第13話:転生者の覚悟
どうも皆さんこんにちは。
異世界転生者です。
家に帰ったら戦争が始まってました。
「ラグナよ、今すぐセレスを連れてフィンブルに飛ぶのだ」
婚儀を終えた直後、控室に戻った俺の元に陛下が王女殿下を連れてきた。
いや、もう、陛下とも王女殿下とも、呼ぶべきではないか。
「義父上、状況は」
義父上に尋ねると、義父上はいたずらがうまくいった子供のように笑った。
「最高だ。王都で敵にできることは、祝福の挨拶と称してお前とセレスを暗殺しに来る程度しか残っていない」
王都で直接国王を弑するようなバカな真似はしないし、そんなバカが相手なら義父上もこんなからめ手は使わずに済む。
ならば、今、日和見貴族への踏み絵の象徴である俺たちが生き残り、かつ、フィンブルを襲う蛮族を始末できれば、こちらの勝ちだ。
「そうなると、あとはフィンブルを攻め落とすくらい、ですか」
確認を兼ねて義父上に尋ねると、義父上は深く頷いて見せた。
「うむ。ゆえに、真正面から受けて立つ。わしはこれからヴェートと策を練るのでな、的は王都から遠ざけたほうがいい」
フィンブルが決戦の地になるということは、これまで父上についてきてくれた平民が少なからず犠牲になるという事でもあるが。
「俺とセレスをフィンブルに送れば、もはや敵の攻撃はどうあれフィンブルで行われると」
王都が狙われるよりは、被害が少なくて済む。
コラテラル・ダメージというやつだろう。
そんな理由で自分の死に関わる決定が下されていると知ったら、民は死んでも死にきれないだろうが。
「そうだ。フィンブルに飛んで我らの勝利を確定するのだ、我が息子よ」
しかし、俺は既にセレスの敵を鏖殺すると誓った身。
神への誓約にかけて、優先順位を違えるわけにはいかない。
「承知しました。セレス、行こう」
「はい、ラグナ♡」
俺の手を取るセレスは、何故かとても幸せそうだった。
…そうまで、俺を好いてくれていたのだろうか。
フィンブルに転移すると、何やら外が騒がしかった。
…父上は陛下と今後の策を相談するため、まだ戻っていないはず。
まさか、先手を取られたか。
嫌な汗を感じながら外に飛び出すと、最悪な予感が的中していた。
「ラグナか!無事で何よりだ!」
駆け寄ってくる姿は、つい昨晩見たばかりの、兄、ジン・アウリオン・ガーゼットだ。
「兄上、状況は!?」
「昼過ぎかな、息をひそめていた蛮族が一斉に動き出した。よくもまあこんだけ潜ませてたもんだと感心したよ。転移で朝から兵を大量に送ってなかったら今頃ここは更地だな。イザークは負傷し、兵を俺に預けていったん撤退している」
戦況は、ほぼ最悪と言ってよかった。
王都での政略では勝ったが、ここで蛮族の暴力に屈しては全てが水泡に帰す。
こちらの勝ち筋が政争で最速の手を打つことであったように、敵の勝ち筋は最速でフィンブルを攻め落とすことだったというだけだ。
それにしたって敵の動きが早すぎる。
俺のセレスの婚儀を見ながら、遠隔で指示でも出したのか。
あるいは、今日がもともと襲撃予定だったか。
ともあれ、今できることは一つしかない。
「俺も出ます」
俺は魔神化した。
「ラグナ、だが、お前のその姿を民にさらしたら……」
兄上の危惧は正しい。
魔人は、人に化けている蛮族などとみなされることすらあるほどに忌み嫌われている種族だ。
下手を打てば、アウリオン家そのものがこの領地から追い出されかねない。
「その時は、勘当してもらうよう父上に直談判します。あくまでも領主とは無関係の、通りすがりの魔人ということで、妻と無期限の新婚旅行にでも行きますよ」
だから、努めて軽く、そう告げた。
「私も出ます。ラグナ、ちゃんと守ってくださいね」
同じく軽い調子で、セレスはどこからともなく立派な剣を取り出した。刀身に刻まれた魔術言語から、かなり強力な魔術を付与された武器だということも分かる。
収納魔術か。
個人で武装、しかも魔術兵装を携行できるほどの収納魔術が使えるなら、十分な戦力になるだろう。
もしかしたらブランドルより強いかもしれない。
「殿下!?」
兄上は当然泡を食って止めようとするが、俺はそれを手で制した。
「あてにしているよ、セレス」
王女としての、あるいは、俺の妻としてのセレスの覚悟を、無駄にしたくなかった。
「ラグナお前!」
「……民を守って死ぬ義務をまっとうせずして何が貴族か。礼節も作法も結局ろくに身につけられなかった俺が、たった一つ、この身に刻むことができた美徳です」
激昂する兄上を、俺は真正面から見据えた。
しばしのにらみ合い。
「そうか…これを持っていけ」
やがて折れた兄上は、何かを懐から取り出した。
「…仮面、いや、面頬?」
三本角の鬼の憤怒か、悪魔の苦悶の形相をかたどった前衛芸術にも見えるそれは、顔につけるタイプの装飾品あるいは防具であることは確かだった。
「天魔の仮面、というらしい。魔神化した者に、より強い力を与えるそうだ。本当は、もうちょっと余裕のある状況で、成人したお前へのはなむけにするつもりだったんだがな」
俺は仮面をつけ、魔神化した。
確かに普段より力が出るような気はする。
「…恩に着ます、兄上」
そして俺は、転移室を後にした。
街に出てしばらく歩くと、戦況はおおむね理解できた。
城壁に近づけば絶えず聞こえる激しい剣戟と咆哮、断末魔。
兵士に誘導されて屋敷に避難している民達は身を竦ませて救いを求め、神に祈りを捧げている。
城壁の内側はまだ、今のところは全身を誰のものか分からない血で染め、生死の狭間、死線の上でクソッタレと悪態を吐きながら蛮族と踊り狂い、死んでいくような事態には陥っていない。
だが、外は。
…考えたくもないが、行くしかない。
俺は人外の膂力を最大限悪用して城壁を飛び越えると、誰かと戦っていたオーガの顔面に飛び蹴りを叩きこんだ。
一撃で砕け散るオーガの顔面は、確かに天魔の仮面が俺にいつも以上の力を与えていることを実感させた。
魔力も、上がっているか。
「妖精さん!!!」
魔力を込めて声を張り上げる。
予想にたがわず、普段以上に集まってくる、無数の妖精さん。
「「「「「なにー?」」」」」
大量に駆け寄ってくる妖精さんに、なりふり構わず俺は頭を下げる。
「人間を助けて、蛮族を倒してくれ! 手段は問わない!」
「魔人さんに頼られたぞー!」「手段は問わないー!」「急げ急げー!」「救えー!」「傷を治せー!」「蛮族を倒せー!」「妖精の森のみんなを呼んでくるー!」
口々に、楽しそうに妖精語ではしゃぎながら、しかし妖精さんの行動は迅速だった。
ゴブリン程度なら、広範囲で殲滅してくれるだろうし、助かる見込みがあれば自力でうちの屋敷に逃げ込んでくるくらいには回復もしてくれるだろう。
さらに、森から仲間も呼んでくれるらしい。
「セレス、小物は妖精さんたちに任せて俺たちは大物を狙う!」
ちょうど、飛翔魔術で俺を追いかけてきたセレスに告げる。
「はい!」
走り出した俺の上を、そのままセレスは飛び続けた。
オーガやラミア、ドレイクを何体叩き潰したか、数えるのは途中でやめた。
取り巻きの雑魚は妖精さんが処理してくれるし、真っ向から一撃をぶち込むことさえできれば高位蛮族だろうと一撃で仕留められる俺と、魔神化と天魔の仮面で強化された俺が3体仕留める間に1体の高位蛮族を切り刻むセレスのキルスコアは、数える方がむしろ手間というレベルに達している。
それにしても恐るべきは王族のフィジカルだ。
魔神化なしでやりあったら普通にセレスには手も足も出ないし、何なら天魔の仮面がなかったら魔神化しても勝てないかもしれない。
「ラグナ!格が違うのが来ます!」
セレスに警告された直後、俺もその圧を感じた。
「使えん人間どもだ。なにが、油断している無防備な都市ひとつ落とすなら余裕、だ」
そう言って近くにいる人間に唾を吐きかけている巨体の蛮族は、ドレイクの中でも特に高位の個体。それがドレイクバロンかカウントかはたまたロードなのかは区別がつかない。
ドレイクの上位個体など見たことはないのだ。
「ドレイク…ロード…」
セレスの言葉で、俺はそれがドレイクロードだと理解した。
「こ、こんなはずでは…」
ドレイクロードの足元で縮みあがっているのは、ドナノ伯爵とヴラギティール侯爵。
兄上の説明を信じるなら、先に蛮族に襲撃させたうえで婚儀に参列した後、すぐに自領に転移して蛮族に合流したといったところか。
しかし襲撃は既に読まれていて、フィンブルはガーゼットとグレンダーの兵士を含む3領土分の兵で守られ、偵察に出ていたブランドルたちによる迅速な情報共有によって、いまだ城壁内に踏み込むことを許していない、と。
「…見苦しい」
ドレイクロードは、震えあがるドナノ伯爵とヴラギティール侯爵の首に剣を向けた。
「ひっ、ひいいいいいいいいい!」
「お、お助け…!」
ドナノ伯爵とヴラギティール侯爵は俺の方に走ってきて、俺の足にすがり付いて助けを求めてくるが。
「お前らなんか兵士に捕縛されろ!戦いの邪魔だ!」
俺はその見苦しい売国奴を後ろに蹴り飛ばした。
「ふふ、はははははは!骨のあるやつもいるじゃないか!」
愉快そうな笑い声をあげたのは、ドレイクロード。
「さあ、かかってこい、骨のある人類種どもよ」
ドレイクロードに剣を向けられ、俺は覚悟を決めるしかない状況であると理解する。
「…やるしかないか」
やれるのか。
俺と、セレスで。
…なんで、こんな時にあの青い髪がちらつくんだろうな。
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