第9話:転生者と王の密談

どうも皆さんこんにちは。

異世界転生者です。


突然ですが、誘拐されました。




ブランドル達との食事を終え、酒場を出て空を見上げると、日はまだだいぶ高かった。

昼過ぎといったところか。


…急いで帰れば、国王陛下と王女殿下のお帰りを見送ることはできそうだ。




「ラグナ様、お早いお帰りで」


家に帰ると、庭を掃除していたメイドが出迎えてくれた。

掃除するだけでも人を雇わなければならないほどにでかい屋敷というのは、生活空間としては過剰の一言であり、財力の象徴以上のものではないが、そういうよーわからんところでマウント合戦をするのが貴族という生物の生態だ。

俺の性には合わないが、そういうものだと割り切るしかない。


それよりも、今は陛下のお見送りだ。


「今日の仕事は近場だったんだ。それより、陛下はまだお帰りでないと思うんだが」


「はい。お見送りですね。すぐお着替えをお持ちします」


うちのメイドはものすごく話が早い。

これだけ仕事ができるなら、貴族の屋敷の掃除なんかやらせずに国家の実益になる仕事を与えた方がいいんじゃないかと本気で思うレベルで。


すぐに風呂を浴びて身支度を整え、陛下と王女殿下がお抱えの魔術師による転移魔術で王都にお帰りになる場に同席する。


「陛下、此度はご足労頂き、誠にありがとうございました」


拝跪した父上が、陛下に改めて感謝を述べる。

そう言えば、王家をパーティに招待できるのは侯爵か公爵に限定されるのではなかったか。

父上が特別扱いを受けているのか、なにか別の事情があったのか。


「なに、セレスをラグナに引き合わせるために二人分の招待状を催促したのは余だ。気にするでない」


陛下の回答は、俺の疑問を即座に氷解させる。

陛下、もともと王女殿下を俺に嫁がせる気満々だったのか。

王女殿下が前から俺に好意を持っていたというのは昨晩聞いたが、陛下まで乗り気だったとは。


陛下の事情に納得しつつ、黙って頭を下げた姿勢を維持していると、陛下がこちらに歩み寄り、俺の肩に手を置いた。


「ラグナよ、近々、セレスとの婚約を発表する。王都に出向いてもらうことになるが、構わんな?」


なるほど、殿下との婚約なら、わざわざ国の隅っこでやらずに王都で発表するのは当然だ。

幸い俺は転移魔術も使えるし、冒険者稼業を数日休みにせねばならないことを除けば問題もない。

最悪、カイトのことはブランドルに任せるという手もある。


「はっ。万難排して参上つかまつります」


だが、この回答は失敗だった。


「では、ついて参れ」


陛下は俺を立たせた。


「あの、陛下…?」


父上が混乱している。


「王都に招待したラグナが万難排して来てくれると言ったのだ。連れていくのになんの不都合がある?」


「…全く…ございません…」


父上が困惑するレベルの荒業だったようだが、俺は陛下に言質を取られた形となったらしい。


「父上、町の周囲の蛮族について相談しようと思っていましたが、後程執務室に手紙を転移させておきます。ご確認を」


「分かった。せっかく王都に連れていっていただける機会だ。楽しんでこ…」


父上の言葉が終わる前に、俺は転移魔法で王都に拉致された。



王城の転移室から、応接室に俺を連行した陛下は、やたらと念入りに人払いしてから俺の前に座った。


「急に済まんなラグナ。だが、今がギリギリのタイミングなのだ」


沈痛な面持ちで陛下が口にしたのは、まだ、俺にはよく分からない話。


「ギリギリ?」


「ヴァレテルン領はすでに、蛮族の手に落ちておる。ヴァイコックの仕業だ」


陛下の説明は、フィンブル領の蛮族がやけに強くなっていることと噛み合う。

ヴァレテルン領は蛮族の領域と直接領土を接してはいないものの、フィンブル領を挟んで蛮族の領域との行き来は可能だ。衛兵の目も領土の隅々までは行き届かない。

そうして既に背後を取られているなら、高位の蛮族がフィンブルの都市周辺に現れたのも説明がつく。


驚いたのは、ただ一点。


「ドナノ伯爵が、蛮族に領土を売り渡したと?」


黒い噂が絶えない悪徳貴族であるとはいえ、まさかそこまでやるとは思っていなかった。

陛下の言葉が事実なら、今頃ヴァレテルン領は蛮族に人が食い殺されたり手篭めにされたりの地獄絵図と化しているに違いない。


「そうだ。そして、モロヴァレイ領のスディニから、セレスへの縁談が来ておる。回答の催促も片手の指ではおさまらん」


「ヴラギティール侯爵ですか…」


ヴラギティール侯爵はドナノ伯爵の後ろ盾でもあり、こちらも黒い噂が絶えない悪徳貴族だ。

つまり、ヴラギティール侯爵も蛮族と内通しているというわけだ。

ちなみにモロヴァレイ領はヴァレテルン領とフィンブル領の両方と領地を接しており、そちらも蛮族が野放しになっているなら、フィンブルはすでに、2領地分の蛮族の軍勢に背後を取られている計算になる。


だが、これでドナノ伯爵が俺に娘との縁談を持ちかけた理由がはっきりした。

単なる辺境伯との血縁狙いでは、なかったのだ。

ドナノ伯爵家と親戚になれば、アウリオン家は蛮族と内通しているヴラギティール侯爵家からの圧力にさらされる。

つまり、ヴァレテルン領やモロヴァレイ領からの蛮族の侵攻をヴラギティール侯爵家に揉み消されることになる。

その上ヴラギティール侯爵家にセレス王女殿下が嫁ぐことになれば、ヴラギティール侯爵の発言力はいや増すことになり、フィンブルが攻め落とされたとしても他の貴族が調査に入ることを拒否することが可能になる。

アウリオン家は単に蛮族の侵攻に負けた無能辺境伯として潰されるというわけだ。

その場合に母上や姉上、そして殿下がどういう目に合うかは想像もしたくない。


厄介な話だ。

そして、心底、くだらない。


権力闘争などパイの取り合い、ゼロサムゲームでしかない。

そんなことをする暇があったら蛮族を殺すか畑を耕すか道具を作るかするべきだ。

しかし、その権力闘争をおろそかにすると、パイの分け前を人類の怨敵である蛮族に渡す売国奴が手に入れることになるのだ。


なんたる理不尽か。


怒りのあまり、奥歯が嫌な音を立てる。


「怒ってくれるか、ラグナよ」


陛下は、俺の怒りを肯定してくれた


「わしとて同じ気持ちだ。王として、国のため、奸賊に王家との血縁は渡せん。だがそれ以上に、これまで奸賊を炙り出すため自らを釣り餌とし続けたセレスに、せめて報いてやりたいのだ。どうか、一人の父親としてのわしの願いを、聞き届けてほしい」


余という、王としての一人称を脱ぎ捨て、一人の父親として、陛下は俺に懇願した。


「殿下が俺ごときを選んでくださるなら喜んで。…今日俺を王城に呼ぶ必要があったということは、明日の発表をご計画でしょうか」


「そうだ。お前にも心の準備が必要だろうに、済まんな」


疲れをにじませた声色で俺を気遣う陛下。

ようやく肩の荷が下りたと言ったところだろうか。


俺と王女殿下の婚約を発表できるということは、つまりヴラギティール侯爵に牽制をかけ、蛮族と内通する勢力に対抗する戦力を整えているアピールができるということだ。

特に、『自らの身を釣り針として奸賊をあぶり出す』選択をしたという事になっている俺と殿下の婚約は、『既に奸賊は十分識別した、ここからは粛清の時間だ』という無言の圧力として使える。

そして何より、陛下にとって重要なのは、愛娘のたった一つの願いをかなえられるという事だ。

王としても親としても、これほど大切なことはそうそうないだろう。


「お気遣いなく。いずれ御身の子となるべき身、いかようにもお使いください」


せめて陛下をはげませればと、そんなことを言った俺だが。


「ありがとう、ラグナ、我が息子よ」


「ちょっと気が早いですね、義父上。今夜はお早めにお休みいただいた方がよろしいかと」


あまりと言えばあまりなことをぶっこんでくる陛下に、しかし俺はのっかった。

この程度のことが、少しでも陛下の心を慰められればと祈りながら。



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