第4話:追放系主人公は鈍感

どうも皆さんこんにちは。

異世界転生者です。


追放系主人公はやっぱり追放系主人公でした。




冒険者協会に仕事の報告とラミアの皮の納品を済ませた俺たちは、普通の冒険者が一仕事終えた達成感を肴に一杯やるところ、すぐに薬学協会に向かった。

薬学協会の採取担当者が妖精さんに嫌われないように、穢れを払う祈りを必ずセットでやることを進言するためだ。


「…ということがありまして、妖精さんに好かれる努力をしておいた方がいいと、忠告だけしに来た次第です」


通された応接室で、薬学協会の何らかの責任者であろう老人に説明を終えると、俺は喉の渇きを覚えた。

朝から森に走って、さんざん暴れて、戻ってすぐ、冒険者の酒場で飲んだりもせずにすぐこっちに来たのだから当然と言えば当然だが。

もう夕方で、噴水広場のかき氷屋は閉店の時間だが、夜の酒場はがらの悪い酔っ払いが増えるし、ちょっと困った。


「貴重な情報をありがとうございます。蛮族よけの意味でも、薬草採取の際に穢れを払う簡単な儀式は継続的に行うことにしましょう。…その情報の対価に、なにか望むものはありますか」


薬学協会の老人の問いに、俺は隣のカイトに目をやった。


「カイト、なにか欲しいものとかある? 俺は今、無性に水が飲みたい」


「奇遇だね、僕もそうだ」


「じゃあ、決まりだな。コップ2杯の水をください」


俺たちの短いやり取りから繰り出される要求を聞いた薬学協会の老人は、目をぱちくりとさせ、次に頭を抱えた。


「お二人とも、もっと欲を持った方がいい。ちょうどかき氷の屋台が戻ってきたところだ。残っている今日の分の氷をすべてお出ししましょう。お好みのシロップはありますかな」


老人の提案は、願ったりかなったりだった。

俺も、できることならただの水より味つきで冷たい方がいい。


「じゃあレモンで」


なぜかカイトが食いぎみにレモン味を所望した。

よほどレモン味が好きなのだろう。


「いいでしょう。少し待っていてください」


老人が席を立った数分後に運ばれてきた、大きめのボウルに盛られた特盛のかき氷は、食い終えるまでに俺を七回ほど頭痛に陥れた。

なお、なぜかカイトは半分ほど溶かしてから氷水の状態でがぶ飲みするという暴挙に出ていた。

随分と独特な食べ方だが、まあ、カイトがその食べ方を好むなら別にとがめだてするようなことでもないか。





「カイトさん、大丈夫だった?ラミアが出たって聞いたよ?」


かき氷で膨れた腹をさすりながら帰ろうとした俺たちを呼び止めたのは、薬学協会の店員のミミー。


「ああ。見ての通り、五体満足で生きて戻ってきたよ。ラグナ君のお陰で」


カイトがそんなことを言うが、店員ミミーは俺には見向きもせずカイトの手を取った。

これは、まさか……


「よかったぁ…私が出した依頼でカイトさんが大ケガしちゃったらどうしようって不安だったんだよ?」


うるうると目に涙をにじませてカイトを上目使いに見るその姿は、紛う方なき恋する乙女。


「ありがとう、心配してくれて」


が、この追放系主人公、フルパワーの乙女アタックを華麗にスルー!


「あんまり無茶しないでね、カイトさんが死んじゃったら私生きていけない」


はい、「あなたがいなきゃ生きていけない」宣言いただきましたー!

こいつ絶対カイト好きです、大好きでーす!


「ありがとう。ミミーは優しいよね」


お前やっぱり鈍感系主人公属性持ちかカイト!?




薬学協会を出て暫く、道を曲がって見えなくなるまでの間、店員ミミーはずっと手を振ってカイトを見送っていた。

あんなに想われていれば、いくら何でも好意に気づきそうなものだが。


「ミミーはいつもあんな感じでみんなを心配してくれてるんだ。生きて帰らなきゃいけない理由まで作ってくれてさ。優しいよね」


マジかこいつ。

言うに事欠いてそんなことを言うカイトに、事実を伝えてやろうか少しの間逡巡した俺だが。


「そうかもな。そろそろ、ラミアの皮の査定も終わった頃だろ。冒険者協会に顔を出しておこう」


事実を告げるのはやめておいた。

アウティングはプライバシーの重大な侵害なのだ。(転生者的感覚)


「ああ、そうだね…ゲフッ」


俺たちは何度かゲップを吐き出しながら、冒険者協会に向かった。




冒険者協会に顔を出し、ラミアの皮の代金を受け取りに来たことを伝えると、奥で休憩していたはずの受付嬢が一人飛び出してきた。


「カイトさん!単独でラミアを倒すなんて、無茶しないでくださいね」


受付嬢は大胆にもカイトの胸に飛び込み、その胸を借りて泣くという行動に出た。


ブルータスおまえもか


「あ、いや、単独じゃないから…ラグナ君もいたし…」


さすがにここまでの大胆アタックは効くのか、ややたじろぐカイト。

いいぞもっとやれ受付のお姉さん。


「カイトさんに何かあったら…私…」


「ありがとう。受付のお姉さんはいい人たちばかりだなあ」


こいつはやっぱり追放系ハーレム主人公だ!

しかも、「え、カイトさんをめちゃくちゃ心配してるのってあの子だけだよね」とかヒソヒソと別の受付嬢が話してるところを見る限り、受付嬢に至っては個体識別すらできてねーぞコイツ!?


相棒のあまりにもあんまりな鈍感っぷりに悶絶していると、奥から冒険者協会の責任者らしい爺さんが出てきたので2人して呼ばれるかと思っていたが。


「ラグナさん、こちらへ」


責任者らしい爺さんもカイトをその場に残して俺だけを応接室に呼ぶ始末。

冒険者協会は職場一体となって従業員の恋を応援するアットホームな職場です。(謎電波)




「ラミアの皮を確認しましたが、確かに本物でした」


爺さんが沈痛な面持ちで口にしたのは、そんな内容。

つまり買取価格の話の前に、本物かどうかを疑ったことを表明しなければならない話題というわけだ。


「ラミアの脅威度的に、カイトさん単独ではどうあがいても倒せるはずがありません。そしてあなたは、今日登録したばかりの新人だ」


続く爺さんの言葉を、俺は予想できた。


「あまりこういうことは言いたくないのですが、冒険者協会の、このフィンブル支部を預かる者として、私は不正がなかったかを確認しなければなりません」


案の定、それは不正を疑うというもの。


「正直に答えてください、どのようにラミアを倒したのですか」


だから、俺は正直に白状した。


「不正なら一つだけ。登録時に種族を偽りました」


それだけ言って、俺は魔神化した。

見た目の変化は、一般的な魔人より遥かに小さい。

俺は両目の下に、血涙のように赤い紋様が浮かぶだけだが、普通は角とか生えてくる。

だが、戦闘力は、姿の変化のなさと反比例するかのように著しく跳ね上がる。

長年冒険者の長を務めた目の前の爺さんが、それを見誤るはずもなく。


「魔神化…これほど凄まじいものは初めて見ます」


爺さんは、ただ、感嘆するようなため息を漏らした。


「なるほど、これなら、ラミアを倒せるのも納得だ。疑ってすみませんでした」


「謝罪は無用です。俺でも疑います」


頭を下げる爺さんを制止しながら、俺は魔神化を解いた。

ラミアを仕留めたと認めてもらえれば、報酬的な意味で俺達がなにか損することもない。

自分に実害がなく、相手が疑う余地は十分にあった状況でなお、相手を責めるほど俺は狭量ではない。


「そう言ってもらえると助かります。…種族のについては、まだ書類が私の手元にありますので、訂正しておきます。こちらが依頼報酬と、ラミアの皮の代金です」


そう言って爺さんが差し出してきた金貨袋は、えらく重かった。

ラミアという蛮族は小さな町においては災害クラスといえる強敵だ。

臨時報酬も含まれているのだろう。




応接室から出ると、カイトはテーブルに座って待っていた。

泣いてカイトを心配していた受付嬢が見当たらないのは、さすがに他の受付嬢から引きはがされたと判断するべきか。


「お帰り、ラグナくん」


「ああ、報酬は確かに受け取った。分け方はどうする?」


迎えてくれるカイトの前に金貨袋を置き、そのひもを解く。


「半々が嬉しいかな」


「はいよ」


俺は魔術で金貨を二つの山に分けた。


「さて、じゃああとは夕食をとって寝るだけかな。ラグナ君はどうする?ここで食べて、その後はやっぱり大部屋かい?」


金貨を山分けしたところで、カイトは今夜どうするかを聞いてきた。

酒場での食事や大部屋での宿泊は、いざというときに助け合える人脈を作るために、主に駆け出しに推奨される過ごし方だ。

俺もそうしたかったのだが。


「家に帰る。今日だけは帰ってこいと念を押されてるんだ」


正直、とっとと自立したかったのだが、15の誕生日の祝いだけはさせろという両親の剣幕に勝てなかった。


「ラグナ君は実家暮らしなんだね」


「そうなるな」


立派に自立している仲間から実家暮らしという単語を聞くと、少し気まずい。


「じゃあ、明日朝の集合はこの酒場でいいかな」


「ああ。じゃあな」


俺はそそくさと冒険者の酒場を後にした。

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