第6話:転生者はコミュ障

どうも皆さんこんにちは。

異世界転生者です。


貴族生まれなのに貴族の作法が分からず困惑しています。



15歳の誕生日(成人)を祝うパーティの最中、陛下の見事な誘導尋問で言質を取られ、王女と婚約することになった俺は、2人きりで話して来いという父上の指示で王女を連れてバルコニーまで出たわけだが。


話題がない。

王女殿下とは初対面という訳でもないが、せいぜい何かのパーティで会釈と一言二言の挨拶を交わしたことが数回ある程度でしかない。

この国では珍しい、星空のように流れる美しい黒髪くらいしか印象もない。


何を話したものかと頭を抱えていると、王女殿下が手を握ってきた。


「ああ、ラグナ様、こうして直接お話するのをとても楽しみにしておりました!」


何があったというのだろう。

まるで前々から俺に好意を抱いていたかのような言いぐさだが。


「神童とまで言われたラグナ様が、作法を意図的に間違えるのは、兄君方あにぎみがたの顔を立てるため、そして、権力闘争にばかり興味を向ける、堕ちた貴族を炙り出すためなのでしょう?」


俺は頭を抱えた。

意図的に間違えているのではなく素で間違えているし、兄の顔を立てるとか考えたことなかったし、堕ちた貴族とかマジで知らんのだが、王女殿下の中ではそういうことになっているらしい。


「わたくしは初めてラグナ様のことを聞き及んだ折、すぐその意図が分かりました。そして、王位継承権順位が低いわたくしも、同じことが出来るのではないかと思ったのです。そして、父の理解もあって、それは確かに実現しました」


しかも、その誤解のせいで王女殿下に悪影響まで与えていたようだ。

俺、切腹とか命じられるんじゃないか。

いや、世界観的にはギロチンか?


「王家の末席として、今日まで最大限のことが出来たのは、ラグナ様が道を示してくださったお陰です。ですから、わたくしのわがままとして、ラグナ様に嫁ぎたいのです。そして、王家の者として果たす最後の役割は、父が信頼するヴェート様に王家の血縁を与えることにしたいのです。わたくしももう13歳、そろそろ相手を決めなければならない年齢です。どうか、袖になさらないで」


これ、全部誤解だと言ったら、どうなるんだろうな。

それも気になるが、もっと気になるのは。


「俺が、魔人であったとしても?」


種族問題の方だ。

異常な力、異形の姿から忌み嫌われる魔人は、平民として生きることすら許されず、命がけであるがゆえに差別している余裕がない冒険者くらいしか受け入れてくれる社会的な余地がないのだ。


王女殿下がそんな奴に嫁いだとバレたら、普通に俺は討伐されるだろう。


「魔人…本当なんですか?」


王女殿下は怯えを含んだ目で俺を見る。


「はい」


冗談ではないと悟ったのか、王女殿下は覚悟を決めるように唾を飲み込み、俺を真っ直ぐに見て、言った。


「…ラグナ様の魔神の姿を、見せていただくことはできますか?」


「…殿下のご命令とあらば」


俺は魔神化した。

見た目の変化は、目元に血涙のような赤い紋様が浮かぶだけ。

といっても、血のような色で淡く光る赤いラインが人の顔に走るのは、普通に気持ち悪いが。


「血の涙…痛くは、ないのですよね」


「はい」


少しズレた質問のあと、王女殿下は俺の目の下の紋様に、そのたおやかな指先でそっと触れた。


「こんなおとぎ話を知っていますか?魔人は、傷つき苦しんだ誰かの、すり減った魂が生まれ変わるとき、その魂の歪み故に生まれ、魔神の姿はその歪みの象徴だと」


王女殿下がおとぎ話として語ったものは、異世界転生するときに神に告げられた内容と矛盾しない。

あまり覚えていないが、生前がろくでもない人生だったせいで愛がなくなっているんだったか憎悪に染まりすぎているんだったか、そんな感じの理由で魂が歪んでいて、魔人以外にはなれないみたいなことを言われた気がする。


「もし、それが本当なら、ラグナ様の魂は、今も血の涙を流して苦しんでいるのですか?」


俺の、流れていない血の涙を拭おうと無駄な努力をしながら、王女殿下は涙を流した。


こんな気立てのいい少女が涙する姿は、見ていられない。


「ただのおとぎ話です」


俺はハンカチを取り出して王女殿下の涙を拭った。


「殿下がこれまで積み重ねてこられた努力に、深い感謝を。そして、非才の我が身を手本と言って下さったことを、生涯の誇りとします」


俺は王女殿下の前に片膝をつき、その左手をとる。

口上は、王家と伯爵家の地位の差を考えれば忠誠のそれが適するか。


「我が心臓を」


「おやめください」


有無を言わせぬ、しかし懇願するような声色で遮られ、忠誠の口上は不発に終わった。


「忠誠は、妻が夫に誓うべきものです」


そういう世界なのはわかっているが、女性から真っ直ぐにそういうことを言われるのは、生前の感覚からすると少しばかり違和感がある。


「そんな寂しい方法で、袖になさらないで…」


今ので袖にする判定になるのがマジでわからん。

貴族の色恋なんて教えてもらってないんだよ俺は。


だが、王女殿下にとっては、きっと譲れない何かだったのだろう。

それだけは分かる。


「…かしこまりました。では、無粋にして武骨とは承知の上で、作法を離れて、ただ、言葉をお伝えします」


だから、俺も、今の俺にできる最大限の誠意で向き合うことにした。


「まず、今仕損じたように、俺には、貴族の作法はそもそも身に付いておりません。意図して兄の顔を立てたことはなく、悪党を捕らえる釣り針になる意図もありません。しかし、それを見て殿下が俺の模倣のつもりで、国のために行動されたことについては、深い尊敬を覚えますし、そのような形で俺の無作法が国益になったのなら、怪我の功名として誇ります」


そこで一度、深呼吸を一つ。

王女殿下は、何も言わずに俺の話を聞いていた。

固唾をのんで、というべきか。

これから俺が続ける言葉が、婚約の諾否のどちらであるかを、決して誤解せず、一言も聞き逃さないように、王女殿下は集中して俺の話を聞いている。


「俺の行動は本当にただの無作法であった。たまたまいい方向に転んだ。この前提で、さらには魔人である俺を、殿下は本当に選んでくださいますか?」


俺の問いに、王女殿下は、涙を浮かべて微笑んだ。


「はい。喜んで」


それは、少なくとも、当人間で婚約が有効なものとして成立した瞬間だった。


「私、セレス・ラインジャは、ラグナ・アウリオンを生涯愛することを誓います」


そのまま目を閉じて顔を近づけてくる王女殿下の唇を、俺は人差し指で押しとどめた。


「それは、婚儀のときまでとっておきましょう」


「ラグナ様はいけずです……」


王女殿下は少しだけ不満げに俺を見上げたが、そんなことをしようものなら陛下に殺されてしまうので我慢してもらうほかない。



……あれ?

王女とこういう関係になるってことは、俺も主人公なのか!?

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