第5話:転生者は貴族が苦手

どうも皆さんこんにちは。

異世界転生者です。


そして、貴族の三男坊です。




「遅いぞラグナ!」


家に帰ると、ただいまをいうより先に待ち構えていた父上、ヴェート・アウリオン・フィンブルに叱責された。


ちなみに父上の名前は「フィンブル領を治めるアウリオン家のヴェート」のような意味合いであり、俺のフルネームはラグナ・アウリオンだ。

なお、貴族でないとファミリーネームはなかったりする。


「すみません」


「さあ、すぐに風呂に入って来い、お客様がお待ちかねだ」


父上に言われるまま風呂場に直行し、待機していたメイドに脱ぎ捨てた服の洗濯を任せ、大急ぎで体を洗う。

ローマ的な風呂場がある領主の屋敷の豪華さにも、15年ですっかり慣れてしまったものだ。

とはいえ、客人を待たせている状況ではのんびり湯船に浸かってなどいられない。急いで風呂からあがり、メイドが用意してくれている正装に着替える。


「お待たせしました」


「うむ、いくぞ」


父上に続いてだだっ広いパーティー会場に入ると、万雷の拍手をもって迎え入れられた。

蛮族とかいうヤヴァイ異種族による侵攻を止める役割を持つ辺境伯の重要性は、おそらく俺が知る中世のそれより大きい。

三男とはいえ、その重要人物の息子なのだから、成人する日のパーティーは盛大に行わなければならないのだろう。


「本日は愚息のためにお集まりいただきありがとうございます。成人を迎えた本日、愚息は冒険者として出発いたしました。その仕事のため皆様をお待たせしてしまったことについて深くお詫び申し上げると共に、今後ともいっそうのお引き立てをお願いするものでございます」


父上の演説を聞き流しつつ、来客に挨拶して回る。


「ドナノ伯爵、ご無沙汰しております」


うんざりする作業だが、慣れたものだ。

とはいえ、気を抜くわけにはいかない。


「おおラグナ殿、成人おめでとうございます。どうです、うちの娘もちょうどいい年齢ですし、貰ってはくれませんか」


こういう奴に注意しなければならないのだ。

俺のような放蕩息子に娘を紹介してくる貴族というのは、要するに、侯爵に次ぐ発言力を持つ辺境伯との血縁が欲しい輩でしかなく、全く信用ならない。

そうでなくても、政治闘争に巻き込まれるのはごめんだ。


ましてや、今俺の目の前にいるヴァイコック・ドナノ・ヴァレテルン伯爵は黒い噂も絶えないので、関係を結ぶことは絶対に避けたい。


「あっはっは。私の理想は平民でも顔をしかめる冒険者の宿で一緒に暮らしてくれるくらい清貧な女性でして、高貴な方はごめんこうむりたいですねえ」


豊かさが権勢の象徴である貴族社会で、あえて清貧という言葉まで使う。

貴族でありながら貴族としての価値基準そのものを否定する行いだ。


俺が侯爵に次ぐ力を持つ辺境伯の子で、言った相手が父より力のない伯爵でなかったら、斬首もありうる。


そして、俺が家督を継ぐ可能性がない三男でなければ、いくら辺境伯でも御家取り潰しすらありうる。


そのレベルで危険な発言だ。


だが、ドナノ伯爵の悪名はそれを凌駕する。


ドナノ伯爵に嫌味を言うためだけに、重ねて娘を紹介してくる貴族は必ず現れる。

そいつは、ドナノ伯爵よりはましなやつだ。

無論、相手次第ではそちらもうまくあしらわなければならないが…。


「ふむ、高貴な娘は嫌か。では、余の娘も嫌なのか、ラグナよ」


現れた。

後ろから俺の肩に手を掛けた貴族が誰か確認するために振り返ってみれば、そこにいたのは宝石で飾られた冠を被った金髪の中年男性。


このラインジャ王国の国王、ワシエ・ラインジャその人である。ちなみに王家は国名がそのまま家名なので、領地名つまりサードネームはない。


って、陛下かよォォォォ!


あしらうとかそういうレベルじゃねえ!


「め、滅相もございません!王女殿下との婚姻を許されるとなれば冒険者としての人生を諦め死に物狂いに…いやそれ以前にあまりにも勿体なく…!」


しかし、陛下の助け船によって、ドナノ伯爵に対して暗に「テメーの娘との婚姻が嫌なだけだバーカ」と見せつけることはできた。


貴族はこの辺の、明文化しないコミュニケーションが発達しすぎてて本当に付き合いづらい。

貴族やめたいお( ;´・ω・`)。


「勿体ないか?セレスは昔から冒険者になりたいと駄々をこねて作法の勉強もせず剣ばかり握るし、駆け出し冒険者は馬小屋に泊まるものだと聞いたら寝室を抜け出して厩舎で寝ているようなイカレたお転婆だぞ?ラグナ以外にまともな貰い手が見つかるとも思えんのだがなあ」


いやそこで外堀埋めてくるのは卑怯だぞ陛下!?


「え、いや、その…」


「はっはっは。まあ、今すぐ決めろとは言わんよ」


そこまで言うと陛下はまた俺の肩に手を置き。


「自らの悪名と引き換えに、王家との血縁を狙う悪徳貴族を炙り出してくれた、自慢の娘だ。どうか幸せにしてやっておくれ」


そう小声で耳打ちしてきた。


ってちょっと待て!もう娶る前提みたいになってないかこれ!?


周りの貴族連中も拍手をすな!

その婚約成立おめでとうみたいな雰囲気を出すのをヤメロォ!


ええと、話の流れ的に…。

勿体ないと言って断ろうとして勿体なくないよと返され、反論出来なかったわけだが。


あ、やべ。完全に俺がしくじってるわ。


前半からして一応王族への礼儀として勿体ないと言ったけど結婚には乗り気って感じになってるし、その後、王が勿体なくないよと言ったあと言い淀んだのは…王の言葉に同意すると王女殿下への侮辱になるから沈黙こそが正しい答え、という貴族しぐさって解釈されてるわ。

いやいやホント勿体ないです、と、面と向かって王に歯向かうか、黙って受け入れるかの二択だったやつだこれ。


やっぱ貴族ってめんどくせえ…。


父上助けてくれ…。


「あ、あの、ラグナ様、良いお返事を、お待ちしております」


トドメ刺してくんな王女殿下。

こちとら転生者として生前エロ漫画とかエロゲーで熟成させた特殊性癖をテメエにぶつけても構わんのだぞ?


とはいえ、しおらしくそういうことを言って、少し恥ずかしそうに陛下の横で縮こまっている王女殿下が可愛く見えるのは事実なんだよなあ。


いやなに考えてんだ俺。


「ラグナ、お前というやつは…」


聞こえてきた低い声に振り返ると、父上が肩を震わせていた。


「げぇっ!父上!」


この状態の父上は間違いなくお説教モードだ。

対応の不手際について叱責されるに違いない。


「陛下に認められ、王女殿下に見初められるとは、なんてやつだ!」


父上は予想に反し、喜んでいた。

人前であることを忘れて抱きついてくる父上とか初めて見たわマジで。


どうやらお説教モード直前の肩を震わせる父上は、必死に感情を押さえつけている状態だったようだ。

とすると、そのレベルで父上を喜ばせられたのはこれが初めてか。


親不孝者だな、俺は。


「そうだラグナ、今日の冒険の話を王女殿下に聞かせて差し上げなさい」


うわぁ!急に冷静になるな!


人前であることを思い出したのか、スッと立ち上がった父上はそんなことを言いながら陛下にアイコンタクト。陛下が頷き、王女殿下にアイコンタクト。王女殿下が頷き、こちらにおずおずと歩み寄ってくる。


お前らはエスパーか。それともニュータイプか。

俺は父上にアイコンタクトされたがその意味がわからんぞ。


「失礼」


父上は陛下に一言断り、察しの悪い俺にヘッドロックを掛けた。


「王女殿下をバルコニーに連れ出して2人きりで話してこい、わかったな!」


「アッハイ」


貴族ってめんどくせえ…。


「王女殿下、こちらへ」


俺は昔教えられた作法の通り、片膝をついて、下から手を差し伸べた。

これに王女殿下が手を乗せてくれるはずなのだが。


「そりゃダンスの申し込みだバカモン!」


降ってきたのは父上の拳骨だった。

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