第12話:転生者の結婚式

どうも皆さんこんにちは。

異世界転生者です。


結婚式と書いて宣戦布告と読む。貴族社会は剣呑です。



王女殿下とともに王都に飛んだ俺は、待ち構えていた王城の侍従に身ぐるみをはがされた。

俺の服装が王女殿下との婚約発表にはあまりにも不向きであると判断されたのは火を見るより明らかだ。

下級貴族の服が王家に対しては見劣りするとかそういう話ではなく、冒険用の服のまま王城に来てしまった俺がシンプルに間抜けだったというだけの話なのだが。


「…馬子にも衣装とは言うが……」


着せられた服は、恐らく王城でも飛び切り上等なものだろう。

はっきり言って、俺のような武骨者では似合わない。

服が俺に似合わないのではない。俺が服に似合わないのだ。


「どうか我慢なさってください。私もラグナ様にはもっと質実剛健な服が似合うと思いますが、今は」


王女殿下も、フォローのつもりだろうが、要するに全力で表現に気を遣いつつ「似合わない」と言っている。

それが分かるくらいには、俺も貴族の婉曲的な言葉遣いには慣れている。


「…心得ております」


自分でもわかる呻くような声。

意図せず、不本意さを表明してしまう。


「ありがとうございます、ラグナ様」


愚かさごと包み込むような、王女殿下の抱擁。

13歳の少女が、年上の男の不満を受け止め、慰めようとしている。


品性、というべきか。

真なる愚者である俺と、愚者を演じる賢者である王女殿下の間にある、絶対的な隔たりを感じる。


愚者がたまたま、その愚かな振る舞いによって、何か政争の役に立っただけの俺と。

賢者が愚者の姿を見て、その方法で国の役に立とうと汚名をかぶる決意をした殿下。


こんなにも、こんなにも、格が違うのか。

王族と、下級貴族とは。


……この劣等感を、カイトも抱いていたのだろうか。


「ラグナ様…?」


王女殿下が覗き込んでくる。

考え込みすぎたようだ。


「失礼。行きましょう」


俺は王女殿下の手を引いて、聖堂に向かった。

陛下はそこで待っている。




聖堂で待っていた陛下は、俺の姿を見て目を丸くした。


「随分無理をさせてしまったようだな」


よほど俺の服は似合っていないらしい。

俺は頭を抱えた。


「ラグナよ、戦装束に着替えよ。飾り気も控え、とにかくお前に似合う物を選ぶのだ」


戦装束での婚約発表。

そんな無作法をよりにもよって王家の婚姻について許可するという陛下の意図を、俺は測りかねた。

いくらなんでも、まさかそれほど致命的なレベルで高貴なものが俺に似合わないとは思いたくないのだが。


「セレスも、ドレスは黒いものにするように」


殿下への指示を聞き、俺はようやく陛下の意図を理解した。


殿下が今着ている白のドレスが意味するのは、「あなたの色に染めて」、という無垢や純潔。


対して黒のドレスは「あなた以外に染まらない」という、決意の色とされる。


陛下の指示は、どれほど武骨でも、どれほど無粋でも、殿下は俺のみを選ぶと示せ、ということだ。


そしてその俺が、本来あるべき礼式装束ではなく、虚飾を全て切り捨てた質実剛健な、国家の敵を斬り捨てるためだけの、戦装束を纏う。


なんとも複雑な、しかし明快な行間である。


「承りました」


俺は屋敷から着てきた、魔術師として、そして闘士として戦うための布鎧に着替え直すことにした。

なお、外見こそ装飾がなく、貴族の礼装と比べれば著しくみすぼらしいが、安物という訳ではない。いくつもの魔術的な加工を施された特注の布鎧である。

値段だけなら、何の加工もされていない貴族衣装の数倍はする。



「うむ、やはりお前にはそういう服が似合うな、ラグナ。セレスも、今のラグナの隣に立つならやはり黒がよい」


着替えて戻ってきた俺たちの姿は、どうやら陛下のお眼鏡にかなったらしい。

幼さが残る黒髪の少女が色気を増すような黒のドレスに身を包んでいるのは少し倒錯的な興奮を呼ぶ気もするが、そのあたりは考えないほうがいいのだろう。


かぶりを振った俺だが、続く陛下の言葉には度肝を抜かれた。


「ヴェートよ、お前もそう思うだろう?」


俺は音速で振り返った。


「はい。しかし我が子ながら、どうしてこうも武人肌に育ったのやら」


そこにいた父上は、俺を見て頭を抱えた。

その武人肌の息子の背後を簡単に取れるアンタも十分武人肌だよ、父上。


「言ってやるな。蛮族の脅威にさらされている今、虚飾よりも実を取る、質実剛健の精神こそが我が国に必要なのだ」


「陛下のお心遣いに深く感謝申し上げます」


鷹揚に微笑む陛下に頭を下げる父上を見て、俺もあわてて頭を下げた。


「よい。それより、招待状を出した、伯爵家以上の貴族は今日の婚約発表に全て集まるそうだ。不意打ちで婚儀をあげてやろうと思っておるが、セレス、嫁入りは今日で構わんか」


「はい!」


陛下の策は、とにかく機先を制するというもののようだ。

こうまでしてイニシアチブを握ることにこだわらなければならない戦いか。

これは今日の婚儀か、そのあとに、何か仕掛けてくると覚悟すべきだろう。


王女殿下はどこまで知らされているのか。

それ次第で、もっとも殿下に近い位置に立つ俺の役割も変わってくる。


「ラグナはどうだ」


俺に目を向ける陛下に返せる言葉など、一つしかない。


「喜んで拝命いたします。義父上」


陛下は満足げに笑った。


「よい返事だ。…婚儀のあとは、しばらくセレスを冒険者として旅に連れ出してほしい。頼んだぞ」


あ、これ命狙われるレベルだしそのこと殿下に話してあるやつだ。




この世界は信仰系の魔術が存在しているため、神の実在は証明済みとされている。

このため、婚儀はまず間違いなく神前婚の形式で行われることになる。


大抵は恋愛に関する逸話を持つ神や、子宝を祈願する意味で豊穣神の祭壇を準備して、神前にて永遠の愛やら貞節やらを誓うのだが。


「破壊神の祭壇…」


静まり返った聖堂に、集められた貴族の誰かが漏らした呟きが、やけにはっきりと響く。


俺と王女殿下の婚儀に用意されたのは、破壊神ヴァルタギアスの祭壇。

歴史上、婚儀の祭壇として採用されたケースは記録されていない神様である。

熱心なヴァルタギアス信者ですら、婚儀の時だけは恋愛の神様か豊穣神に出張してもらうのが通例なのだ。

(信者といっても、多神教のこの世界においては、自らの主と定め加護を請い願う対象とするという程度の意味に過ぎないので、節目節目で別の神様の手を借りること自体は別に問題ない。)


ちなみにこの破壊神、神話の前半では武神だったのに神話のなかで身も蓋もないレベルの武勲を立てすぎて途中から破壊神呼ばわりされているというギャグじみた強さをしている神様だったりする。


穏やかな方面でのいいわけをするなら、たまたま俺も王女殿下も超熱心なヴァルタギアス教の信者だからということにできるのだが、当然、王家としてはそんな穏やかないいわけをするつもりはないだろう。


この国家存亡の危機を招いた、蛮族に国と民を売ろうとする売国の徒に対する宣戦布告、それがこの婚儀の裏の意味だ。


だから俺は戦装束を纏い、王女殿下は決意の黒いドレスを纏うよう指示された。


その意味を、俺は誤解しなかった。

きっと、王女殿下も。




厳かに執り行われる婚儀は、しかし異様な緊張感に満ち溢れていた。

ドナノ伯爵やヴラギティール侯爵は、裏切りを見抜き最速で機先を制してきた陛下の策に息を詰まらせているし、日和見を決め込む大半の貴族にとっては、この婚儀はもはや踏み絵でしかない。

いわゆる王派閥の貴族にとっても、諸手を挙げて歓迎できる状況ではない。

陛下が、内戦の勃発を宣言したに等しいのだから。


「それでは、神に誓約を」


武神、あるいは破壊神への誓約。

その時点で、守るべき者のために、仇なす者を討つ意思表示となる定型文しか存在しない。

それを、当日、直前にいきなり告げた婚儀に合うようにアレンジして間に合わせろとは、陛下も随分と無茶ぶりをしてくれるものだ。


ちなみに王女殿下と打ち合わせする時間すらなかった。

現在進行形で何を誓約すべきか絶賛困惑中だ。


救いを求めて王女に目をやると、王女は自分の服と顔を交互に指さした。


黒のドレス。


黒。


その意味を、誤解していなければいいのだが。


「我はセレス・ラインジャに仇なす全てを焼き尽くす、熾烈なる断罪の光となることを」


「我はラグナ・アウリオンを慈しみ守り抜く、染まらぬ揺るがぬ不変の闇となることを」


「「我が主神たる破壊神ヴァルタギアスに誓約す」」


ぶっつけ本番だが、どうやら王女殿下の意図を読み違えたわけではなさそうだ。

そして、宣戦布告としても十分だろう。


陛下の方をちらと見やれば、陛下は小さくサムズアップしていた。

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