第15話:勝利と次なる戦い

どうも皆さんこんにちは。

異世界転生者です。


襲ってきた蛮族は何とかなりましたが、戦いは終わりそうもありません。



「まだだ…まだ終わらん」


カイトの剣に急所を文字通りぶち抜かれ、確かに絶命したはずのドレイクロードは、血を吐きながら呻いた。


「まずい!」


竜化。

自らのうちに眠る竜の魂を解放し、ドラゴンに変貌する、ドレイクが種族として持つ能力だ。


種族固有の能力という意味では魔人の魔神化に似るが、ものすごく疲れて腹が減るくらいしかデメリットもなく、気合と根性次第では一日中展開できるが能力がちょっと底上げされる程度の魔神化と異なり、生涯に一度かつ片道切符の種族変更であるかわりに、瀕死の状態からでも万全の状態のドラゴンになれるという恐るべき能力。


はっきり言って、ドレイクロードに今ここで発動されたらフィンブルは更地確定だ。


「ラグナ!」


ブランドルが大剣を投げてよこした意図を、俺は誤解しなかった。


「妖精さん!!!!」


苦悶の悲鳴にしか聞こえない声で妖精さんを呼び、受け取った大剣が器として耐えられる限界まで魔力を収束する。


「ゲァァァァァァァァァァァァァァ!」


血反吐を吐くような咆哮とともに放つは、戦術タクティクス技術スキル戦技アーツもない、ただ、剛力フォースだけの、反動で自らが砕け散ることもいとわない力任せの一撃。


斬撃の反動で俺の両腕が複雑骨折し、ブランドルの大剣が砕け散るのと引き換えに、ドレイクロードの竜化は阻止された。


「死ぬかと思った……」


「我が領土の誇り高き戦士たちよ、見よ!お前たちの勝利だ!」


気力を使い切ってへたり込む俺に代わって、父上が勝鬨の音頭を取った。




30分。

肉が裂け、骨が割れ、原形すらなくなった俺の腕が、無傷の状態に戻るまでの時間だ。

そして、周りの傷ついた冒険者たちを治癒していた神官少女エレナが、手の傷を見せろと俺のところにまわってくるまでにかかった時間でもある。


「傷の治りが早い…便利、って言ったら失礼ですけど…」


戦闘中でもなければ回復魔術自体を必要としない魔人の体に対する感想として、便利、は割と穏やかな方である。

失礼の代表例は、バケモノ扱いなどだ。


「実際便利ですよ」


便利であるということを事実として肯定することで、エレナの言葉は失礼なのではないという裏付けとする。

エレナは別に貴族ではないので、そういう言葉の裏で嫌味を言い合ったり、うっかり嫌味にならないように激烈に配慮したりといった文化とは無縁なのだが、多少なりとも、俺の方が貴族に染まっているという事らしい。

そうでなくても、父上の目があるので不敬罪に値しないアピールは必要ではあるのだが。


「お前は本当に、魔人に生まれたことを恨みにも思わず、まっすぐに育ってくれたな」


エレナとの会話を聞いていたのか、父上が後ろから俺の肩を優しく叩いた。


危うくエレナが不敬罪を食らいかねない状況だったことに冷や汗をかきつつ、しかし強く感じるのは別の感情。


気まずい。とにかく気まずい。


超再生能力と、反動はあるが一時的に能力が跳ね上がる特殊能力とかいう中二病患者歓喜の能力がある種族に生まれて超ハッピーですなんて言うわけにもいかない。


しかし、父上の教育の賜物ですなんぞという歯の浮いた臭い台詞を吐くようながらでもない。


「そりゃ、領主様がいい親だったからじゃあないですかい?」


助け舟を出してくれたのはブランドル。

父上は照れ臭そうに小さく笑ったが。


「ブランドル君か。あの大剣は特注品だったのではないかね」


父上はあっさりと話を変えた。貴族たるもの照れくさい話題のかわし方も必須スキルということらしい。


「ドレイクロードの竜化を止めたんだ。安い買い物でさあ」


そしてブランドルもまた、嫌味のない遠慮の仕方を見せる。

もしかしてこの粗野な男、貴族から直接依頼を受けた経験も豊富なのだろうか。


「そうか。腕のいい鍛冶師を紹介しよう。アウリオン家のツケで、最高の剣を打ってもらうとよい」


父上はブランドルにとんでもないことを提案した。

最高級素材でダークドワーフの鍛冶師に最高の大剣を打たせたら、目ん玉が飛び出るくらいの量の金貨が溶けるに違いない。


「…いいんですかい?」


ブランドルも引いている。


「功績には報いる。それだけだ」


それでも、父上ははっきりと言いきった。


そして。


「カイト君、見事な覚悟だった。君無しではドレイクロードをこれほど少ない被害で討ち取ることはできなかっただろう」


いつものように薬学協会店員のミミーと冒険者協会の受付嬢にしがみつかれギャン泣きされているカイトをねぎらう事も、忘れなかった。


「いや、僕は、ただ必死だっただけで…」


カイトはなんとも、初々しい謙遜を見せる。

場数を踏んでいない感じはブランドルと対照的だ。


「その必死さがなければ愚息は今頃死んでいただろう。感謝するよ」


努めて優しく、感謝を述べる父上。

それはカイトにまだ残る未熟さを、父上が受容すると決めたことを意味する。

見込みのない未熟者には、父上はかなり冷たいのだ。


「でも、僕は…」


「君は一度は愚息を誤解したが、ドレイクロードと戦う愚息の背中を見て、その誤解を自ら正してくれた。その決意に愚息の命を救われた以上、責めるつもりなどないよ」


カイトを遮る父上のまなざしはどこまでも優しい。

それを受けて、カイトは肩を震わせて泣きだした。


「あなたみたいな貴族も、いるんですね…」


絞り出すようなその言葉に、父上は首を傾げた。


「そう言えばブランドル君が、君は貴族嫌いだと言っていたな」


「ええ……」


「まあ、無理に聞き出すつもりはない。話してもいいと思えたら、愚息に話してやってほしい。…ドレイクロード討伐の褒美は期待するとよい」


父上は無理に踏み込むことはせず、軽くカイトの肩を叩いて馬に乗った。


「私は君たちのような民に恵まれたことを誇りに思う。ラグナ、よい友を持ったな。少し休んだら、殿下を屋敷にお連れするように」


馬を走らせる父上を見送った俺は、カイトとブランドルに目をやり。


「ありがとう」


ただ、それだけを口にした。

他の言葉を、思いつかなかった。

のだが。


「ら、ラグナくん、いや、様。さっき領主様がすごく気になることをおっしゃってたんだけど」


カイトは震える声で俺の横に目を向けた。

ちょっといい雰囲気に浸る余裕すらないらしい。


「で、殿下、って…」


カイトの視線の先にいたのは、セレス。


「ああ、セレスは王女だ。そして今は、俺の妻でもある。あと様はやめてくれ」


俺はセレスを抱き寄せながら応えた。

セレスは魅力的な女性だ。カイトやブランドルが変な気を起こさないように、夫婦アピールはしっかりしておかなければ。


「ら、ラグナ、そういうことをしてくれるのは大歓迎ですし夜が待ちきれないしとにかくとても嬉しいんですが多くの民の前でこんなことは……」


「それもそうか。すまん」


やけに早口で咎めてくるセレスをそっと俺が離すと同時、カイトは限界を迎えたかのように失神した。


…ん?夜?


セレスの早口は、聞き取れなかったことにしておいた。




これで、蛮族との戦いは終わったと思いたかったが。


「ラグナ、ヴァレテルン領とモロヴァレイ領への出撃準備をしておくように」


失神したカイトを引きずって屋敷に戻るなり、父上に告げられたのは次の出撃。

いや、予想しておくべきではあったのだ。

ヴァイコック・ドナノ・ヴァレテルン伯爵もスディニ・ヴラギティール・モロヴァレイ侯爵も、敵に見限られる形で捕縛された今、その二つの領土は完全に蛮族の支配下にあると考えなければならない。


父上のことだ。陛下にもすでに手紙を出し、王派閥の貴族には陛下から動員をかけていただいているのだろうが。


俺は隣のセレスに目をやった。


「セレス、君はどうする。屋敷で待つという手もあるが」


「ラグナの隣に立って戦える実力は、示したつもりですよ?」


不満げに頬を膨らませるセレス。かわいい。


「そうか。そうだよな」


俺とセレスは、出撃確定と。


「領主様、なんでもいいんで武器をお貸し願えますかい。”紅剣”も参加させていただきてえ」


「願ってもないことだ。あとで武器庫に案内する」


「ははぁ!」


ブランドルたちも来てくれるらしい。


頼もしい限りだが、まずは、休息を取るべきだろう。


「だが、今夜はゆっくり休むとよい。ラグナ、カイト君への説明は任せる」


父上も同意見だったようだ。



そうして、蛮族の侵攻に対するラインジャ王国の戦争の初日は幕を下ろした。

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