第17話:転生者の怒り
どうもみなさんこんにちは。
異世界転生者です。
国賊にどれだけ殺意を抱けるかチャレンジ中です。
「ふぅ、こんなもんか」
最後の蛮族を叩き斬ったブランドルがバトルアックスを担ぎなおし、息をつく。
「ありがとうございました」
ヴァレテルン領に向かう途中に遭遇した蛮族の群れとの大規模戦闘を終え、俺が地面に手をつくと、土の妖精さんたちは腕を梯子がわりに俺から下りて、地面の中に戻っていった。
ところでこの大量の妖精さんはどうやって俺の上に乗っていたのだろう。
服の中に入り込まれるとその後どこにいるのかよく分からなくなるので、実は憑依されているのかもしれない。
「ばいばーい。こっちこそありがとー」
最後の妖精さんは頭だけ地面から出た状態で小さな手をぶんぶんと振ってから潜っていく。
「きゃわ…」
セレスは最後まで妖精さんに萌えていた。
「よ、妖精さんってえげつないんだね…」
一方、カイトは妖精さんに引いている。
まあ、そういう感想になるほうが個人的には共感できる。
俺が殴る蹴るの暴行を働く際に拳や足にピンポイントでバリアを張って威力をあげてくれる程度ならいいんだが、地面から石の槍を突き出してケツから蛮族を貫き殺したり、急に落とし穴を出現させてボッシュートした挙句地面を戻して圧殺したり、顔面に泥パックして窒息させたりと、割とエグイ殺し方のオンパレードを見せられると、助力を頼んでおいてなんだが俺も引く。
「妖精さんがここまで力を貸してくれることは本来珍しいんだがな…ここ最近の蛮族がよほど目に余るのか、やたら協力的だ」
この悪辣な攻撃方法が自分に向かないよう、妖精さんに好かれる努力は続けなければならない。
ついでに、仲間が妖精さんに嫌われてしまわないようにも気を付けよう。
そんな自戒を新たに、土の妖精さんが好むエビを荷物から探す。
「じゃあ、この戦いが終わるまでは期待できるってことかい?」
カイトは期待に輝く目で、干しエビをいくつか地面に埋める俺を見てくるが、そう都合良くは行かない。
「知らん。妖精さんの気分が乗らなかったら今回みたいなことは無理」
カイトは肩を落とした。
「妖精さんって、かなり気まぐれなんだね」
「最悪、さっきのような暴威がこちらに向く可能性もある」
「うへぇ…」
カイトと最初にこんな感じの話をしたのは、薬草の群生地だという妖精の森にゴブリン退治に向かった時だったか。
ほんの数日前なのに、なんだか昔のことのように思える。
あまりにも濃い数日だったからだろう。
「有象無象とはいえ、この数を相手にするとさすがに疲れるな。少し早いが、野営の準備に入るか?」
話が一区切りするのを待っていたらしいブランドルの提案に、俺は首を横に振った。
「休むときは屋敷に転移しよう」
転移魔術の悪用の幅は無限大だ。
その分習得難度はえげつないし、最大級に警戒されるため都市内でほぼ使えなかったりと制約もあるが、それを差し引いても今回のような遠征で兵站の概念がそもそも必要なくなるというのは実に大きい。
「もしかして、矢、温存しなくても良かった?」
獣人少女リエルが覗き込んでくるが。
「ゴブリンの頭を粉砕する豪速球投げれる人に弓矢が必要なのかどうか」
俺としては無駄遣いは慎んでいただきたい。矢は金がかかるのだ。
「うーん、確かにこの程度の敵ならいらないかも」
けらけらと笑うリエル。
やはり、彼女もひとかどの実力者であることには違いない。
あのカイトが、精神性の未熟さもあったのだろうな実力不足を名目に追放されるようなパーティなのだから、当然か。
「そこまで万全な補給体制…。私、要らない子…?」
純神官のエレナが不安そうな声をあげる。
カイトが追放された経緯を見ていて、今は自分が棒立ち確定で役に立っていない状況であることに、やはり思うところはあるのだろう。
次の追放は自分、という恐怖かもしれない。
「もしブランドルたちに追い出されたら、僕のところに来てくれると嬉しいな」
カイトお前…お前ほんっとさぁ…!
「こらこらこら!うちの唯一のヒーラーを勧誘すな!」
「唯一にしたのはブランドルだろ?」
ナチュラルボーンスケコマシ丸出しなハーレム主人公ムーブはさておき、ブランドルとそんな軽口を叩けるようになったカイトは、間違いなくあの朝、追い出されたときから大きく成長しているのだろう。
状況に振り回されるばかりの俺とは大違いだ。
いいもん。
俺には可愛い嫁さんがいるもん。
俺はセレスに抱きついた。
「きゃっ!ら、ラグナ!?」
「ごめん、ちょっと、安らぎが欲しい」
「もう、しょうがないですねラグナは」
一度は悲鳴をあげたセレスだが、俺の奇行をさらっと流してくれた。
「妖精魔術の手ほどきを…頼める様子ではないな…」
イケメン魔術師のカーティスがそんなことを言って俺の奇行から目をそらす。
悪いが、常に背筋を正し、堅苦しい騎士風の物言いをしているカーティスでは、妖精さんに力を借りるのは難しいだろう。
妖精さんは楽しくないと話を聞いてすらくれないのだ。
散発的に襲ってくる蛮族を地面の染みに変えながらヴァレテルン領内に進行し、ひとつの村にたどり着いた俺達は、蛮族に制圧されるということがどういうことかを思い知った。
口にするのもおぞましいが。
そこにあったのは。
奴隷労働の果てに殴り殺される男の末路がましか、蛮族の子を身籠る女の末路がましか。
そんな、クソッタレな地獄絵図。
「なんてこと…」
セレスが悲しげに目をそらし、そのまま涙をこぼす。
やはり、まだ13歳の乙女にはあまりに酷な光景か。
ぎり、と、奥歯が軋む。
「貴族たるもの、民を守り、民のためにこそ死ぬべし…」
俺がただひとつ身に付けることができた、貴族の誇りだ。
それなのに。
「我が身かわいさに、あるいは己の欲のために民をこうまで貶めるか…売国奴めぇっ…!」
捕縛したドナノ伯爵とヴラギティール侯爵は極刑となるだろう。
だが、首を落とす一瞬の苦痛のみで終わらせてやってよいとは、思えない。
「貴族のやることなんてこんなもんだろ。少なくとも僕は、例外を君達しか知らない」
吐き捨てるカイト。
なるほどそういう認識になるようなことがあったのなら、貴族そのものを嫌うのは至当。
「俺や父上の方が例外か。だとしたら、なおのこと許せんな」
これが一人の、一度きりの愚行なら、それを処刑するだけでいいのかもしれないが、これが”普通”なら、”普通”の貴族は根絶やしにしなければならない。
その数多の血をもって、歴史への見せしめとしなければならない。
そんな、魂の底から噴火するような、滾る怒りが体に満ちる。
だが、怒りに任せて暴走するのもまた、愚策。
「日が傾いている。あの村を解放したら、今日は屋敷に戻ろう」
「お、おう…」
怒りを必死に噛み砕きながら口にした俺の言葉に、反論する者はいなかった。
ブランドルでさえちょっと引くレベルか。
今の俺は、どんな顔をしているのだろうな。
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