第7話:追放系主人公は超善人
どうも皆さんこんにちは。
異世界転生者です。
追放系主人公がいいやつすぎてざまあ展開キャンセルされました。
翌朝、冒険者の酒場に向かうと、カイトが血相を変えて駆け寄ってきた。
「ラグナ君!大変!大変なんだ!ブランドル達が!ブランドル達が!!」
「うるせえ落ち着いて喋れ」
「あ、ごめん」
とりあえずカイトを座らせ、頼んだ果実ジュースを飲みながら話を聞くと、日帰りで終わるはずの討伐依頼を受けていたカイトの元仲間がまだ戻っていないらしい。
カイトが抜けたことで戦力が落ちて、舐めてかかった格下にボコられた、というような王道ざまあ展開だろうか。
「ほっとけばいいんじゃないか?」
果実ジュースを追加で注文すると、カイトは俺の襟首を掴んだ。
「なんで!?一大事だよ!?助けに行かなきゃ!」
「そいつらより戦力で劣る俺達が行っても、ミイラ取りがミイラ、ってオチにしかならん。せめて、その危険に見合う報酬は期待できるのか?」
振り払っても、振り払っても、カイトは何度でも掴みかかってくる。
なんとも直情的で、熱血漢な、たいした主人公っぷりである。
「だったら僕が有り金全部出すよ、それでどうだい!?」
「カイトにメリットがないだろ」
俺はカイトを問い詰める。
…これじゃ、冷笑系の悪役だな、俺。
「仲間を助けるのにメリットもクソもあるか!」
帰ってきた答えは、どこまでも王道な、仲間思いの熱血主人公の答えそのもの。
カイトはいいやつ過ぎる。
あれだけボロクソに言われたのだから、相手の不幸を喜んだってバチは当たらないと思うのだが。
「あ、あの!冒険者協会からも、指名依頼を出します!それでどうですか!?」
俺達の言い合いを見ていた受付嬢が割り込んできた。
言うまでもなく、その受付嬢はカイトを愛している受付嬢。
回りの受付嬢の驚いた顔を見るに、越権行為、暴走であるのはすぐに分かる。
「そうですなあ。ラグナさんたちは、昨日の成果からいって、この支部における、ブランドルさんたちに次ぐ実力を持つパーティと認めて良いでしょう。私からもお願いします」
受付嬢の暴走を追認し、頭を下げてくる冒険者協会責任者の爺さん。
「ラグナ君、頼むよ」
カイトまで、さっきまでの激昂ぶりが嘘のような冷静な声で頭を下げてくる。
…ああもう。
俺は届いた果実ジュースを一気飲みした。
一拍おいて、責任者の爺さんに目を向ける。
いいやつ過ぎる主人公の相方らしい、汚れ役ムーブを一つ、かましておく必要がある。
「これじゃ俺が悪者だな。で、いくら出す?」
「昨日のラミア討伐の3倍でいかがですか。前に2、後に1の配分で」
「支部長さん!?」
提示された金額に、カイトがめんたま飛び出そうな勢いで振り返った。
「あのカイトが安すぎると引くって、吹っ掛けにしたってもうちょっと…」
「逆だよ!」
「あ、マジで?」
まあ、いいやつ過ぎる主人公の相方らしい汚れ役ムーブはこの辺でいいだろう。
「じゃあその額で受けよう。連中が受けた依頼は?」
「こちらです」
差し出された依頼書は、街道沿いに出現したオーガ1体の討伐。
ラミアやドレイクと同格の、カイトが3人必要な相手だ。
勝つだけなら魔神化した俺とカイトがいればなんとかなる。
昨日の今日なので、カイトの左腕は折れるかもしれないが。
「いや、できれば僕の腕も折らないで欲しいんだけど」
しかし、カイトを役立たず扱いした、間違いなくカイト以上の実力者が4人いて最悪負けるという事態になっている現在、カイトの左腕だけで済むと考えるのは早計だ。
例えばオーガ2体とかいたら、カイトの両腕が折れるかもしれない。
「なんで僕の腕が最初に折れるの!?」
まあとにかく、結論として、敵戦力の見積もりは難しい。
この依頼書の価値ある情報は目撃地点だけだ。
「考えても仕方ない。出発するか」
「真剣に分析して結果がそれ!?」
戸惑うカイトとともに、俺は街道に向かって出発した。
街道を少し進むと、林の前で破壊された荷馬車が目に入った。
依頼書によれば、これは救助対象のパーティが受けた依頼の原因になった被害だ。
こんな町の近くでも高位の蛮族による被害が出ているとなると、辺境伯の息子としては父上もっと頑張れと言いたくなってくるが、かなり苦しい状況を押してあちこちの蛮族の巣を潰して回っている実情も知っているので、いかんともしがたい。
俺がとっとと王女殿下と婚約して王家の後ろ楯を得るのは、そういう意味では悪くない案だったりする。
幸い、殿下も乗り気だし。
「…ラグナ君?」
どうやら、立ち止まってしまっていたようだ。
「すまん」
カイトの後ろに続いて林に踏み込むが、それだけではどう探索していくかの指針がない。
だが。
「カイト、聞こえるか」
数分も歩かないうちに、かすかだが、剣撃の音が聞こえてきた。
「ラグナ君、耳いいんだね。言われなきゃ気づかなかったよ」
「まだ戦っている。なら、生きているな」
俺達は示し合わせるまでもなく、音がする方向に走り出した。
大剣を構えた金髪角刈りの戦士が、血で赤く染まった全身に鞭打って、仲間をかばうように前に立つ。
既に魔力がつきた人間の神官とエルフの魔術師が、己の生命力と引き換えに、血反吐を吐きながら魔術を行使し。
とうに矢が尽きた弓手の獣人少女は、焼け石に水と知りながら必死に石を投擲する。
その絶望的な抵抗の相手は、オーガ3体。
押し負けながらも一晩持たせたことは、シンプルにたいした連中だと認めなければならない。
全員がカイトの1.5倍強かったとしても相手に出来るのは2体までという状況で、即座に引かなかったのは慢心の結果か、不意の増援か…恐らく後者だろう。
「カイト、金髪の男に回復。後ろの3人は戦力に数えない。回復は自分と金髪の男以外見るな」
なりふり構っている余裕がないことを理解した俺は、即座に魔神化しつつ、割り切った作戦を告げる。
あとは、俺がどこまでやれるかだ。
高速で飛翔し、金髪の男に棍棒を振りかざすオーガに飛び蹴りを叩き込む。
「ブランドル!」
「カイト、お前…なんで来た!無駄死にするだけだぞ!」
「僕は一人じゃない!ラグナ君がいる!それに、ラグナ君に頼りきりになるつもりもない!」
「…ヘッ、いい面構えになりやがって…」
なんだかすごく王道な男の友情的展開を背中で聞き流しながら、蹴り倒したオーガの足を掴んで、死に物狂いでブン回す。
「ぐぎぎぎ…!」
強化された腕力でも、オーガにジャイアントスイングするのは死ぬほどきついが。
「まとめてぶっ倒れろや!」
オーガを叩きつけて、隣のオーガもまとめて引きずり倒す。
こうでもしない限り、カイトが回復魔術を使う隙が確保できない。
「!」
が、カイトが回復魔術を使うより先に動いたのは金髪の男。
「ブランドル様をナメんじゃねえ!」
真っ直ぐ踏み込めばちょうど喉を狙える角度で倒れていた1体オーガの喉に、的確に渾身の唐竹割りを叩き込む金髪の男。
なるほど機を見る目と行動力、そしてそれを実現する技量。どれをとっても戦士としての実力はカイト以上だ。
彼自身が基準になるのなら、戦士としてのカイトは確かに力不足だろう。
しかし、直後にカイトの回復魔術が金髪の男を包んだとおり、カイトも決して行動力が足りないタイプではない。
あるいは、やれること、選択肢が増えすぎて一瞬迷うことはあるのかもしれないが。
そこはこちらで補助すればいい。
「カイト、盾だ!」
1体がやられたわずかな時間で立ち上がり、恐らくもっとも危険と判断したのであろう金髪の男を狙ってオーガが棍棒を振り上げるのを見て、手短にそれだけを告げる。
「分かった!」
カイトはそれだけで何をすべきか理解し、振り下ろされる棍棒の前に割り込んで左手のバックラーを構えた。
その間に、俺は残る1体と対峙する。
これで、先ほどまでの、血反吐を吐きながら押し込まれる絶望的なジリ貧ではない、勝機が十分にある均衡を作ることが出来た。
それを決定づけた一手は間違いなく、金髪の男によるオーガ1体の斬殺だ。
なんとも、見事な男である。
「腕折れる!」
「泣き言言ってんじゃねえ!」
後方で元気に戦う二人の戦士に少々の羨望を抱きながら、眼前のオーガにどう攻め込むか思案する。
棍棒を力任せに振るう前衛2体とは異なり、こいつが持っているのは剣。
つまり、技量に差があると見るべき相手だ。
加えて、鎧や剣で武装している向こうの二人に対して俺は無手。
あらゆる意味で、こちらの難易度はあちらの二人より高い。
どう攻めたものか…。
だが、妙だ。
何故、このオーガは俺に打ち込んでこない?
数においても、質においても、向こうの二人に劣る俺に、向こうのオーガより強い目の前のオーガが、何故。
「ク、クク…」
その答えに思い至った俺は、じりじりと、僅かずつ、摺り足で間合いを詰めることにした。
オーガは、それに合わせて、間合いを保つように後ろに下がる。
…やはりか。
無手の俺が、武装した二人に雑魚を任せて首魁の前に立ったことで、こいつは俺を、あの二人を足してなお届かない最強戦力だと判断しているのだ。
ならばこのまま、時間を稼がせてもらおう。
そう思った矢先。
「グオオォォ!」
俺の目論見は、オーガが剣を振りかぶったことで打ち砕かれた。
見抜かれたか。
振り下ろされる斬撃は速く、しかし、半身に構えた俺の脳天を狙う縦斬りゆえに、半歩横に動けば回避可能。
地面を叩き割るその強烈な一撃は、その威力ゆえに、剣を地面から抜く隙を生じる。
「ここだ!」
俺はオーガの手首を、力任せに踏み抜いた。
ゴリゴリと、複雑に絡み合った硬いものが無理やり動く感触。
それは少なくとも、俺の攻撃がオーガの手首を脱臼させたことを意味する。
即座に敗北を悟り、くるりと向きを変えて遁走しようとするオーガを後ろから貫いたのは、金髪の男、ブランドルの大剣だった。
「わりいな。俺の剣が手柄食っちまった」
返り血に濡れながらもニカッと笑って見せる粗野な男は、実に眩しく見えた。
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