化した。


少数で、人命救助を優先するとなると、どうしてもそうなるのだ。


魔神化まで加味すれば最高戦力の俺が真正面から突っ込んで敵の注意を引き、単独ではもっとも対応力に優れるカイトが村中の家を調べて隠れている蛮族を仕留めつつ救助対象の位置を確認、連携に慣れたブランドルたちが村人を救出し、残るセレスが助け出された村人を護衛する。


シンプルかつ、急拵えにしてはなかなかに適材適所な作戦だが、強引な作戦でもある。

生き残った村人だけは救出できるものの、生活空間である村そのものが俺に虐殺された蛮族の血で染まり、家の中もよくてドアと家具の一部が破壊、悪ければカイトに斬られた蛮族の死体で汚れるという、今後の暮らしへの悪影響が懸念される。

上位種はもちろん、ゴブリンのような下位の蛮族も、体に穢れを持つため、血などの汚れがある場所で生活すると病気になったりするのだ。


それでも、こうするしかない。



「死ねや下等生物!」


俺はもう右足しかないレッサーオーガを棍棒代わりに、ゴブリンの脳天を粉砕する。


さすがにこの村を制圧していた蛮族の首魁だっただけはあって、レッサーオーガの骨格は頑丈だ。

村の敵の大半をミンチにする過程で腰から上と左足がどこかにちぎれとんだ今の状態でも、ゴブリンの頭蓋骨をたやすく砕く威力を見せてくれる。


こいつの死体を回収し、全身の骨を接合してメイスを作るのもいいかもしれない。

うまく作れたら、カーティスは使ってくれるだろうか。


「次はどいつだ!」


何十体かの蛮族を挽き肉にして、気づけばすっかり静かになった周りを見渡すと、目に入るのは、蛮族の挽き肉ばかり。


動くものが、ない。


俺の敵は、どこだ?


「ラグナくん、蛮族はもういない!敵感知の魔術にも反応ゼロだ!」


村の柵の外から叫んでくる青髪の青年がカイトであることを理解するのにさえ、俺は数秒を要した。


頭に血が上りすぎていたらしい。


「村人は?」


魔神化を解き、仲間に合流する。


「生きていたのはこんだけだ」


ブランドルが示したのは、怯える男数人と、放心状態の女数十人。


男は大半が助からない状態か、既に死んでいたようだ。

いや、この有り様では、女も助かったと表現していいものかどうか。


「体の傷は治せましたが、心の傷は…最低でも、時間が必要です…」


神官少女エレナが辛そうに目を伏せるのも無理はない。

それほどに、非人道的な光景だった。


「参ったな…彼らをどうすべきか…」


父上に土下座して衛兵を借り、この村を護衛してもらうか、屋敷に連れて帰って父上に土下座して保護をお願いするかの二択な訳だが。


どちらがより良い選択か。


どちらが、より傷の浅い失敗か。


この村に気づき、助けたいと思った時点で既に失敗だ。

俺達は一刻も早くヴァレテルン領都を制圧しなければならず、寄り道は避けるべきだった。

だというのに、怒りに流されてこのザマだ。


そんなことを考え込んでいると、頭に軽い衝撃を感じた。


そちらに目を向けると、一人の男が、他の者を守ろうとするかのように、木の棒と石を手に、立ち上がっていた。

どうやら俺は石を投げられたらしい。


「汚らわしい魔人どもめ!蛮族を倒して味方面しようったってそうは行かないぞ!お前たちも、村の女たちを手込めにする気なんだろう!」


粗末な武器で、勇敢に戦いを挑んでくる男。

何と勇敢な姿だろうか。

その目は、恐るべき魔物から愛すべき隣人や故郷を守ろうとする、勇者の目であった。


そして、わずかに生き残った男たちは、放心する女たちを守るために、その全員が立ち上がり、俺に石を投げ始めた。


そうだ。

父上や兄上、冒険者仲間はあまり気にしていないから忘れがちになるが、俺は汚らわしい魔人だったな。


母上や姉上と話さなくなって、何年もたつからつい忘れそうになるが。


この男たちが俺に向けている目こそ、本来俺が、魔人が向けられるべき眼差しだ。


だが、俺が男たちの勇気を肯定する前に、ブランドルが俺と男の間に割って入った。


「じゃあ、味方面するのはやめようぜ、ラグナ。骨折り損だったが、蛮族は狩ったし十分進んだ。こんな奴らほっといて、とっとと帰って飯にしようぜ」


珍しい。

あのブランドルが嫌味を言うとは。


「どうしたんだブランドル」


「どーしたもこーしたもあるか。俺はこういう奴らを見ると虫酸が走るんだよ。助けてもらっといてこんな言いぐさでよぉ。俺達に勝てるくらい強いんならどーぞ自分の力で村をお守りくださいってなもんだ。できもしねえくせによ!」


余程腹に据えかねているようだ。

初めて会った日、カイトに向けていた生半可な、もしくは作り物の怒りではない。

本物の、怨嗟がそこにはあった。


「ブランドルはね、こういう逆恨みと裏切りで、昔、神官戦士だった恋人を亡くしてるの」


獣人少女リエルが俺の袖を引いて教えてくれるが。


「リエル!余計なこと言うんじゃねえ!」


ブランドルはそれも制止した。

その気持ちは分かる。


誰しも傷に触れられるのは嫌なものだ。


それにしても神官戦士か。

カイトに不満を持ったのも、在りし日の恋人ならもっとうまくやれたかもしれない、といった感情があったのかもしれないな。


そのカイトは、リエルやエレナ、そしてセレスを守るかのように盾を構え、腰の剣の柄に手を掛けていた。


「正直、僕も同じ気持ちだよ。こんな恩知らずなら、残念だけど貴族が平民を虐げるのは当然だと思えてしまう。許したくなんてないのに…!」


俺は自分が目を丸くしたのがはっきりとわかった。


貴族は腐敗がデフォルトと考えるレベルの貴族嫌いであるカイトまでこんなことを言い出すのなら、男達の恩知らずっぷりはかなり深刻だと考えるべきだろう。

俺が魔人であることを差し引いたとしても。


「私も同意見だ。助けを求めていない者に求められていない救いの手をさしのべて逆恨みだけを買うなどという徒労に使えるほど、人生は長くないのだ。我らエルフであっても」



同じく盾を構える、長命のエルフであるカーティスから語られる時間の無駄という言葉は、妙な重さを持っていた。


セレスに目をやると、諦めたように左右に首を振るだけ。

王族は甘いだけでは勤まらないということか。確かに恩知らずを甘やかして国が滅びるなどという結末は、笑い話にもならない。


神官少女エレナはどうかと首を巡らせれば、カイトの陰に隠れている。


「ごめんなさい…昔お世話になった修道女が、こういう感じの人達を、それでも助けようとして、数日後に亡くなっていたことがあって…」


カイトに向けて、盾にしたことを謝っているようだが、ちらちらと放心している女たちを見やるエレナの震えは、エレナが世話になった修道女が、そこで放心している女たちのような目に遭わされた挙げ句に殺されたのだろうということを雄弁に物語っている。


まさか、ブランドルの恋人もそうなのか。


「もしかして、甘ちゃんは俺一人か」


確認の問いに、程度の差はあれ、仲間は皆、首を縦に振った。


「そうか。じゃあ、帰ろう。怖がらせてすまなかったな」


村人たちに一言詫びて転移魔術を使おうとした俺だが。


「甘ちゃんにもほどがあるだろぉが!」


へなちょこ投石とは比較にもならない威力の拳骨をぶちこまれた。


「痛いぞブランドル」


「やかましわい!」


言い合いながら転移魔術をくぐり、屋敷に戻る。

一晩休んだら、明日もまたヴァレテルン領の奪還作戦を継続だ。



なお、このいきさつを夕食の席で父上に話したら、本気で民に後ろから刺されるから他人に厳しくすることも覚えろと夜通し説教されることになった。


自分に厳しく他人に優しくしろって教えたのは父上じゃん…。

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