第10話:転生者は眠れない

どうも皆さんこんにちは。

異世界転生者です。


どうやら今夜は、眠れない夜になりそうです。



陛下との密談を終え、セレス王女殿下を狙う連中の目を欺くため、王女殿下ともども転移魔術で屋敷に戻された俺は、あやうく兵士の集団に殺されかけた。


転移魔術は軍勢を率いての奇襲をも可能とするため、都市の中央には、都市を丸ごと覆ってあまりある範囲に効果を持つ転移封じの魔術設備が設置されている。

その転移封じを唯一回避できるのは、王城や領主屋敷に設置される転移室なのだが、これはつまり、奇襲を試みる者は必ずここを通る状態となることを意味する。


まあ、要するに、事前の許可もなくそこに転移してきた者は即座に屋敷を守る精鋭兵士に袋叩きにされるわけだ。


「ら、ラグナ様!?それに王女殿下!?」


危うく俺に斬りかかる所だった兵士を見て、俺はそのあたりの事情を思い出した。


「…あ、すまん。先にこれから行きますって手紙を転移させなきゃいけないのを忘れてた。抵抗しないから、ふん縛って父上のところに引っ立ててくれ」


やらかしたことをセレス王女殿下に目で詫びつつ、俺は兵士に頭を下げた。

領主の息子とセレス王女殿下に刃を向けた罪は、俺自身に起因する物であると認めることで、兵士を罪から免責するためだ。


「皆様は、たとえ王家が相手であっても、王家に化けた蛮族である可能性を考慮して行動しなければなりません。拘束をお願いします」


セレス王女殿下は俺の意を汲み、自らの拘束を兵士に命じた。

これによって、王女殿下もまた、確実に兵士を許したという言質を残したことになる。


「よ、よろしいので?」


俺と王女殿下は首肯した。

ここで変に領主の息子だからとか王族だからと特例扱いさせてしまうと、次にドナノ伯爵やヴラギティール侯爵が来た時にもそうしなければならなくなる。

それは、現状ではフィンブル全ての破滅に直結するのだ。

その危険性は、俺も王女殿下も承知していることだ。




「早い帰宅だな。もういいのか……いや待ってなんで王女殿下までいらっしゃるの」


引っ立てられてきた俺を見て、父上は明後日の方向に目をそらした。


「蛮族の対策について、父上にお伝えすべきことがありまして。殿下にお越しいただいたのは、殿下の御身をお守りするためです」


父上は俺の言葉を反芻するように少し考え込み、その後、一呼吸置いて尋ねてくる。


「ジンとイザークも呼ぶべきか?」


それは願ってもない提案だった。


「兄上達の領地からの支援を得られるなら、大変ありがたく」


既に独自に領地を預かる兄上二人の助力が得られれば、このクソッタレな戦況も多少はましになる。


「分かった。すぐに呼ぼう」


兄上二人を待つ間に、俺と王女殿下の縄は解かれた。



「しばらくぶりだなラグナ。せっかく転移が使えるんだからもっと気軽に遊びに来てもいいんだぞ?」


「あ、手紙は忘れるなよ。普通に兵士に袋叩きにされるからな」


しばらくぶりに会った兄上の軽口は、意図してのことではないのだろうがあまりにも今の俺にクリーンヒットするものだった。父上が笑いをこらえるのに必死だ。


なお、王女殿下は俺の部屋でお待ちいただいている。さすがに男4人で戦略会議をするような場に、未成年のご婦人を引きずり出すのはこちらの世界ではNGなのだ。


「それで、わざわざ俺たちを呼び出すような用事ってのは何なんだ?」


「子供のころから本の虫だったお前が今更遊んでくれとか言い出すとも思えないしな」


兄上の問いに、俺は一つ、深呼吸をした。

そして、陛下から預かった手紙を懐から出す。

手紙の封蝋は、王家のもの。


「陛下からの手紙か?」


眉を顰め、父上は手紙の封を解く。

そして、中の手紙に目を通すと頭を抱えた。


「ジン、イザーク、兵を貸してほしい。想定敵は上位蛮族だ」


「手紙を見ても?」


「構わん。だが、口外無用だ」


ジン兄様は手紙を見ると頭を抱え、次に手紙を回されたイザーク兄様は腹を抱えて笑った。


「ぶははははは!ラグナ!お前この国の最後の希望じゃないか!」


陛下からの手紙には、ドナノ伯爵とヴラギティール侯爵の謀反、その手始めに蛮族と共謀してのフィンブル侵攻が行われること、ヴラギティール侯爵にセレス王女殿下を渡さないために俺と婚約させることなどがざっとまとめられている。

敵側のフィンブル領への攻撃準備が整い、もはやヴラギティール侯爵の頭を押さえるための最初で最後のチャンスが、セレス王女殿下と俺の即日の婚約発表という手しかないところまで追い込まれている現状、確かに俺はこの国の最後の希望という奴なのかもしれない。


「ジン・アウリオン子爵の名において、ガーゼット領は全力の支援を約束します」


「イザーク・アウリオン男爵の名において、グレンダー領も全力の支援を約束します」


父上の目の前で剣を構え、貴族の作法にのっとった大仰な口上をもって、兄上二人は協力を約束してくれた。


「では、作戦の相談を始めよう。ラグナは席を外せ。もう休むとよい」


軍略は、家督を継がずに冒険者になる気満々だった俺には専門外だ。

父上の言葉に従い、俺は寝ることにした。



「ラグナ様、いかがでしたか?」


自室に戻った俺を迎え入れた王女殿下を見て、俺は頭を抱えた。

そうだった。王女殿下をかくまわなければならないので、今夜はベッドが使えない。

体を動かしたのは午前中だけだが、午後の厄介ごとの気疲れもあってできれば眠りたかったが、この状況では、徹夜を覚悟しなければならないだろう。

夜間の奇襲にも備えなければならないのだ。


「あの、ラグナ様?」


「失礼。戦いの準備は父と兄に託しました。実際の戦闘時には、俺も一人の冒険者として動くかもしれませんが、ひとまずは、婚約発表を決行することが俺と御身の役目です」


心配そうにのぞき込んでくる王女殿下に父との相談の成果を報告すると、王女殿下はふふっと小さく笑った。そして、そのまま大きく口を開ける。


「…ふわぁ。あら、私ったらお恥ずかしい。安心したせいかしら」


欠伸を漏らしたことを恥じる王女殿下は、妙に可愛く見えた。

だが、見惚れている暇はない。殿下に安心してお休みいただくのが先決だ。


「俺は外で控えております。安心してお休みください」


未婚の女性が寝る場所に男がいるのはよろしくない。

俺は踵を返した。


「あ、あの……」


部屋から出ようとする俺の服のすそを、王女殿下が弱々しくつまんだ。


「部屋の中に、いていただくわけにはまいりませんか?」


俺は少し考え込んだ。

作法の一般的知識だけからは、明確にNGだ。

だが、王家からの頼まれごとで、王女殿下は正式には未発表とはいえ、昨日のパーティである程度認知された婚約者である。

さすがに同衾するのはまずいが、部屋の中にいる程度なら、問題ない可能性もある。


「本を数冊とってきます。窓際のテーブルで本を読んでおりますので、何かあればお声かけください」


結局俺は、殿下の希望に沿うことにした。

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